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ペレシュク城の攻防 3

「ダントン=デアール上級管理官、城付き中級兵ミハイ、下級兵リューイ。そしてダントン上級管理官の従者ルイス、4名。

それぞれに改めて取り調べを行いました。が、いずれも供述変わらず『"絶世の美女"はローリントン翁と共に城に向かったはず』と申しております」


執務机の前でデニス軍務長は腕を後ろに組み、淡々と述べた。

城主アヒムは机に肘をつき、ズキズキと痛むこめかみをぐりぐりと指で押した。

「だがローリントン翁は知らぬと言っている。翁が連れてきた者たちの中にも女などいなかったであろう?」

「では4人の尋問をもっと厳しく行いますか?」


アヒムは口ごもり、デニス軍務長を見上げた。

「……4人はどのような様子だったか?」

「はい。ダントン上級管理官は一時的に虚脱状態に陥り、話すのも歩くのも困難になっておりました。罪人のような扱いが受け入れられなかったようです。お歳もお歳ですので、あのままボケてしまうかもしれません」

「……っ」

「従者ルイスと下級兵リューイは落ち着いた様子で万事従順な態度でした」

「……もう一人の兵は?」

「中級兵ミハイは、"絶世の美女"の潔白を主張し続けておりました。決して悪魔憑きなどではない、清廉な少女である、と」

「そのミハイという兵が…」

いかにも悪魔の下僕らしい物言いではないか。

アヒムはそう思ったが、デニス軍務長は否定した。

「彼は自分が感じたことを主張しているだけでしょう。他3人も"絶世の美女"は明るく心根の優しい少女に見えた、と口を揃えています」

アヒムは額を押さえた。


4人とも悪魔の下僕と化しているのか。それとも悪魔が純真無垢な少女を演じていたのか。それともそれとも……


「そんなことはどうでもいい!知りたいのは、"絶世の美女"の居場所だ!!」

ばんとアヒムは机を叩いた。

デニス軍務長は頷いて答える。

「彼ら4人は一貫して『"絶世の美女"とはオルデラの町で別れた。彼女はローリントン翁と共に城に向かった』と答えています。

様々な状況、証言から考えても、これは事実ではないかと思われます」

「………」

「尋問すべきはあの4人よりもローリントン翁ではないかと考えますが」

デニス軍務長の進言にアヒムはぎょっとした。

「ローリントン翁に尋問!そんなことできるかっ」

あの猛々しい老人に。イオネスクの地の四分の一以上を実質支配する翁に、尋問!


デニス軍務長は眉を上げ、アヒムを見下ろした。

「ではいかがしますか?悪魔とは無関係かもしれない4人を拷問にでもかけますか?」

拷問。恐ろしい言葉にアヒムはぶるぶると首を振った。

「やめろ!4人は丁重に、丁重に、閉じ込めておけ」

「わかりました。してローリントン翁は?」

「……私から翁に直接尋ねてみよう」

「ではお供致します」

ほれ行け。今すぐ行け、というデニス軍務長の圧にアヒムは渋々立ち上がった。

ふと思いついて言う。

「……デニス軍務長。もしや悪魔は姿を消せるだろうか?」

「それなら、お手上げです。そこの影に潜んでいたとて気づきようがない」

「ひぃっ」

「……アヒム様。悪魔だなんだのと、あのロチェスク野郎の話を鵜呑みにしすぎない方がよろしいですよ」

それは諫言だった。

アヒムの父の代から仕える重鎮からの。

けれど悪魔の影を探すアヒムの耳には届かず消えてしまった。


そして、ローリントン翁の元に向かったアヒムが見たのは、悪魔ならぬ、悪夢のような光景だった。




「ローリントンご当主殿の若き日の英雄譚は、我が主から聞いております。和平の使者を棒で叩きのめし、名誉ある戦士たちをなぶり殺し、野蛮な獣の如きご活躍だったとか」

「英雄譚とは照れますなぁ。いやいやあの頃のロチェスクもご立派でしたぞ。突然使者がやって来て『配下にしてやる喜べ』とのたまったと思えば、兵隊が突進してきて町の家々を破壊し回り、山の猪かと思いましたな」


