ミィナの姉3
ととん、ととん、とノックをすると、すぐに中から閂が開く音がして、ドアが開いた。
「いらっしゃぁい、ロイド!今日はずいぶん雪、振ってるねー」
「よ、カナ。この家暖っけぇなぁ」
外套の雪を払って居間に入ったロイドは、部屋に散らばる様々な色に目をぱしぱしとさせた。
「ミィナ、そりゃぁどしたんかね」
ミィナは妙な格好をしていた。
背中には毒々しいほど真っ赤な布が垂れ下がり、髪には夏空みたいな水色の布がぐるぐる巻きついている。
足元には切り散らかされた色とりどりの布切れが山になっていた。
夏の山に咲く花々よりも更に鮮やかだ。こんな色の布、ロイドは初めて見た。
「姉ちゃが勝手に!」
ミィナは半泣きで髪の布を引っ張った。
横でカナがころころと笑う。
「水色似合ってるよ!その布で服作ろっと」
「こんなん色の着とったら気狂い思われるがね!姉ちゃの馬鹿!」
どうやら、新しい服の為の布合わせだったらしい。
「可愛い服着て欲しいだけなのにぃ。馬鹿って言われたぁ」
よよよとカナがわざとらしく泣いて見せる。
ロイドは驚いた。
「ミィナがそんなん喋るの、初めて聞いたわ」
「……っ」
ミィナの顔が真っ赤になる。
ロイドは笑いながら、持ってきた鍋をテーブルに置いた。
鍋を覗き込んだ姉妹は揃ってつまらなそうな顔になった。
「まぁた麦粥なの、ロイド?」
「またとか、言うんでねぇさ。冬は食べれるだけありがてぇ」
ロイドが言う。
ミィナは不満に眉を寄せた。
最近の大竈はとんとパンを出さなくなった。
粥はどんどん不味くなって量も減っている。
姉が食べれるものを他に出してくれるので、腹が減ってしょうがないという事はないけど。
「冬前に運んできてもらった食料はどこ行ったの?」
カナが尋ねる。
「雪が積もったら馬車が山越えられないからって、麦粉も、ベーコンとか果物とかも、いーっぱい持ってきてもらったのに。全然出ないじゃない」
「……たぶん、食糧庫にあるんだけん……」
「なんであるのに、使わないの?」
「いんや……、その、事情が……」
「事情?」
食料があるのに使わない理由が、ミィナにはさっぱりわからない。
「あ」
ミィナははっとした。
「大竈係が独り占めしとん?」
そう、食糧庫は鍵がかかっていて、大竈係の女たちしか入れない。つまり大竈係が他の村人たちに配らず、全部食っているのだ。
想像して、ミィナの頭がかーっと熱くなった。
「そんなん、絶対駄目だがー!」
ばんとテーブルを叩く。
普段大人しいミィナの激しさに、ロイドはよほど驚いたらしい。
椅子から落ちそうな格好で、目を見開いている。
「違うよ、ミィナ。たぶんそういうんじゃないから」
くすくす笑ってカナはミィナの頭をぽんぽんと叩いた。
「ね、ロイド?」
ロイドによると、“カナ悪魔説”が再燃しているのだそうだ。
冬の間、女たちは集まり縫い物などをしながらおしゃべりに興じる。
その中で、『カナは悪魔だ』『カナが持ち込む食料は悪魔の食いもんだ』という話が膨らんでいったらしい。
「厄介なんは、その話をいっちゃん信じとるんが大竈係のザーネなん。あの女は、ほんと面倒なやっちゃだで」
体がデカく、声もデカく、影響力もデカい。
しかも大竈という村中の者の食を握る立場。
このザーネが『悪魔の食いもんは金輪際出さん』と言えば、覆せる者はそういないのだとロイドはカナに説明した。
「もちろんおめが悪魔なん、みんなが信じとるわけじゃねぇ。おめがくれた食料があったから、ここまでみんな食えとるんさ。感謝しとるんだで?」
「べっつに、感謝とかいらないけどぉ」
カナはテーブルに頬杖をつく。
「みんな、毎日こんな麦粥一杯じゃ足りないでしょ?それにお塩が足りなくて、すごく食べにくいし」
ロイドが思いっきり頷いた。
「そう、そうなんさ!」
「悪魔の食べ物だったとしても、飢え死にするよりマシだと思うんだけど」
「わいだってそうザーネに言っとる!山狩の仲間も毎日ザーネに文句言いに行っとる。けどあの馬鹿女、聞かんのさね」
ロイドがうっぷんを吐き出すように言う。
「カナ、どしたらいい思うかね?おめに聞くのも変だけん」
カナはええ?と笑った。
「わたし、悪魔だしぃ。わっかんなーい」
「カナぁ」
ロイドは情けない顔ですがるようにカナを見上げる。
カナは面白そうな顔で、つんとその額をつついた。
「……悪魔の仲間を募集してみてもいいかな」
(悪魔の仲間?)
