ペレシュク城の攻防 2
「いったい貴方はご自分の息子にどういう教育をなさっておいでかな!?ああ、そう言えば、貴方も町でお盛んに種まきをなさっておいでだった。なるほどなるほど、イオネスク家ならではの教育の賜物であると」
ローリントン翁にねちねちと言われて、アヒムは苛立っていたし、焦ってもいた。
(ルイス、そなたは何をしているのだ!?)
ダントンの共として"絶世の美女"を探しに行ったはずの息子が、なんとローリントン家当主の愛孫に手を出したというのだ。
「いや、いや、ルイスはそういう子では…」
「ではどう説明なさる?貴方のご立派な息子さんははっきりと私に『同衾した。責任はとる』と言ったのですぞ」
(ルイス〜!!)
アヒムは胸中で絶叫した。
「コホン、そのだな、翁?私はルイスやダントンに、"絶世の美女"を探し出し城に連れてくるように命じて、ローリントンの地に行かせたはずなのだ。それらしき女はいなかっただろうか」
ふむ?とローリントン翁は眉を潜めた。
「ずっとフードを被って顔を隠していたのがひとりおりましたが、あれは美女というか、子どものようでしたぞ」
「そっ、そう!そうか!」
"絶世の美女"─或いは"ソレ"、もしくは"悪魔"─、は少女の姿をしているという。
ローリントン翁の"子どものようだった"という証言と合っている。
しかし、どういうことか。
目が合った人を下僕にするという悪魔は、ローリントン翁の前では顔を隠していたという。
ローリントン翁の威厳に恐れをなしたか、それとも別の理由があるのかわからないが、悪魔は翁を下僕にしなかった!
この、老人のくせに取って食われそうな存在感を放つ現役武人が、悪魔のために突然暴れ出すことはなさそうだ。
アヒムはホッと力が抜ける思いだった。
「ダントンやルイス、護衛兵たちは、どんな様子だっただろうか?その、"絶世の美女"に対して…」
アヒムが更に情報を得ようとすると、翁の眉がカッとつり上がった。
「どんな様子!?貴方は私の話を聞いておられないのですか?貴方の息子が!私の愛する孫に!なにをしたか!」
「あ、あ、ああ、えぇ……、ん?そう言えば孫?翁はお子さんもいなかったはずではっ」
「なんですとぉ?私は孫を持ってはいけないと!?まさかそのようなことを言われるとは!ああ、貴方は良いですな。夫人の間に息子がふたりいて、その他に町に8人いるのでしたか?いや、もっとですか?いやぁ、羨ましい羨ましい。そのうちの一人が、あのご立派なルイスくん、と。ああも見事に私のたったひとりの大事な大事な孫を奪うとは。かつてローリントンの守護武人などと呼ばれた私も、あの狡猾さには……」
ねちねちねちねち
アヒムの口がひきつった。
(ああ、もうすぐ悪魔が来てしまう。こんな話をしている場合じゃないのにっ)
焦るが、ローリントン翁の刺すような目がアヒムに席を立つことを許さない。
アヒムはしばらく翁の応対に時間を奪われた。
まさかこれが、ご立派な息子本人に頼まれたローリントン翁が、アヒムを引きつけておくためにしていたことだとは、知る由もなかった。
※※※
お館様が自分の護衛や部下たちを全て連れて行ったので、馬車の御者台にはルイスが座った。
「ルイスくん、御者やったことあるの?」
リューイが尋ねると、ルイスは事もなげに言う。
「初めてですが、そう難しいものでもないでしょう?」
その言葉どおり、ルイスは熟練の御者のように、2頭の馬をバランス良く走らせ始めた。
─やっぱルイスくんって器用だよなぁ。なんで管理官の従僕なんてしてるんだろ
馬車の両脇は護衛であるリューイとミハイが騎乗して固めている。
ミハイはローリントンで大ダメージを負ってしばらく使いものにならなかったが、今日は目に光が戻り、体に力が漲っているようだった。
─なんかカナちゃんがうまいこと言ったんだろうなぁ
リューイはちらりと馬車を見た。
カナも罪作りな子だ。
これほどミハイを本気にさせて、どう決着つける気だろうか。
一泊したオルデラの町を出ると、森の間に一本道が走っている。ペレシュク城に続く道だ。
時は昼を少し過ぎた頃。人の行き来は多い。
「……なんかさ、城の方からくる人が多くない?ルイスくん」
「……言われてみれば」
驢馬に荷を引かせていたり、家族連れだったり、大きな荷を背負っていたり、馬に乗って遠出していた様子だったり。
道行く者たちは様々だったが、城の方角から来る人々の多くから困惑と苛立ちとが感じられた。
「ねぇ、城の方でなんかあった感じ?」
こういう時、ためらいなく見知らぬ人に声をかけられるのが、リューイだ。
商人らしき男が、苛立った顔で教えてくれた。
「この辺りに悪魔憑きの殺人鬼がいるんだってよ!」
「悪魔憑きの殺人鬼ぃ〜!?」
「それで城の兵士さんたちが殺気立った顔で城の外門に立っててさ。城市町に入ろうとする奴ひとりひとり、荷物も着ているもんも細かぁに確認するもんで、外門前は偉い行列だよ。とてもあれは今日中に町に入れそうにねぇ」
「ほあー、それは大変だ〜」
「そういうあんたも格好を見るに城の兵士さん?」
「そう。護衛任務を終えて戻ってきたとこなんだけど……」
「じゃあ、どうにかしてくれんか。そんな危ねえ奴がいるんなら、とっとと町に入れてくれんとさ!城の連中さえ無事ならいいってのかいな」