テーブルを挟んで座る二人─ヴィサンとローリントン翁は、あはは、カカカ、と笑いあっている。

が、どちらも目がギラギラと光り、びりびりと空気が震えていた。

更に2人の後ろに立つそれぞれの配下の者たちは、視線で相手を倒す!と言わんばかりに睨み合っていた。


「なぜ、この二人が」

「……なぜでしょうか」

デニス軍務長の顔色も心なしか青い。


絶対に会ってはならない二人だった。

アヒムが城主として、決して会わぬよう計らうべき二人だった。


ロチェスク家の使者ヴィサンとローリントン翁。

ロチェスク家とローリントン家は50年前、家滅亡ギリギリまで戦った間柄だ。

50年も昔のこと、とはこの二人には言えない。

ローリントン翁は当事者だ。

一方、ヴィサンの主は、50年前ローリントンに兵を差し向けた張本人である。


「ここでローリントンの当主殿とお話できる機会がもてるとは。我が主がここにいれば首を取る許可をいただけたでしょうに残念です、ははは」

「若造は血気盛んで良いことですなぁ。しかし蛇は冬眠に入ったと聞きましたが、はて?」

「……蛇。まさか我が主のことではありますまいな」

「さて、貴殿の主があの悪名高い老蛇かどうかなど、私の知ることではありませんが」

「……貴様っ」


ヴィサンとローリントン翁の間で、今にも火花が弾けそうである。

「アヒム様、止めた方が……」

デニス軍務長が言う。

「わ、私が?」

「城主である貴方以外、誰が口を挟めるんです!?」

なんと城主というのは、悲しい立場であろうか。

(ああ、もう!50年前の話をしている場合ではないのだ!今、今、この城が大変なのだ)


「緊急の用にて失礼する、お二方」

アヒムは覚悟を決めて、足を踏み出した。

「おや城主殿。どうなされたかな?」

ローリントン翁はくるりと首を回し、アヒムに親しげに笑いかけた。

一瞬で、ヴィサンのことなど頭から消え去ったかのようだった。


「コホン、ローリントン翁に尋ねたい事がある。おそらくすでに我が配下の者が尋ねただろうが、もう1度確認したい。翁はこの城に入る時、少女を伴わなかっただろうか?」

「いいえ?」

ローリントン翁はあっさりと否定した。

「ほ、本当か?」

「城に入る時いたのは、後ろに控える配下の者たちのみ。少女などいなかったはずです。であるな?」

ローリントン翁が後ろを見ると、黒い服を着た男がはい、間違いありません、と答えた。

「いったい少女がどうされたのか?私はなにか疑われてるのでしょうかな?」

ローリントン翁に鋭い目を向けられ、アヒムは手を振った。


「疑っているわけではない!ただ……ある筋から、翁が"絶世の美女"を伴って入城したと、聞かされたのだ。それが本当ならば……」

「なんですと!?」

反応したのはローリントン翁ではなくヴィサンだった。

「こ、この城に"絶世の美女"が!?今、ここにいると!?」

ヴィサンは椅子から立ち上がった。

「な、なにをなさっておられるのか!むざむざ城に侵入を許すとは!アヒム様!」

ヴィサンは明らかに取り乱していた。

「わ、私は部屋に戻らせていただく!決して決して、ソレを私の部屋に近づけさせないよう、兵で私の部屋を厳重に囲って……っ、いいや、誰も信じられない。私の部下以外、私の部屋に近づくことを禁じます!ソレを捕らえたら知らせを!」

早口で捲し立てると、ヴィサンは茶話室を飛び出していった。


(逃げた……)


