ルイスとギフト8
午後の柔らかな陽の光と、初夏の爽やかな風が、明け放たれた窓から舞い込んできていた。
優しい色でまとめられた部屋。
家具はどれも小さめで丸みを帯びている。
真っ白なシーツのベッドは清潔な匂いがして、天蓋の裏には花を撒く天使たちの浮かれた絵が描かれていた。
大切なお姫様のための心尽くしが詰まった部屋。
この館におけるカナの立場を見ているようで、ルイスの気分はいっそうささくれだった。
「……カナさんは思っていたのですよね。『ルイスくんてば、頭も心も弱い子だからしょうがない。わたしを殺せるわけはないし、生温かく見守っていてあげよう』と」
「えぇ?そんなこと。思ってないとは言えないわけでもないようなあるような……」
ふざけた応えにルイスの鼻に刻まれた皺がますます深くなった。
「僕が時々ポケットを探ったり、カナさんのフードを剥ぎ取ったり的外れなことしてるのを、カナさんは天上から愚人を見下ろす神のごとく見ていたわけなんですよね」
「いや、そこまでは…」
「さぞいい気分だったでしょうね。慈悲深い聖女のように、罪人を庇ってあげるのは」
「……温厚なわたしも、そろそろ怒るよ?いい加減、拗ねるのはやめて」
頭から被っていたブランケットを引っ剥がされた。
明るくなった視界の中、ルイスはカナをちらりと見て、ふいっと視線をそらした。
「カナさん。そのはしたない格好はどうにかなりませんか?」
カナは生成り色の肌着1枚でベッドに座っていた。
寝乱れて膨らんだ髪。肩紐が肩から落ちて、大変色っぽく……はまるでないが、非常にだらしない。
「だって。レースの服のまま横になったら服が傷んじゃうし。いいじゃない、わたしの部屋なんだから」
「でしたら、僕を部屋に入れるべきではありませんでしたね」
「ルイスくんが歩くのも大変そうだから、入れてあげたのに。なんで文句言われなきゃいけないの」
「文句なんて。カナさんがどういう目で僕を見ているかわかるな、と思うだけです」
ルイスは感情の籠もらない声で言うと、不満そうな顔をするカナに背を向けた。
カナの私室のベッドの上。
もちろんルイスが望んでここにいるわけではない。
ローリントン翁の尋問のあと、拘束が解かれても足に力の入らなかったルイスをカナが強引に連れ込んでくれたのだ。
そうしてカナ自身は、
「眠い!もう無理!寝ましょう!」
そう言い放つと、ためらいなくドレスを脱ぎ捨て肌着姿になり、ルイスの横に潜り込み、さっさと眠ってしまった。
──そこまで取るに足りない存在なのか、僕は
どうせなにもできるはずがない。気にする必要もないと思われている。
そう悟ると、心が地の底まで落ちていくようだった。
くーくーという寝息を横に聞きながら、ルイスはずっと膝を抱えていた。
ローリントン翁の言葉を思い出し死にたくなり、カナの表情を思い出し暴れたくなり、馬鹿にされても仕方なかった自分の行動を顧みて、館に火をつけたくなった。
子どものような寝顔を晒すカナをどうしてくれようか。
このままでは、無能だと思われたままでは、恥ずかしくて悔しくて生きていけない。
どうやったら、見返してやれるのか。
眠るカナの隣で、ずっと考えていたのだ。
そうして、ようやっと起きたカナはきょとんとルイスを見た。
「あれ?ルイスくん、寝てないの?」と。
ルイスの胸にずももも…と暗いものが湧き立った瞬間だった。
「ええ、カナさんからすれば僕なんて虫けら以下。寝顔見られようが肌着姿を見られようが、どうってことありませんよね」
「眠かったんだもん!しょうがないじゃない、超寝不足だったの!」
「そうでしょうとも。僕はぐーすか寝てたらローリントン翁に拉致されてましたけどね。どんなに眠くても、最低限の警戒心は必要だと学ばせてもらいました」
ルイスが淡々と言うと、カナは気まずそうに髪をいじった。
「それは……なんと言うか……。おじいさまってすこぉし非常識よね」
「カナさんはご自分が常識的だと思ってるんですね、その格好で。へー」
カナはべしりとルイスの背中を叩いた。
いい音がしたが、全く痛みを感じない。
「なんなの、ルイスくんは!もぉ!服を着ればいいんでしょ!」
カナは寝台を降りると、床に脱ぎ散らかした服を頭から被った。