「それは……、困ったな」
リューイが頭をくしゃくしゃっとすると、商人は「あんたに言ってもしょうがないよな。どうせお偉いさんの指示だ。あー、オルデラで宿取れるかな」と離れていった。
リューイはルイスに身を寄せ囁く。
「なぁ、いや〜な感じするけど。悪魔憑きの殺人鬼って、カナちゃんのことなわけ、ないよな?」
ルイスは険しい表情をしていた。ルイスのこういう表情を見るのは初めてかもしれない。
「僕たちが"絶世の美女"を連れて城に戻ると伝えていたタイミングで、門で持ち構えてるんですから、カナさんのことだと考えるのが自然ですよね」
「なんで、"絶世の美女"が殺人鬼になっちゃってんのさ!?」
「……おかしいですよね」
ルイスは顎に手をやって考える素振りを見せた。
「城主は、僕たちをローリントンに送り出した時点では、"絶世の美女"がどんな女かも、カナさんのギフトのことも知らない様子でした。それを今になって誰かから聞かされたのだとして…」
「……悪の組織の奴らかな?」
「カナさんのギフトで町を混乱させたくないから、町に入れる前に対処しようと考えたとして…」
「……ルイスくん、わざと混乱させる計画だもんな」
「なぜ殺人鬼呼ばわりして、関係のない市民まで厳重に確認するほど警戒してるのかが、わからない……」
「そうだよな。わけがわからないよな」
ルイスは首を捻り、自分の座る馬車を見た。
「城に着いたら兵が待ち構えていて、カナさんだけ連れて行かれる可能性は考えてましたが……。なにかおかしい。少し情報を得る必要があるかもしれません」
ルイスは馬車の手綱を引いた。
「どうするの?」
「一度引き返しましょう」
その時、城の方向から、複数の馬の足音が近づいてくるのが聞こえた。
リューイは馬上で目を細めて見て、表情を明るくした。
「あれって俺の隊の奴らだ。ミハイ先輩、あれ!城兵たちがこっち来るッス。あ、ロニー隊長もいる!おーい!おーい!」
8人ほどの馬を駆る兵たちは人々の間をすり抜けて、リューイの元に来ると、ものも言わず馬車とリューイ、ミハイを囲んだ。
「あれ?なに?なんか怖い顔してる……」
「リューイ、ミハイ、悪いが命令だ。お前たちを拘束する」
兵士のひとり、リューイの上司にあたるロニー隊長が厳しい顔で言った。
「はい?」
「大人しく馬を降りて、剣を置いて跪け」
「ロニー隊長?どゆことッス?」
「お前相手に剣を抜きたくない。いいから言うことを聞け!」
リューイはミハイを見た。
そして剣呑な表情を見て、慌てて言った。
「先輩!乱暴者は嫌われちゃうッスよ!」
誰に、とは言わなかったが、確かに通じたようで、
ミハイの顔がハッとした。
「だが!」
「俺だってなにがなんだか!けど、ここでミハイ先輩が暴れたら、馬車の中まで危険ッスよ!ここは大人しく」
「……」
ミハイは馬車と兵たちを見比べると、馬を降りて地に膝をついた。
御者台にいたルイスも逆らわず、御者台から降りた。
「馬車の中にいるのは?」
ロニー隊長が馬車を睨みつけながら問う。
その手は剣の柄にある。
まるで馬車の中に、殺人鬼が潜んでいるとでも言うようだ。
「……俺が護衛していたダントン上級管理官ッス」
リューイも地面に剣を置いて答える。
「他には?」
「……。管理官だけッス」
「そんなはずないだろう!」
ロニー隊長が誰のことを言っているのかは察していたけど、リューイはすっとぼけた。
「と言われても。他に誰が?」
「もう良い。直接確認する!」
「え、ちょっ」
「皆、馬車を囲め。扉を開けるぞ、警戒せよ!手筈どおりに!」
ロニー隊長が指示し、槍持ちの兵が扉に槍の先を向けた。
ロニー隊長が緊張の面差しで扉の取手に手をかけた。
─なんで!?
ルイスの言うとおり、悪の組織がカナ─もしくは"絶世の美女"─を捕まえようとしてるんだとしても、なぜ城の兵士がこれほど殺気立つ必要があるのか、さっぱりわからない。
カナは変なギフト持ちではあるけど、それ以外は普通のか弱い女の子だ。
動きはちょっととろくて、いつも笑っていて、けど誰かが怪我すると必死に助けようとする。そんな女の子。
武器を構えた兵士たちは、一体何者を相手にするつもりなのか。
─問答無用で殺す気じゃないよな!?
構えられた槍がそのまま馬車の中に突き出されそうで、リューイの心の臓がバクバクと暴れた。
「待って下さい。ダントン様は体調を崩されて、中で休んでいるんです。手荒なことは」
ルイスが訴えたが、兵士たちは反応すらしなかった。
「行くぞ!」
ロニーが勢い良く扉を開け、槍が馬車の中に向けられる。
中には、腰が抜けたようなダントンが声も出ない様子で震えていた。
「女は!?どこかに隠れてるのか!?」
さして広くもない馬車の中、兵士が入り込み、荷物をひっくり返し、椅子を叩き、床を調べた。
「いない!"絶世の美女"はどこにもいない!」
「城に報告だ!急げ!」
凶悪犯が脱走した、というような騒ぎの中、リューイはちらりとルイスを見た。
ルイスは小さく頷き、ペレシュク城の方向を見た。
カナちゃんは絶世の美女なのか、ソレなのか、悪魔憑きなのか、悪魔なのか、殺人鬼なのか。どのキャラになんて呼ばせればいいのか、よくわからなくなってきました(笑)




