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ルイスとギフト9

ゴーゥン。館に来て三度目の鐘の音。


ローリントン翁のつるりとした頭に燭台の光が反射する。

食堂のテーブルに肘をついて、翁は切なく酒の入ったグラスを揺らした。

「お嬢さまの母御は、息絶えるその時まで私の手を握って『お館様…、カナを守って。幸せな人生を…』と」

「おおぅ」

「私はお嬢さまを孫と思い、慈しもうと決めたのです。しかし本当にお嬢さまを守れるのか、幸せとはなにか。この無骨な老人には難しすぎる命題ですよ」

ローリントン翁はくっとグラスの酒を飲み干した。


「ローリントン翁、いや、ジョルジ殿…」

ダントンは沈痛な顔で、同じようにグラスに口をつけ、ちみっと飲んだ。といっても中身は葡萄ジュースである。

「すでにジョルジ殿は充分なほどカナを守っておられよう。儂も孫が12人おる身だが、ジョルジ殿のように遠き国まで行き、野蛮人どもの根城に棒1本で突撃し、敵をなぎ倒し孫を救い出すなど、とてもとても」

「そりゃ普通、無理だ」

リューイの突っ込みが入ったが、誰も気にしなかった。


「攫われ異国で辛い目にあったカナも、ジョルジ殿によって幸せを知ったと思うがのう」

「しかし世の中は危険ばかりで、無法者はいくらでも湧いてくる。どうすればお嬢さまを守りきったと言えるのか…。ああ、こんなことばかり言っているから、お嬢さまは私をうっとうしがって、遠くに行きたがるのでしょうな」

「カナは賢い子じゃが、まだ幼いからのう。しかしすぐに気づくじゃろう。これほど自分を愛してくれるじいじの元にいることが一番だと」

「嬉しいことを言ってくれますな。ダントン殿と話していると、胸が楽になっていくようです。城主殿がダントン殿を重用したがる気持ちがわかる」

「なんのなんの!そんな、喜ばせを言って、なっはは」


あは、あは、と照れて頭を掻くダントンの横で、突然ミハイが立ち上がった。

「ローリントン翁殿!」

びりっと食堂全体が震えるような大声に皆がミハイを見上げた。

「俺もカナ殿を守ることが使命と思っております!危険も無法者も全て俺が斬って潰します!」

驚きに動きを止めたローリントン翁は、やがて楽しそうにかかかっと笑った。

「なんと頼もしい若者か!いやあ、今日は良い日だ。こんなに心が晴れ晴れしたのは久々ですぞ」

ローリントン翁はぱんぱんと手を叩いた。


「さあさ、飲みましょう!誰か、ダントン殿に葡萄ジュースのおかわりを。護衛くんたちのグラスも酒が減っているぞ」

使用人たちが一斉に動き出した。



「出遅れたようですね。もう取り込まれていますよ」

食堂の入口から少し離れたところで、ルイスは隣に立つカナを見た。

「なかなか晩餐に呼ばれないから来てみれば。まったくもう!」

どうやらローリントン翁は、ダントンたちを自分の味方につけるために小細工したらしい。

「どうあっても、カナさんがペレシュク城に行くのを阻止したいんですね」

カナは挑むように、食堂の面々を見た。

「ルイスくん、行こ!」

カナはつかつかと食堂へ入っていった。



「おや、お嬢さま。遅かったですな。先に始めておりましたよ」

グラスを掲げていけしゃあしゃあと言ったローリントン翁はカナの髪型に目を見開いた。

「これはなんとも鮮やかな。そんな素晴らしい花を作り出せる者がうちにいましたかな?」

カナは自分の頭の花にそっと触れた。

「これはルイスくんが結ってくれたんですよ。見事でしょう?」

「なんと!弱…、いや、従僕くんにも取り柄があったのですな」

(弱っころを言い直しても、馬鹿にしてるのは変わらないよね)

ローリントン翁に痛めつけられたのは、ついさっき。顔を見れば足が震えそうになるし、肩が疼く。

しかしここまでコケにされればかえって腹に力が入るというものだ。


ルイスはカナと並んで、正方形のテーブルについた。

ダントン、ミハイ、リューイの向かい。ローリントン翁の斜向かい。

しかし数十人がつけそうなテーブルで、窓側に座るローリントン翁たちと入口側に座ったルイスたちとは距離があった。

テーブルには酒やつまみが並び、晩餐が始まってからそれなりの時間が経っていることがわかる。


すぐに使用人が動き、遅れてきた2人のための食事が並んだ。

「皆さん、なんのお話をしてたんですか?」

カナがスプーンを手に取って、尋ねる。

「ジョルジ殿の武勇伝を聞いておったのじゃよ。カナ、お主が異国に攫われ、ジョルジ殿が助けに行った話じゃ」

ダントンが答えた。

「あらまあ」

「カナも辛い目にあってきたのだのう。しかし、ジョルジ殿のようなご立派な御仁がおって本当に良かった。かわゆいカナと儂が出会えたのも、言ってみればジョルジ殿のおかげじゃ」