ミィナはぱちりと瞬きした。
※※※
トード、リュック、カルロ、リード
ミィナの家にやって来た彼らは全員、“山狩組”の年若い男子らだった。
“山狩”とは、山の入り方の極意を伝授され、木を切り、獣を狩る選ばれた男たち。
ロイドもそうだが、皆、体が大きく服の上から筋肉がわかるほど太い腕をしている。
「う?え?」
「………おめが?」
「………あの?」
カナを見た男子らは揃って言葉を失った。
カナは体が倍も違うような男子たちを見あげて、合格というように頷いた。
「来てくれてありがとう。さ、座って。すぐに美味しいもの作るからねー」
“悪魔の仲間”には、美味しい食べ物をご馳走する。とカナは言った。
『ロイドが、この人は仲間にしていい、と思う人を連れて来て。たくさんは無理だから4人くらい』
そうしてロイドが連れて来たのが、この4人だった。
ロイドの存在には慣れたミィナだけど、やっぱり山狩男子たちは見た目が怖い。
ミィナは久しぶりに家の部屋の角にはまって、自分の家で起きていることを見ていた。
4人の男子たちは揃って、頬を赤く染め、目をとろんとさせて、炉で料理をするカナを目で追った。
「まさか、噂のカナちゅぅんが……」
「こんなん、かわいいなん……」
上ずった声で言う彼らに、
「だから言ったがー」
ロイドが鼻高くする。
カナが料理したものをテーブルに置くと、彼らは野太い歓声を上げ、皿に両手を伸ばしてひっつかんだ。皿が空っぽになるまで5つも数えない。
カナはそれを見て微笑み、また炉に向かう。
人ではなく獣のようだった。
獰猛な獣が4匹、いやロイドを入れて5匹。
カナが作るものを食らって食らって食らい尽くす。
見ていてミィナは気持ち悪くなった。
腹が減ってると、みんなあんな風になる?
自分も少し前はあんなだったのだろうか……
「そんな顔しないの。本当にミィナの目はものを言う、だね」
カナが苦笑した。
「……だって」
全員が帰ったあと。
カナはテーブルの上を手早く片付けて、ミィナに“お茶”を入れてくれた。
“お茶”というのは、湯に乾燥させた葉っぱを入れて色と匂いをつけた飲み物だが、こんな妙なものを飲んでいるのはこの村でカナとミィナだけだろう。
ミィナはズズッと熱い茶をすすり、姉を恨みがましい目で見た。
「……今日だけじゃねぇんかね?またこんなんするん?」
姉は男子らに帰り際『また来てね』と言っていた。それを聞いた男子らの目の輝いたこと。
ミィナとしては、もう二度と家に人を呼ばないで欲しかった。
「気の良い男の子たちだったじゃない?素直でかわいくて。さすがロイドのお友達」
「かわいいって、あれらが?」
4人ともたくましい体をして、髭を生やした立派な男だった。幼女のような見た目の姉にかわいいと言われるのは、彼らも嬉しくないんじゃないか、とミィナは思う。
「そろそろロイド以外にも仲間、作っておかないとって思ってね」
(仲間……)
ミィナは姉を見た。
「姉ちゃ、ちっと顔怖い…」
え、とカナは驚いて、自分の両頬を触った。
「怖い?どんな風に?」
「……悪いこと、考えてそう…」
「悪いことなんてひとつも、全然考えてないよぉ。考えてるのはミィナのことだけ!」
カナは手をぶんぶん振った。
「わいのこと?」
「そうだよ」
ミィナが首を傾げると、カナはふっと笑った。
「前に言ったでしょ。ミィナを幸せにするって。わたしがすることは全部ミィナの為なんだよ」
「……わい、もう幸せ」
毎日食べられてるから。
