ペレシュク城の攻防 1
ソレはまるで妖精のような見た目をしていると言う者もいる。どこにでもいるような普通の容姿だと言う者もいる。
証言で一致しているのは、幼い女の姿をしているということ。
ソレと目が合った瞬間、ソレに心奪われてしまう。
ソレに魂を捧げ、ソレのためだけに生きる下僕になる。
ソレは狡猾である。
幼い容姿で人を油断させ、哀れな境遇を装い、言葉を操り人を籠絡する。
あらゆるところに入り込み、下僕を無限に増やしていく。
ソレを捕らえたなら即、目を塞ぎ、口を封じなさい。
決して顔を見たり、声を聞いたりしてはならない。
そしてなにより気をつけなければならないのはソレの下僕と化した者たちである。
彼らは一見してそれとわからない。
しかしソレの危機と見れば、彼らは一瞬で牙をむき、あらゆるところから襲いかかってくるだろう……
「……絶世の美女とは、そんな……」
ペレシュク城主アヒムは聞いた話のおぞましさに口を押さえた。
「そんな悪魔のような……いや、悪魔そのものではないか!なぜ、そんな悪魔を。いや、なぜ、今までその話をしなかったのか」
なぜ今になって、そんな話を聞かせるのか。
ロチェスク家の臣下ヴィサンは声をひそめた。
「このような話が広がったら、国中が混乱します。この話は、ボヤールの中でも中央に近い方やその側近のみが知る極秘情報なのです」
ヴィサンの顔には優越感が見え隠れしていた。
アヒムもボヤールではあるが、末端も末端。
対しヴィサンは中央で最も権力を誇るボヤール、ロチェスク家の側近なのだと。
「しかしもうソレは隣町まで来ていると。このままでは、このペレシュク城中の者がソレの下僕になりかねない。そう思うと黙ってもいられず、私の一存で、こうして隠しておくべき情報を明かすことにしたのです」
ヴィサンは心苦しい胸の内を打ち明けるように、胸に当てた手を開いてみせた。
アヒムは怒りで頭が膨れ上がる気がした。
「白々しい!そも!そなたの主が、『絶世の美女を探し出し渡せ、さもなくばイオネスク家をボヤールの席から外す』と脅してきたのではないか!なのに、そのような重大な情報を明かさずにいるとはどういう了見か!」
「脅した?貴方を我が主が?まさかまさか」
ヴァサンは鼻で笑った。
脅すまでもない小物が、とでも言いたげに。
「ソレがイオネスク配下のローリントンの地に潜んだのは、誰の意図したことでもありません。運が悪かったとしか。我が主はイオネスクがソレの下僕となれば、ボヤールの席に置いておくわけにはいかぬと仰せだったのでは?」
「ならば、相応の説明が必要であったはずと言っている!」
「私は申し上げていたではありませんか。"絶世の美女"は危険である。扱いにはくれぐれも注意を、と」
「危険でわかるものか!そのような悪魔だと知っていれば、脅されようがなんだろうが、決して使いを送って城に連れてこさせようなどとしなかった!」
確かにヴィサンは何度も、思わせぶりに、『危険な女』と言っていた。
けれどどう危険なのか、決して言わなかった。
だからアヒムは、これはもしかするとイオネスク家を潰したいロチェスク家の仕掛けた罠なのではあるまいか、とまで考えたのだ。
"絶世の美女"を捕まえても捕まえなくても、イオネスク家が破滅するような狡猾な罠では、と。
だからアヒムは、息子のルイスに密かに毒を渡して……
アヒムはハッとした。
「送った使いは?まさか、悪魔の下僕に……」
「そう考えるべきでしょう。残念ながら」
「……」
アヒムは怒りを通り越して、力が抜けてしまった。
椅子の背もたれにもたれかかる。
ローリントンの地にいる"絶世の美女"。
これしか情報がなかったから、ダントンのギフトに頼るしかなかったのだ。
けれどダントンはイオネスク家の幸運石。
決して使い捨てにして良い者ではなかった。
そしてルイス。
いざという時の為の秘蔵の息子。
その2人を同時に失ってしまったとすれば、どうすれば……
「良いのですか?そんなゆっくりしていて。もうすぐソレがやって来る。城下町に入る前に捕らえさせた方がいいのでは?顔も見ず声も聞かずに捕らえるのは難しいことでしょうが」
「……っ」
「そう、言うのを忘れていました。殺してはいけません。体が滅びた時、悪しき魂がどうなるかわかりませんから。厳重に動きを封じ、顔を塞ぎ、生きたまま、こちらに渡していただけますよう」