ローリントン翁とあれほど喧々囂々とやりあっていたヴィサンが、ソレが近くにいると聞いただけで、脱兎のごとく。


ローリントン翁もぽかんとヴィサンの背中を見送った。

「いったい……、"絶世の美女"がどうしたと?」

「翁は……、本当に"絶世の美女"を知らないのだな?」

「城主殿がローリントンの地に見つけた子どもが"絶世の美女"と聞いておりますが。それ以外に何か?」

翁の受け答えはあまりに自然だった。

これでもし翁が悪魔の下僕となっているのなら、それこそお手上げだ。太刀打ちできない。

そうアヒムは思った。

「城主殿?なにかお困りでしょうかな?私にできることがあれば…」

ローリントン翁の親切にしか聞こえない言葉にも、アヒムは答えられなかった。

すると、翁はぺしりと自分の頭を叩いた。


「ああ、これは失礼。城主という立場にあって容易に語れないことがあるのは当然。無理に話せなどと申した訳ではありませんぞ」

「……!」

翁のいかつい見た目からは想像もできない、朗らかな言葉に、アヒムは胸を突かれた気がした。

「私も長いこと当主をやっておりますからな。情報の扱いの難しさは、この歳になってもなかなか、なかなか」

カカカッとローリントン翁はわらう。

アヒムは無性に、なにもかもをぶちまけたくなった。


考えてみれば、この翁はアヒムの偉大なる祖父、先々代城主と対等の立場にあった者。

50年もローリントンの地を治め続け、莫大な年貢料でイオネスク家を支え、民の尊敬を一身に集める当主。

当主になってまだ3年の自分と比べて、知識、判断能力、なにもかもが遥か上だろう。


アヒムはごくりと唾を飲んだ。

「いや。経験豊かな翁に聞いてもらいたい。そして助言をくれまいか……」

アヒムは全てをローリントン翁に話した。

彼がダントンを派遣した事情から、ヴィサンから聞いたばかりの秘密まで。


例えのちに息子から「チョロすぎ」と言われることになろうと……。今、アヒムは切実に誰かを頼りたかったのだ。



※※※



「なんかさ、悪魔憑きがいるって話でさ。見た目は女の子でさ、その子の目を見たり声を聞くと、魂が抜かれて、操り人形になっちゃうらしいんだ」

「はあ?なんだよ、その与太話。お前そんなの信じてんの?」

「そう言うけどさ。城主様が言ってるんだぜ?その悪魔憑きを捕らえるために城中の兵士が動員されてるんだ。確証がなきゃここまでしないだろ?」

「んじゃなに?俺たちはその悪魔憑きに魂抜かれた操り人形なわけ?だから閉じ込められてんの?」

「それがなー。お前、どう見てもいつものちゃらんぽらんリューイだよなぁ」

「はい、いつも真面目なリューイくんです!」


絨毯の敷かれた前室の床に、リューイとクリンはだらしなくあぐらをかいていた。

「お前見た奴みんな、言ってるさ。あれが魂抜かれた操り人形なわけないって。ロニー隊長が城主様に進言するってさ。だからま、すぐ疑い晴れて解放されると思うぜ。それまで休憩だと思って、のんびりしてろよ」

「ありがっと。俺最近寝不足でさー。思う存分寝てやるわー」

「寝すぎて馬鹿になるなよー。あ、元から馬鹿か」


クリンはよいしょと立ち上がり、居間にいるダントンの方に一礼してから、部屋を出ていった。

外からガチャンと鍵のかかる音がする。

「リューイさんのご友人ですか?」

ルイスが尋ねた。

リューイは前室から居間に入り、クッションののった椅子にボフッと座った。

「そ。幼馴染で一緒に兵士になった奴。たぶんロニー隊長あたりが、事情教えといてやれって寄こしてくれたと思う」

「リューイさんが皆に好かれているのがわかりますね」

「俺、人気者だからー」

リューイが親指を立てる。

ダントンがしくしくと泣き出した。

「なぜこのちゃらんぽらん男が好かれて、気を使われるのじゃ。なぜ儂のところには誰も来ない?儂がなにをしたというのじゃ。アヒム様〜」

「ダントンさまを心配している方もたくさんいらっしゃるはずですよ。身軽にここに来れない立場なだけで。特に奥さまなんて、ダントン様のお帰りを今か今かと待っているはず」