ミィナはそう思うのに、カナは首を振った。
「全然足りない。まだまだだよ」
ミィナは目をぱちりとさせる。
「わたしがね、これからミィナにいっぱい幸せを教えてあげる。ミィナの幸せの邪魔になるようなことは、全部無くしてあげるからね」
そう言った姉の顔はやっぱり怖いのだった。
※※※
窓も閉め切った暗い部屋の中、作業台の周りに椅子を並べ、6,7人の女たちが顔を寄せ合っていた。
「今年の雪の多さは異常だがね。……これも悪魔が村におるせいなんかね」
最も恰幅の良い女、ザーネが厳しい声で言うと、他の女たちは体を震わせた。
「倅が、もっと食いてぇ、こんな不味い粥は嫌だ。パンはねぇんかね、甘い果物はねぇんかね、毎日言いおるんさ」
「うちもだがね。前はあんなに聞かん子じゃねかったんに。どう言い聞かせても聞かん」
「どしたらいいんかね、ザーネ」
ザーネは蝋燭の灯りの元で手を組み、喉から低い声を響かせた。
「全て“悪魔の食いもん”のせいだがー。子どもはちっこくて魂が柔い。今まで食っちまった“悪魔の食いもん”に持っていかれかけとるんさ」
「そんな!」
「どしたら?このままにしとったら、倅はどうなるん!?」
「わからん」
ザーネは重々しく首を振った。
「けどわかるんは、あと一度でも“悪魔の食いもん”を口にしちまったら……。子どもたちの魂は完全に悪魔に持ってかれちまうだろさ」
女たちは衝撃に声も出なかった。
「安心しぃ!わいが大竈係なうちは、今後絶対に悪魔の食いもんは出さん!」
ザーネがばんと胸を叩いた。
「……っ」
「本当はあの禍々しい食料は今すぐ全部燃して灰にしちまいたいんだけん、この雪じゃ無理だがー。雪が無くなったら、すぐにでも燃してやるさ!」
女たちは目を見合わせた。
「も、燃すん?食いもんを?……そこまでせんでも……」
「そりゃぁ、皆が納得せんだろさ」
「何言っとんさ!おめら、子どもらを守りたくねぇんかね!?」
ザーネはだんと椅子から立ち上がった。
「皆って誰さ?ものもわからん浮かれた男どもかね?今のことしか考えてねぇ娘っこたちかね?わいらはあの食料が“悪魔の食いもん”だっちゅぅ真実を知っとるだてさ!?」
「……!」
「わいらがせんといかん!わいらしか村は守れん!こうしてる間にも、あの“悪魔の食いもん”がわいらの住む土を汚しとるんさ!わいは気が焦って仕方ねぇ、おめらは違うんかね!?」
ザーネの熱弁に、女たちの表情が変わっていった。
「そうな……、食いもんを燃すんは胸が痛むけん、村を守るにはそれしかねぇ」
「今は納得されんでも、いつか皆わかっさ」
「さすがザーネだが。よく言ってくれたさ」
理解を得られて、ザーネは満足げに頷いた。
「いいかね。この冬が勝負だがー。耐えて耐えて耐えるんさ。無事に春が来れば、わいらは悪魔に勝ったことになる」
女たちは深く頷いた。
「にしても、なしてこの村に悪魔なんか……。わいらはこんなに必死に毎日働いとるんに」
憂いた声で女のひとりが言うと、ザーネは目を光らせた。
「ミィナさね。あの哀れな娘が、苦しみから逃げる為に呼び込んじまったんさ」
「…………っ」
「あの娘ももう駄目さね。可哀想だけん、春になったら、食料と一緒に燃して土に還さんといけん。したらミィナと一緒におる悪魔も消えんだろさ」
恐ろしいことを口にしているのに、ザーネの表情は妙に晴れやかだった。
「ザ、ザーネ……」
「そうすりゃ全部解決さ。元の村に戻る」
女たちは悲壮な顔でザーネを見た。