ダントンは感慨深そうに言い、うんうんと頷いた。

カナはスープを啜る。

「それで儂も考え直したのじゃ。カナ、お主はジョルジ殿の元におるのが良い。お主と城へ行けないのは儂も断腸の思いだが、カナの安全と幸せよりも大事なことはない。城主様もお許しくださるじゃろう」


(完全にローリントン翁の掌の上だな…)

ローリントン翁を見ると、素知らぬ顔でオリーブを齧っている。

カナはスープを飲み干すと、使用人におかわりを頼んだ。

「わたし、このお豆のスープが大好きで。料理人さんが覚えていてくれて嬉しいわ」

にこっと笑う。


「……カナや。儂の話を聞いておったか?」

「もちろん聞いてました。ですが異国とかおじいさまが助けに行ったとか、なんのお話ですか?」

「ふぇ?」

ダントンは小さい目をきょんとさせた。

「幼い頃誘拐されたことはありますが、異国までは行ってませんし。ほら、わたしが"可愛すぎる"のが原因でしたので、大事に扱われて、最終的には快く帰してもらえましたよ」

ダントンはがたんと立ち上がった。

「ほ、いや、しかし。カナの母君がジョルジ殿に助けを求め、儚く亡くなられたというのは?」

「母はわたしが8歳の時亡くなりましたけど…。おじいさま、わたしの母と会ったことが?」

「きっとお嬢さまに似た可愛らしい方だったんでしょうなぁ。心の中では何度も会っていますぞ」

「それは実際は会ったことがないってことですよね?」

ダントンはきょろきょろとカナとローリントン翁を見比べた。

カナは申し訳なさそうに、とどめを刺した。

「たぶん、ダントンさまが聞いた話の半分以上は、おじいさまの作り話です」

ダントンはぽぅとした顔でローリントン翁をみつめ、それから椅子に崩れるように座った。

その横ではぽかんとしたミハイが微動だにせず座っていた。


「おじいさまったら。心優しく純真なダントンさまを騙すようなことをなさって!」

かかかっとローリントン翁は笑った。

「騙すとは人聞きの悪い。私は自分の心にあることを語ったのみですぞ。真実とは人によって違うものですからな」

(うわ、すごい屁理屈!)

ルイスはむしろ感心し、カナは大きくため息をついた。

それからまだ呆然としているダントンにひたりと視線を合わせると、にこりと微笑んだ。

「ダントンさま。わたし、ダントンさまとペレシュク城に行くのをすごぉく楽しみにしてるんです。置いていくなんて悲しいこと言わないでくださいな」

ダントンの頬にぽっと赤みが差した。コクコクと頷く。

「もちろんじゃ!」

「ダントン殿。そう簡単に意見を覆されては困りますな」

横からすかさず、ローリントン翁が重く響く声で言った。

「お伝えしたはずです。お嬢さまがローリントンの地を離れることは危険だと。私の作り話?いいえ、作り話ではありませんぞ」

ダントンは翁の迫力に押され、顎をひいた。

「ダントン殿も見たはず。お嬢さまの"特別な可愛さ"を。実際、誘拐されたこともある。その際、お嬢さまを助けようとした母御は殺されています」

「おじいさま、そんな話…」

「お嬢さまをひと目見れば、胸に愛おしさが湧く。まともな者ならそれだけです。しかし世にはとんでもなく傲慢な者がいる。お嬢さまを独り占めしたがる者が!その結果、お嬢さまはかつてこのローリントンから連れ去られ!今もなおお嬢さまを欲しがる愚か者はいくらでもいるのです!」

熱弁を奮ったローリントン翁は、グラスの酒をぐいと飲み干した。

「お嬢さま、今私が言ったことに間違いがありますか?」

「…いいえ。でも」

「私はお嬢さまを守りたいだけ。危険から遠ざけたいだけ。同じじいじの立場であるダントン殿ならご理解いただけますな?」

ダントンはこくりと頷いた。

「ダントンさま!」

カナが少し責めるような声をあげる。


それまでだんまりしていたリューイが手を上げた。

「あの、1度城に戻って城主様にどうしたらいいか聞いてくるのはどうっスか?」

「1度城に?カナをこの館に置いて?」

「事情を聞いた城主さまがそれでもって言うなら、またカナちゃんを迎えに来ればいいし」

リューイの言葉になるほど、という空気が流れた。

ローリントン翁が頷く。

「リューイくん、君いいことを言うね。問題が起きた時はまず上官に意見を仰ぐ。基本だ」

「光栄ッス、お館様!」

リューイが嬉しそうに背をピンとさせた。

「うむ。確かに儂の手には余るようじゃ。城主(アヒム)さまにお伺いするのが1番か」

ローリントン翁とカナの間で翻弄されたダントンは、城主に判断を委ねるという提案にホッとしたようだ。



オリーブ油に浸したパンを食べながら、ルイスはあーあ、と思った。

(城主が事情を聞かされれば、次に迎えに来るのはダントン様みたいにコロコロできる御仁じゃないだろうな…)