「エミリア〜っ、帰りたい〜っ」

ダントンは妻の名を呼んでテーブルに泣き伏した。


ここは城の東棟にある客室っぽい。たぶん。

天井は高くて、前室から居間、寝室、付き人用の小部屋までがついた素敵な部屋だ。

昨日城に連れてこられたあとは、一晩中あちこち連れ回されて、質問攻めにされて、大変だった。

そうして今朝になったら、ダントンやルイス、ミハイと一緒にこの豪華部屋に集められたのだ。

豪華な食事や酒も運ばれてくるし、罪人からお客様に格上げされた感じがする。


城のお偉いさんが何を考えているのかわからないけど、この滅多にできない経験楽しんでやろう、とリューイは思っていた。


「笑っちゃうんだけど。悪魔憑きで目を見ると魂抜かれるってナニ?」

ダントンを慰めるのを諦めてリューイの横に来たルイスは、苦笑した。

「あながち間違ってないですよね。カナさんと目が合ったら虜になってしまうんですから」

「あ、そうかも」

「けど魂抜かれるとか、操り人形とか、僕たちまで悪魔扱いされるなんて。誰が予想できます!?」

肩を竦めるルイスを見てリューイは思わず笑った。

この状況をあらかじめ予想できなかったことをルイスが内心めちゃくちゃ悔しく思っていることがわかったからだ。

「いやあ、人の噂って怖いよなぁ!カナちゃんは本当は可愛いだけなのにな」

ルイスとリューイは和気あいあいとしゃべっているが、実はひそひそ声だ。

部屋の外の見張りに聞こえてはまずいからだ。


城に着いてから"絶世の美女"について聞かれることがあれば「本当のことだけを答えてください」とルイスには予め言われていた。

ただし、カナのギフトのこと。カナの後見にローリントンのお館様がついていること。このふたつのことだけは言わないように、と。


「悪魔憑きとか本気で信じて、城中の兵士総動員とか、城主馬鹿すぎですよね」

「ちょっとちょっと、実のお父さんじゃないの?」

「実の息子閉じ込めて、確認にも来ないのは、馬鹿で良くないです?」

ルイスは辛辣な事を言うが、表情を見ればさして怒ってる風でもない。


─城主様と私生児となると、普通の親子関係じゃないんだろうな、やっぱ……


「まぁ、カナさんはローリントン翁が上手く逃がしてくれたようですし…」

ルイスが言った途端、

「カナちゃんは無事か!」

後ろから轟くような声に、リューイは飛び上がった。

「ミハイ先輩、しー!声が大きいッス!」

ミハイは椅子の後ろで背もたれを握りしめ、ルイスを睨むように見ていた。


「ホント、先輩はカナちゃんのことになると……。あれ?先輩、カナちゃんって言った?『カナ殿』って呼んでなかったッスか?」

リューイが言った途端、ミハイの表情がへにょっと緩み、ぽっと頬が赤らんだ。

「……カナちゃんが、カナちゃんと呼んで欲しいと言った……」

「……」

大男でいかついミハイの照れる様子は、なかなかのインパクトがあった。

ルイスも顔をひきつらせている。


「えーっと。カナさんは無事だと思いますよ。捕まった様子はないですし」

「カナちゃんは今どこ?」

ミハイがずいっと顔をルイスに近づけた。

「城市町ですよ。ローリントン翁の馬車で城市町に入って、入(・)城(・)す(・)る(・)前(・)に(・)降りたはずです」

「本当は昨日、俺たちと城市町の広場で合流するはずだったんだよな」

「僕たちが来なかった場合の隠れ場所も打ち合わせ済みですから大丈夫です」

「それはどこなんだ?」

ミハイが尋ねるが、ルイスは

「それは秘密です」と首を振った。

「なぜ!」

「ミハイさんはこうやってすぐ大声出すし、すぐ暴走するからです」

ミハイはうぐっと息を止めた。

それから肩を縮めて、ひそりと言った。


「俺はカナちゃんの騎士になった。カナちゃんを守るのは俺でなければならない。教えてほしい」

「……キシ?」

ミハイのいつになく必死な様子に、リューイとルイスは目を見合わせた。

「キシってあれ?物語にでてくる、王様を守ったりお姫様の手にキスしたりする……」

「今のところこの国には騎士はいないですけどね。ミハイさん、カナさんの騎士になったというのはどういう意味ですか?」

するとまた、ミハイの顔がへにょっとなった。

「カナちゃんが、自分だけの騎士になって欲しいと言った。俺は忠誠を誓った……」

ミハイは遠くを見るような目になり、ほおと息をついた。

至福の時を思い出すような表情。


─これは、ミハイ先輩の恋心が暴走しないように、カナちゃんが手を打った?

─たぶん、そうでしょうね

─カナちゃん、罪作りだなぁ

─ミハイさん、一生カナさんから離れないでしょうね


リューイとルイスは目だけで通じ合ったのだった。

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