アヒムはヴィサンを怒鳴りつけたかったが、叩きつけるべき言葉すら見つからなかった。
アヒムは立ち上がると閉じられた扉へ突進し、乱暴に扉を開けた。
「デニス!デニス軍務長はどこだ!!」
悔しいことだが、アヒムにできることはヴィサンの言うとおり、ソレが城下町に入る前に捕らえる手立てを講じることだけだった。
※※※※
「悪の組織ぃ〜!?」
リューイは口がにやけるのが止められなかった。
ローリントンからこっち、ルイスとカナがなにやらこそこそと話し合っているのには気がついていた。
今日やっとその話し合いにリューイを呼んでもらえたと思ったら、なんとまあ、心くすぐるワードが出てくることか。
「そうなんです。その悪の組織は、人々を虜にする絶世の美女を自分たちのものにしようと企んでいるのです」
ルイスが重々しく頷き、カナは体を震わせて口を押さえていた。
「うんうん、それで?」
「悪の組織は絶世の美女がこの地にいることを知りました。そしてこの地を治めるペレシュク城主を脅したのです。絶世の美女をこちらに渡せ〜。さもなくば、悪の軍団がお前の城を襲うぞ〜と」
「おお!」
「悪の軍団にはとても敵わない。城主は脅しに屈し、絶世の美女を渡すことにしました。けれど悪の組織に連れて行かれた絶世の美女はどうなってしまうのでしょう。僕は一計を案じることにしました」
「イッケイをアンジル……?」
「ああ、つまり、絶世の美女を悪の組織に渡さないための案を考えたんです」
「おお、おお!」
「絶世の美女は死んだことにするんです。悪の組織も神の国に行った人間を引き戻せはしないはずですから」
「なぁるほどー!」
リューイが拳をぽんと叩くと、カナがぷふ〜っと吹き出した。笑いが堪えきれなかったらしい。
「一応確認するけど、その絶世の美女というのは、カナちゃんのことだよね?」
「そうです、ふふっ。わたしずーっと、悪の組織……、ぷふふっ、に、狙われているんですぅ、悪の組織に!きゃーらきゃらきゃら」
カナは例の独特な笑い声を上げた。
「カナさん……」
ルイスがジト目でカナを見て、カナは慌てて笑いをおさめ、コホンと咳払いをした。
しかしまだ口元がによによしている。
「とにかくですね。今、ペレシュク城には、悪の組織から送られてきた男がいるんです。この男に『絶世の美女は死んだ』と思わせたい。けど『死んだよ』と言っても、簡単には信じないでしょう」
「そうだよな」
「どうしたら『絶世の美女』が『死んだ』と信じさせられると思いますか?」
突然質問が飛んで、リューイは考えた。
「その、悪の人は、カナちゃんの顔を知っているの?」
「いい質問ですね〜。ですが答えは、わからない、です。顔を知っている可能性、知らない可能性、両方考えないといけません」
「えー。それじゃあ、例えばカナちゃんが死んだふりしたって、絶世の美女かどうか、悪の人はわからないかもってことじゃん」
「死んだふりって。むりむり!どうやって息とか心の臓とか止めるの」
再びカナがぷふ〜と吹き出した。
その横でルイスは真面目な顔で頷いた。
「そうですね。死んだふりは現実的ではありません。ですから、僕たちは"絶世の美女"は死んだと主張して、けれど死体は見せない方向でいかないといけないんですよ、リューイさん」
ルイスくんはずいぶん、イキイキしてるなぁとリューイは思った。
ローリントンに着いた辺りまでは、後ろで静かに控える従僕くんだったのに、いつの間にか熱血指導官みたいだ。
「僕が考えた案はこうです。カナさんには城下町で人々を虜にしてもらいます。ローリントンの町の大通りの時みたいに」
「……カナちゃんが絶世の美女だって証明するんだな?」
「そうです。それから僕はカナさんを魔女だと糾弾して、殺します」
「……殺す、ふりをするのな?」
「そしてカナさんの遺体を急いで教会に運びます」
「教会。なんで?」
「教会は棺桶ごと聖水で清め悪魔封じをしてくれるでしょう。たとえ城主でも、教会に押し入ったりはできませんから、遺体を確認することはできません」
リューイはうん?と考えた。
「なんかムツかしー。それで『絶世の美女は死んだ!』ってなるの?」
