ルイスとギフト6
〈ローリントン家〉とペレシュク城を居城とする〈イオネスク家〉の関係は約50年ほど前に始まったという。
この地を治めること200年を超える大地主〈ローリントン家〉。
しかし50年前の大戦に乗じて台頭してきた〈ロチェスク家〉相手に壮絶な戦いを強いられた。
一度は館まで攻め込まれ、当主夫妻、跡継ぎやその妻子たちまでが次々と倒れた。
この時、棒1本で次々と敵を殲滅し、ローリントンの守護武人と呼ばれた男。
それが3男坊だったジョルジ=ローリントンであり、この戦いの後、お館様と呼ばれることになる。
この時、〈イオネスク家〉は領地も権力も持たない〈ロチェスク家〉の下っ端だった。
イオネスクの当時の当主は単身ローリントンの館へ赴き、ジョルジ=ローリントンにこう言った。
私の家に入りませんか?
私は無力で、貴方を縛る力など持ちませんから、貴方はこれまでどおりローリントンとして生きていけば良いのです。
ローリントンの名も誇りも、変わることはないでしょう。
戦い疲れていたジョルジ=ローリントンは、イオネスクの提案をのんだ。
そうして、その後ペレシュク城主となったイオネスクの領地にローリントンの地がおさまったのだという。
ルイスは城でこの話を学んだ。
イオネスクは力はなかったが誠意でローリントンを落としたのだという美談として。
しかし要は、壊滅寸前のローリントン相手にも、これほど下手に出なければならなかったということ。
50年の時を経て、ペレシュク城の主は2度変わった。しかしローリントンの守護武人はローリントン翁として、未だ銀の棒を振り回している……
現ペレシュク城主は、ダントンに“絶世の美女”を連れてくるようにと命じ、ルイスには密かに危険人物ならば殺せと言った。
しかし城主は知らなかったのだ。“絶世の美女”にローリントンの後見がついているなんて。
もしそのことを城主が少しでも想像できていれば、命令は違ったものになっていたはず。
(カナさんを殺さなくて、本当に良かった)
〈ローリントン家〉と〈イオネスク家〉の50年の関係に亀裂を入れるのが自分だったかもしれない、と想像してルイスの心臓はばくばくと鳴った。
※※※
食堂のガラス窓から入る陽はまだ、部屋を照らすに充分ではなく、代わりにきらきらしい燭台に火が灯された。
黒や紺色のお仕着せを着た使用人たちが忙しなく動き回り、正方形のテーブルの上にハム、チーズ、パン、ピクルス等の食事が並んだ。
昨夜はいろいろあって結局何も食べられなかったカナたちのために、ローリントン翁はすぐさま軽食を用意させてくれた。
おかげでこの朝食には早すぎる時間に、ほぼ一日ぶりの食事にありつけたのだ。
それは本当にありがたかったのだが……
「それは承諾しかねるお話ですな」
「でもおじいさま。城主さま直々のお呼びですよ。領地に暮らす者としては従う義務があると思いません?」
ローリントン翁とカナは穏やかな口調で言葉を交わす。双方の顔に浮かぶ笑みはどことなく似ていた。
「お嬢さまの花の顔を拝したいのならば、城主殿がこちらへ来れば良いこと。ローリントンは歓迎致しますぞ」
「まあ!城主さまにご足労をおかけするのですか?そんな失礼なこと」
それに、とカナは続ける。
「“絶世の美女”なんて素敵な呼ばれ方をしたら、行かないわけにはいかないではないですか!」
頬を両手で押さえて、うふふ、うふふと身をくねくねさせた。
(絶世の美女って呼ばれて嬉しいんだ……)
ルイスなら赤面して自分の顔を隠してしまいたくなるだろう。さすが自分の可愛さに自信のあるカナは違う。
そんなカナを見たローリントン翁は、ダントンに顔を向けた。
「私は後見人として、お嬢さまをペレシュク城に行かせることはできません。ダントン殿もお嬢さまの“特別な可愛さ”をご覧になったことと思います。お嬢さまにとって初めて行くペレシュク城は危険すぎる所なのです。ご理解いただけますか?」
ローリントン翁は手の平を見せ、丁寧に説明した。
しごく真っ当なことを言っている。そう思わざるを得ない。
けれどここで、そうですね、と頷いていたら、子どものお使い以下だ。
「う、うむ。翁の言うことはわかりますがのう。しかし儂は城主さまより、絶世の美女を連れてくるようにと遣わされたのじゃ。ローリントンの翁に断られたから諦めました、とはとても……」
ダントンはうつむき、もじもじと言う。
(今言わなきゃいけないのは、そういうことじゃないです、ダントンさま!)
とても役人には見えない姿と言い分に、ルイスは恥ずかしくなった。
「あ、あの。カナさんはフードで顔を隠せば問題はおきないと言い……おっしゃいました。護衛もついております。カナさんを城まで無事お連れするとお約束できます!」
本当は従僕ごときが口出ししていい場面ではなかったが、たまらずルイスは言った。
「ほぅ?」
「……っ」
ローリントン翁はじぃとルイスを見た。
鋭い眼光に貫かれた気がして、ルイスの体がぎしりと固まる。
(な、なにか失言したか?)