「わたしは農民の出なんだから!村では肌着なんて着ないの。肌着は服と一緒よ!」
「肌着姿の『お嬢さま』と同じ寝台に入ったとローリントン翁が知れば、僕は今度こそ殺されるでしょうね。……まぁ僕なんてとっとと殺されてしまえば良かったんですよね」
ルイスがふっと笑うと、カナの眉が逆立った。
「いい加減にして!助けてあげたのに!」
「あそこまで馬鹿にされて、こんな想いをするなら、殺されてた方が楽だったと思うほどですよ」
ぼふっと枕が飛んできた。枕はルイスの頭に柔らかく跳ね、寝台に落ちる。
「死ぬんなら、わたしと関係ないところで死んで!わたしは、わたしのせいで誰かが死ぬっていうのが嫌なだけなんだけだから!」
「わかってますよ。別に僕が僕だから庇ったわけじゃないことくらい」
「面倒くさい!ルイスくんがこんなうじうじ虫だったなんて知らなかったよ!」
「カナさんもさっきから、なかなかいい性格してること言いますよね」
「ルイスくんが言わせてるんでしょ!」
カナは堪りかねたように高い声をあげた。
「もう!こっちは、おじいさまにどうやってペレシュク城に行く許可をもらうかで頭が痛いのに。拗ね拗ねルイスくんの相手なんてしてられないの!」
カナはぷんと顔を背けると、寝台を離れ、部屋の隅に置かれた鏡台の前に座った。
そして憮然とした顔でブラシを取り、髪を梳り始めた。
ルイスはベッドの端に座り直し、しばらく黙ってカナが自分の髪と格闘するのを眺めていた。
(使用人にさせないのか)
そう思ったルイスは、すぐに自分がここにいるせいで使用人が呼べないのだと気がついた。
「……髪、洗ったんですか?」
カナは鏡の中でちらりとルイスを見た。
「うん、ルイスくんがおじいさまに捕まる前にね」
「洗うと、そんな風に広がるんですね。羊のようです」
「羊……。猫っ毛で、扱いが大変なの」
時々香油をつけながら、何度もくし削っていく。確かに手入れが大変そうな髪だ。
「……僕がしましょうか?」
ルイスは鏡台に近寄る。
「ルイスくんは、女性の髪も扱えるの?」
「実際したことはないですが、ダントン様の奥様の髪結いは何度か見たことがあります。たぶんできますよ」
「ええ?怖いなぁ。痛くしないでね」
そう言いながらも、カナは大人しくブラシを渡した。
カナの髪は持ち主に似て、ふわふわと掴みどころがなく、素直にブラシを受け入れず、決してまっすぐ落ちない。
それでも根気よく梳かしていくと、なるほど。羊から、世話された長毛種の猫の毛になった。
「猫というか、言うこと聞かないとじゃじゃ馬を躾けていく気持ちになりますね。案外楽しいです」
「うわ、変態親父みたいなこと言うね」
「カナさんは意外と、品のないこと言いますね。……髪結ってみても良いですか?」
「ひとつ結びでいいけどね。ここにピンもリボンもあるからお好きにどうぞ」
カナが手元の引き出しを開けると、金に光るピン類や、色とりどりのリボンが現れた。
「……僕がピンで刺したり、リボンで首絞めたりするとは考えないんですか?」
「ええ?ルイスくんはそんなことする子じゃないって、わかってるもん」
「なるほど、わかってるんですね」
ルイスは薄く笑い、髪の毛の右側に小さく三つ編みを作る。
「それはつまり、そんなことをするかもしれない人を何人も見てきたから、わかるんですよね」
「え?」
「カナさんは毒についてもお詳しいし、自分を害する人かどうか見極める癖がついているようです。暴力を前に尻込みしないし、怪我人の対処に慣れている。ずいぶん殺伐とした環境にいたようですね」
あっという間に細い三つ編みがいくつも出来上がり、それを更に結合せ、ピンで留めた。
カナのじっと重い視線を感じた。
「……よくわたしを見てるね」
「カナさんも僕のこと、よく観察して下さっていたようなので」
ルイスはカナの左側に周り、また髪を編み始めた。右と比べて太い三つ編みだ。それをくるくると巻いていく。
「カナさんはそれなりの時間、眠っていましたからね。その間、僕もいろいろ考えることができました」
「……なにを考えたの?」
「僕、これまでカナさんが危険人物かどうかばかり考えてました。それが間違いでした。殺さなきゃいけなくなるのが嫌で、危険じゃない根拠ばかり探していたんです。実際カナさんはばっちり危険人物なのに」