「どうですかね。ですが引き下がるしかなくなると思います。なにせ教会がそう言ってるんですから」
「ふぅん……」
「リューイさんには、カナさんが城下町で人々の前に立った時の護衛と、遺体を運ぶ役をお願いしたいんですが、引き受けて下さいますか?」
「OKOK、任せとけー」
リューイは親指を立てた。それから、ん?と首を傾げた。
「待って。これってルイスくんの作り話だと思ってたけど、マジな話?」
「……は?」
「え、だって。悪の組織とか、悪魔封じとか!いかにも少年が考えそうな話じゃん?」
ルイスの端正な顔が、大きく歪んだ。
「リューイさんにわかりやすいように話したんです!」
「あ、そうなんだ。うん、うん、すっごくわかりやすかったぁ」
ルイスの隣で、カナがきゃらきゃらきゃらきゃらと笑い、それはしばらく止まなかった。
※※※※
ローリントンの町から3日間、お館様と道のりを共にしてきた。
お館様は頼もしく、いつだって指示は明確。
それまでのグダグダだったダントン一行は、格がふたつもみっつも違う一団に組み込まれたようだった。
それでいて、リューイがちょっと自由に振る舞っても、「若者は冒険せねば」と笑ってくれる。
もう城兵をやめてお館様の部下にしてもらおうかな、とかリューイはわりと真剣に考えていた。
そのお館様はこの町で別れて、リューイたちより一足先にペレシュク城に入る。
なんでもローリントンのお館様が城を訪れるというのは、十年に一度の大事で、ダントンのお使いのついでにというわけにはいかないらしい。
ここオルデラの町から城市町までは、すぐ。
のんびり歩いたって、朝出発して昼前には着く。
お館様はまだ朝日のうちに、宿を出た。
そしてダントンたちは昼を過ぎてから、追いかけるように城市町に入る予定だ。
そして人の集まるペルチェ広場で、ルイスの計画を決行するということらしい。
─面白そうな話なんだけどなぁ。なんっかわくわくしないんだよなぁ……
リューイは首を傾げた。
ダントンとミハイには、カナから計画について伝えてあり、二人とも協力を約束したらしい。
リューイもできる範囲で、できることをするつもりだ。
悪の組織は置いておいても、リューイはずっと気がかりだったのだ。
城主様に会ったあと、カナがどうなるか。
城主様は
「来てくれてありがとう。可愛い顔を見れて満足したから、帰っていいよー」
と言うだろうか?
カナの帰りを待ちわびているロイドたちの元に、カナはいつ帰れるだろうか。
カナにとって不幸な状況にならないだろうか。
リューイは城の兵士だから城主様の命令は絶対で、だからあまり深く考えないようにしていた。
けど後味悪いことは嫌だし、ルイスの計画がうまくいってカナがハッピーになるなら、協力しようと思った。
─けど、なあ。なんっかこう……。城に行くと嫌なことが起きそうな気がするんだよなぁ、計画どころじゃなくなるような……。
いや、ダントン管理官のギフトじゃあるまいし、俺の勘なんて、全然当てにならないけど
そんなことを考えていたら、あっという間に昼過ぎだ。
そしてそろそろ宿を出ようという段で、ダントンが
「腹が痛い」と言い出した。
「無理じゃ〜。とても歩けん〜。城に戻るのは延期じゃ〜」
宿のベッドでゴロンゴロン転げるダントンは、けど顔色も悪くないし、腹を下しているようでもない。
ルイスが困り果てたような、呆れ果てたような顔をしている。
「ダントン様。そういうわけにはいきません。ローリントン翁と今晩城で合流する約束でしたでしょう?城主様にもそう伝えてあるんですから」
「無理〜、無理だと言っておろうが〜」
「ローリントン翁が馬車を1台置いて行って下さいましたから。ダントン様は歩く必要ありません。馬車の中で横になっていて下さい」
ルイスはリューイにダントンを馬車まで運ぶように言った。
「ええ〜!?俺がぁ?ミハイ先輩の方が力持ちだよ」
「じゃぁ、ミハイさんでいいです。いいから出発しましょう。計画が決行できなくなります」
控えめな従僕の仮面を投げ捨てたルイスは、領主の息子らしく冷酷に指示した。
─管理官のこれ、ただのわがままだよな?例の"勘"じゃないよな?
リューイはちらりと思ったが、ミハイの肩に担がれていく情けない姿のダントンを見て、すぐにその考えを忘れた。