ふっとローリントン翁が視線を横にずらし、ルイスの体から力が抜けた。
「……皆さんひどくお疲れの様子。これでは大事な話もできますまい。まずはお休みいただいた方がよろしいでしょうな」
「……そうですね。少し寝ないと頭が回りません」
カナが同意した。
「客室の用意をさせましたから……」
ローリントン翁が立ち上がる。
同時に、ゴーゥンと館を震わせるような重い音が響き、ダントンと2人の護衛が一斉にびくりとした。
ローリントン翁や使用人たちは平然としている。
「教会がすぐ隣なもので鐘の音がよく響くんですわ。城市町のような可愛らしい音に変えられないか、と言う民もおるんですが、これもこの町の歴史を作ってきた音ですからな」
カッカッカ、とローリントン翁は笑った。
「では皆さん、この館を家と思われてゆっくり寛がれると良いでしょう。また晩餐でお会い致します」
ローリントン翁が食堂を出ていく。
「はぁ、カッコいい…!」
リューイがため息のように言う。
「ね、気さくだけど、ちょっぴり怖い方でしょう?」
カナが肩を竦める。
ダントンはよほど怖かったのかぷるぷると震えていた。
「カナや。お主の後見人がローリントン翁だと、先に言っておいて…、もらいたかった…、ぞ……」
ばたん、とダントンが椅子ごと後ろに倒れた。
「「ダントンさま!?」」
「管理官!?」「お役人様!?」
ルイスは急いでダントンの表情を確認する。
すーすーと穏やかな呼吸が聞こえてきた。
「……たぶん、気が抜けたのと、極度の疲れで、気を失ったのかと。その、徹夜でしたし……」
「まさか寝てるの!?」
リューイの驚いた声に、ルイスは顔がかぁと赤くなるのを感じた。
部屋に失笑の気配が漂う。
「どなたか、ダントン様をお部屋に運ぶのをお手伝いいただけると助かります……」
※※※※
ミハイが軽々と、2階の客室までダントンを運び、寝台に体を納めた。
手伝ってもらい、外套を脱がす間もダントンは全く起きる気配がない。
(無理もないか、ダントン様はもう限界だったんだ)
城を出立してから、今日で8日目。
城市町を出た事もほとんどないような老人が、慣れない馬に乗って、見知らぬ土地に精神をすり減らしながら、ここまでやって来たのだ。
それだけでよほどの心労だったろうに、ローリントンの町に着いてからの騒動、そして徹夜となれば倒れても仕方ない。
(うん、ダントン様はめちゃくちゃ頑張った)
短気で根性なしのダントンが、ここまで文句も(普段に比べて)言わずに頑張ってきたのは、城主から与えられた任務を達成するためだ。
城では高級管理官という高い地位を与えられながら、日がな1日椅子に座り、他の者の邪魔をしないのが仕事、というダントン。
“勘が当たる”というギフトを城主は珍重しているが、四六時中ギフトに頼るようなことがある訳でもなく。
基本、ダントンは城の役立たず者なのだ。
だから城主から『そなたにしか任せられん』とローリントン行きを言われた時は狂喜乱舞。
ダントンの家では3日ほど祝いが続いたほどだ。
(ここまで来たんだから、ダントン様には任務を果たしてもらいたいなぁ)
ルイスは思った。
危険ならカナを殺す。危険でなければ城に連れていく。
その二択で頭がいっぱいで他のことなんて考える余裕がなかったけど。
殺さない。毒は使わない。
そう決めたら、やっとダントンの顔が見えてきた。
(駄目だな、僕。僕が仕えているのはダントン様なのに)
ルイスはふっと笑って、ダントンの体に掛布をかけた。
ダントンの任務が無事果たせますように、と天に祈る。
老い先短い老人の唯一の願いが、城主の役に立ちたい、なんて健気なものなのだから。
ルイスはダントンの荷物から着替えを出し、起きたら着られるように支度をする。
枕元に水とダントンの好物のシュガーの一欠片を置いて、そっと部屋を出た。
そして従者用の部屋の寝台に飛び込んだ。
ルイスだって疲れていた。
(あ、ポケットの毒、どうしよう)
毒を使う必要はないとなれば、こんな物騒なものは即手放してしまいたい。
けれどどう捨てればいいのだろう。
そこらの土に撒いたら、罪のない虫や小動物が死んでしまいそうだ。
(まぁ、起きてから考えよう。もう眠くて……)
そのままルイスは気を失うように眠った。
この時毒をそのままにした事を、ルイスは起きた瞬間後悔することになる……
知らなくていい設定。
ローリントンで鐘が鳴るのは6時、12時、18時の1日3回です。
今は夏なので、日が落ちて外が完全に暗くなるのは22時過ぎ。
こういうこと、異世界転生ものだったら登場人物が説明してくれるのになぁ