「は?わたしの、どこが危険人物!?」
「人を惑わせるギフト持ちで、農民ではあり得ない知識と経験がある。危険としか思えませんが」
「……」
カナは口をつぐんだ。
「僕が考えなきゃいけなかったのは、城主が"絶世の美女"としてカナさんを呼び寄せた事情。そしてカナさんがそれに応じる目的だったって気づいたんです」
くるくる、くるくると幾重にも髪を巻いていく。
ルイスの想像どおりの形ができていく。
「……ずいぶん難しいこと、しようとしてない?」
難しいのは髪型か、カナの目的を探ることか。
「僕、難しいこと得意なんです」
「ええ?」
「悔しいのは、ローリントン翁に殺されかけないとそれに気づかなかったことです。過去の僕を消してしまいたい。じゃなければ、カナさんの記憶の中の脳足りんの僕を消したい……」
「そ、そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないかなぁ。わたしはひとことも、ルイスくんが脳足りんだなんて言ってないよ」
「頭も心も弱くて、鍛えることも知らなくて、毒の知識もない、甘やかされた考えなしで、毒に振り回されて他のことが考えられない、役立たずの弱っころです」
ローリントン翁とカナに言われたことを羅列すると、カナはあからさまにげんなりとした。
「ルイスくん、根に持つタイプ?」
「ええ、言われたこと、されたことはまず忘れないですね。それに、しっかりとお返しもしないと気が済まないタイプです」
カナは嫌そうな顔で鏡を見る。そして目をまん丸くした。
「え?なにそれ!?」
その驚きの表情にルイスは小気味よさを感じた。
「とりあえず、こんなものでしょうか」
「こんなものって。嘘でしょ?花?」
カナは顔の左側を鏡に近づけた。
そこには大輪の花が咲いていた。
茶金の髪を精巧に結ってできた立体的な花。
ルイスは自分の作品に満足して頷く。
右から頭頂辺りは編み込みで模様を作り、後ろ髪はふんわりとおろした。
まるで花を飾った帽子を被っているかのようで、悪くない。なによりカナに似合っている。
「え、え、すごい!すごすぎる!どうやったの?なんでこんなことできるの!?」
カナは自分の髪でできた花にそっと触れ、振り返ってルイスを見た。
「髪結いするところは見たことがありましたし。あとは構造を考えて、こうだろうな、と」
「本当に?見ただけで?器用すぎない?」
「はい。僕、器用なんですよ。それに記憶力もあるし、理解能力とか分析能力とかもそれなりです」
「……そ、そっか」
「幼い頃は、僕があんまり賢いんでこれはギフトではないかと騒がれたくらいです」
「……へぇー。いや、髪は本当にすごいけど……」
カナは何と言えばわからないというように、瞬きした。
ルイスは肩を竦める。
「別に自慢じゃないですよ。どんな素晴らしい力も使わなければただの塵。カナさんのみたいに手当たり次第の節操のない力ではないので」
カナのこめかみがぴくりとひきつった。
「……どうしても嫌味言わないと気が済まないわけね。で?なにが言いたいのかな?」
ルイスは引き出しから青いリボンを取ると、しゅるっと髪の花に巻きつけた。
「カナさんには相応のお返しをしないと、と思っています」
「お返し?なんかルイスくんが言うと仕返しに聞こえる……」
カナが言い、ルイスは笑った。
「カナさんに命を救われた分も、コケにされた分もちゃんとお返ししないと、僕、立ち直れません」
「……」
「見ててください。その気にさえなれば僕、大概のことはできたりするんです」
「……なにをする気?」
ルイスはあえて答えなかった。
カナに『ルイスくんは本当はこんなにすごかったんだ!』と。
『馬鹿にして悪かったな』と思わせる。
でなければルイスの自尊心が許せない。
髪の花にきゅっと青いリボンを縛る。
すると、まるで想い人に贈るブーケのようになり、ルイスは微笑んだ。
旅行いったり、風邪ひいたり、ルイスくんが言うこと聞かなかったり(これが大きい)で、更新まで2週間かかりました。なんてこと。
せめて週一で更新したいと思っています。




