ルイスとギフト5
「お嬢さん、お嬢さん、お名前は?どこから来たのかな?」
猫撫声で問う町長をカナは見上げた。
「町長さん。わたしのことより、その人を助けてあげてください」
「ほ?」
カナが指さしたのは、町長の斜め後ろ。
そこには先ほどミハイに殴られ、動かなくなっていた町兵が、痛みに呻いて蹲っていた。
「たぶん骨が折れてる。後頭部も強くぶつけていました。早く介抱してあげてください」
瞬間、町長はひどく面倒くさそうな顔になった。
しかしすぐに表情を取り繕い、へらりと頷く。
「ああ、お嬢さんの言うとおりだね。誰か、詰め所にでも連れて行ってやりなさい」
その言葉に、2人の町兵が怪我した町兵を抱えて部屋から連れ出していく。
それを町長は見送りもせず、やに下がった顔をカナに近づけた。
「さぁもうあの兵は大丈夫だ。お嬢さん、お腹は空いていないかな?おじさんの家に甘いお菓子があるよ、ん?」
(うわ、幼子を拐かす変態だ……)
ルイスはゾワッとした。
(カナさんのギフトはこういうものなのか、それともこの町長がこういう人なのか……)
部屋に残った町兵たちも唖然と町長を見ていた。
カナに魅入られていた町兵2人も、嫌悪の目で町長を見ている。ギフトの影響は人によって違うようだ。
「待て待て待て!」
ダントンはどてどてと走り、カナの右腕をぎゅっと抱いた。
「なにを勝手に、儂のカナを連れて行こうとしとるんじゃ!」
「儂の?こちらのお嬢さんは、貴方のお孫さんで?」
「孫ではないが、儂が見出した儂の妖精ちゃんじゃ。城主アヒム様お探しの絶世の美女じゃ。お主が勝手にして良い相手ではないぞ」
「なんてことだ!」
町長は悲鳴のような声を上げると、カナの左手を取った。
「城主の命で、この可憐な少女を連れ去ってきたと?……お嬢さん、怖かっただろうねぇ」
「な!?」
「このお嬢さんは私が保護致します。お役人様方は早急に町から出ていくようお願いします」
町長がぐいっとカナの肘を引っ張る。
「きゃっ」
「この愚かな田舎町長め!誰がカナを渡すか!」
「あっ」
今度はダントンがカナの上腕を引っ張る。カナは2人の間でたたらを踏む。
「お嬢さんから手を離してください!」
左右に揺れるカナの後ろで、ミハイの頭も右、左、とおろおろ動いた。
(……こんな異国の話がなかったっけ?2人の女が子どもを引っ張る話)
カナの顔には、諦観のようなものが浮かんでいた。
「ストップ!カナちゃんの腕がもげちゃうよ!」
リューイが割り込むと、ひょいとカナを取り上げて抱き上げた。
「カナちゃん、大丈夫?」
「あ、ありがと、リューイさん」
ホッとした様子でカナが微笑む。
しかしそれが気に入らなかったのか、
「なにを、カナを抱っこしとるんじゃ、リューイのくせに!」
「何だね君は!お嬢さんをこちらに渡しなさい!」
ダントンと町長が同時にリューイを非難した。
「渡せって…、いや…、まずカナちゃんの気持ちを、聞いて…、」
リューイは手を伸ばしてくる町長から、カナを抱っこしたまま右に左に逃げ、部屋を走った。
「待ちなさい!お嬢さんを連れ去る気か!」
リューイはたん、と跳ねると寝台の上に飛び乗った。
「町兵たち!その男を捕まえろ!」
「え、は、はい……」
町長の命令に町兵たちは戸惑いながら、寝台に近づく。
「ミハイ先輩、パス!」
リューイはカナをひょいと放り投げた。
「え?」「あ?」「ほ?」
カナが放物線を描きながら天井近くを飛んでいくのを皆が首を回して追った。
かくしてカナはすぽっとミハイの腕に受け止められた。
「ナイスキャッチ!」
目をまん丸にして固まっていたカナは、しばらくするときゃらきゃらきゃらと、高い高いされた子どものような声で笑った。
リューイを除く全員が、大笑いするカナを唖然と見た。
容易に受け止めたように見えるミハイでさえ顔を強張らせている。
ルイスもぽかんとするしかない。
めちゃくちゃだ。まるで喜劇だ。
(ど、どこまでがギフトのせい……?)