ダントンと共に城に行き、"絶世の美女"として城主に相見える、というカナの計画が崩れそうになっている。

ルイスが目をやると、カナは厳しい顔で空のスープ皿をみつめていた。

都合の悪い方に向かっているこの場をどう転換させるか、必死で考えているのだろう。


昨日までなら、カナが何を考えているのかわからなかった。 だがベッドの上で膝を抱えて、カナの望みや思考について散々考えたおかげで、今は手に取るようにわかる。


ルイスは油で汚れた手をぺろりと舐めた。

(けど、カナさんが悩むような状況じゃないんだけどな。だって…)

─カナの本当の目的はペレシュク城に行ったそ(・)の(・)あ(・)と(・)だ。

目的を果たす方法なんて、いくらでもある。


(ここらが"お返し"のタイミングかな…)



ルイスはカナに笑いかけた。

「カナさん、どうしますか。ダントンさまは"絶世の美女"を城に連れて行くのは諦めるようですが」

「諦めるわけでは」

ダントンが焦った様に首を振る。

カナは頬に片手を添え、悲しげに息をついた。

「お城に行ってみたかったけど…」

「でしたら僕と行きませんか?"僕の婚約者"として」

わざと大きめの声で言った。


食堂中の視線がぎゅんとルイスに集まるのを感じたが、ルイスはカナから目を離さない。

カナはぱちぱちと瞬きした。

「僕は無責任な男ではありません。あ(・)あ(・)な(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)に(・)は(・)、ちゃんとするつもりです」

「ルイスくん?」

「ですがカナさんはローリントン翁の大事なお嬢さま。今の僕ではつり合いません。ですから僕は、父の跡を継いで、カナさんにふさわしい立場になろうと思います」

カナは手で口を押さえた。

「なんの話?」

ひそっとカナは尋ねる。

ルイスは意味ありげに口角を上げ、カナの垂らされている後ろ髪をとった。

そっと唇をつけると、そのままカナの耳元に唇を寄せ、ひそっと囁く。

「城主の後継ぎの婚約者の立場で、"西の家"に行きませんか?」

カナははっと目を見開いた。

(西の家。それがカナさんの目的なのでしょう?)

ルイスが目で語ると、カナの大きな目がキラッと光った。

両手を伸ばしルイスの手をぎゅっと握る。

そしてはっきりと宣言した。

「行く!じゃなくて、婚約します!」

「では、決まりですね」

ルイスが微笑むと、カナも輝くような笑顔を返した。



「お嬢さまも年頃の淑女なのですから、例え相手が人とも言えぬ従僕であろうとも、距離は必要ですぞ」

ローリントン翁の声が間に入った。

穏やかな口調だが、青い瞳から殺気を感じる…、気がする。

「いったい2人でなんの小芝居をしているのか、私にも教えてくれませんか?」

「おじいさま…」

「いえ、カナさん、僕から話します」

ルイスはわざと親しげにカナの肩を叩き、立ち上がった。


「お許しください、ローリントン翁。僕はカナさんと、その…」

一度目を伏せる。それから思いきったように言った。

「同衾してしまいました」

瞬間、食堂から音が消えた。


恐る恐るとダントンが口を開く。

「ドウキン、とはなんだったかのう、リューイ?」

「え、いやぁ。この場合は、たぶん…。ルイスくんやるなぁ」

ダントンとリューイの気が抜けるような会話の向かいで、ローリントン翁は静かにカナを見ていた。

「お嬢さま。弱っころがおかしなことを言ってますぞ。ちゃんと否定していただかないと」

カナは両手で自分の頬を押さえ、首を振った。

「おじいさまがいけないんです!ルイスくんを虐めるから。わたし、ルイスくんを慰めたかっただけなんですぅ」

「な」

ローリントン翁ががたんと椅子を立った。

椅子が後ろに重い音を立てて倒れる。

ルイスは大きく手を広げた。

「カナさんを怒らないでください!全て僕のしたこと。きちんと責任は取らせていただきます!」

「ふ、ふっざけっ」

ローリントン翁はわなわな震え、つかつかルイスの側に来た。

「まさか、貴様、まさか本当に」

ルイスはふっと笑った。

「心が弱っていたもので、ついー」

「……っ!」

「ローリントン翁も一緒に城へ行きますか?未来の義理父として。あ、それいい……」

「昼間殺してやるべきだった!」

ローリントン翁の怒号が轟いた。

怒りに我を忘れた様子に、ルイスは胸が晴れる想いだった。

(ざまあみろ!)


カナがルイスの腰に飛びついた。ほぼ同時に、バキっという暴力的な音が響いた。

ルイスくんが急にいきいき暴れだしました。

お前、そういう奴だったの?て感じです。

次回で「ルイスとギフト」は終わり、のはず。

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