大通りといい、今といい、可愛いだけでなぜこんな大事になるのか。
まさかカナが行く先々でこうなる運命なのか。
(こんなギフト、迷惑すぎる……)
危険人物として殺すまでしなくてもいい。
けどカナはギフトごと、どこかに閉じこめておく方が世の中は平和ではないだろうか……
ルイスがそんなことを真剣に思っていると、笑いをおさめたカナが、ミハイの腕の上で言う。
「えっとなんの話してたっけ。ああ、そう、町長さん。わたしはお役人様とお城に行くので町長さんの家には行けません」
「ほ?」
「ダントンさまー。早くローリントンの町を出ましょ。もうそろそろ明るくなってくる頃合いですし」
「お、おお……、そうだのう」
「ま、待ちなさい、お嬢さん。どうして城になんて行くんだい?あそこはごてごてしているだけで何にもない陰気なところだよ。領主なんてこの辺りでは有名無実。ローリントンのお館様の方がよほど偉いのだよ」
カナを止めようとした町長の言葉に、ぴしりと空気が凍りついた。
(あ、言っちゃった……)
思っても口に出してはいけない事を、城主の遣いの前で。
町民の認識がどうであれ、ペレシュク城主はこのローリントンを含む土地を治める領主だ。
町長という立場の人間がこのような暴言を公言しているとあれば大問題。
城主は名誉を守る為にローリントンに兵を派遣しなければいけないかもしれない。
ダントンの口がはくりと動く。すぐに返す言葉が出なかったらしい。
先にカナが口を開いた。
「無礼者」
ぴしりと鞭打つような口調だった。
「ほ?」
「町長のくせに、ローリントンと領主の関係がわかっていないの?」
町長はぽかんとした。
「お嬢さん?なんだって?」
「貴方、町長の役を降りたら?町長に向いていないから」
町長の目にみるみる怒りの色が登っていく。
町長の肩がわなわな震え、何かを言おうと口が大きく開いた。その時。
トン、と何かが床を叩く音がした。
「お嬢さまがそう仰るのなら、明日は違う町長が立つでしょう」
開けっ放しの扉の向こうで、誰かがそう言った。
ばっと全員が声の方を見て、ぎょっと固まった。
(誰!?このおかしな……)
身の丈ほどもある銀色の棒を持った男が仁王立ちしていた。
袖を肩のところで破いたような奇妙なシャツから、太く鍛え上げられた腕がむき出しになっている。
黒いトラウザーズが、はち切れそうな太ももに張り付いていた。
頭にも顎にも毛は一本もない。青い瞳だけが、不釣り合いなほど生き生きと輝いている。
見ているだけで、異様な存在感にぎゅうぎゅうと押されるような感じがする。
もしここにいるのがルイスひとりなら、窓から飛び降りてでも逃げようとしただろう。
「きゃーーー!」
カナが叫ぶ。
カナはミハイの腕から飛び降りると、扉に向かって走り出した。
そしてそのまま珍妙な男に飛び込んだ。
男はカナをふわりと受け止め、抱きしめた。
「おじいさま!どうしてここに?」
「もちろんお嬢さまをお迎えに。町に着いたと報告を受けたのに、なかなかいらっしゃらないので、様子を見ていました」
きゃらきゃらと笑い声が起きた。
「いつから見てらっしゃったの?早く声をかけて下さればいいのに!」
「カ、カナや。そちらの御仁は……?」
ダントンが焦ったように尋ねる。
カナは満面の笑顔で振り向いた。
「こちらがわたしの後見人の……」
「お、お館様!!」
悲鳴のような声がした。
見れば、町長の顔が驚愕で凍りついている。
(お館様?お館様と言えば……)
「やぁ、こんな時間までお疲れ様だな、町長」
カナに抱きつかれたまま、男は手にした棒でとんとんと床を叩いた。
「明日には違う者を見繕うから、あと少しだけ、町長として働いてくれ給え」
「……っ」
町長の喉がひゅっと鳴った。
※※※
この季節、夜は短い。
うっすらと外は白み始めていた。
町は眠りの中にあり、昨日の賑やかさが嘘のようだ。
大通りの石畳を走る馬車のガタンコトンという音が、静寂の中空に響いた。
馬車の中、ルイスはカナの横に座り、ちらちらと外見の穴から外を見る。
(あ、カナさんの服を買った服屋……)
「カナの後見人が、北西の大地主ローリントン家の当主殿だったとはのう」
カナはにこりと頷く。
「はい。この辺りの者はお館様と呼びます。ローリントン翁とも呼ばれますね」
「ローリントン翁……。カッコいい呼ばれ方じゃのう」
「カッコいい爺さんだったよな!すんごい強そう!」
リューイが目をキラキラさせて言う。
「おじいさまはお強いですよー。お若い頃は棒術の達人と有名だったとか。今も毎日鍛錬を欠かさないって」
「町一周走ってくるって行っちゃったもんなー」
あの奇妙な格好の翁は、ダントンたちを宿の前につけた馬車に案内すると、走っていってしまった。
館で会おう、と言って。
「しかし翁とは。カナや。ローリントンのご当主は何歳なのかのう?」
「確か、今年71歳……」
「儂よりみっつ上……」
ダントンは深いショックを受けたようだ。
「70超え!?マジかぁ。あの爺さんこそ、若いままっていうギフト持ってるんじゃないの?」
リューイの言葉に、カナは笑い声を上げた。
「とにかく、おじいさまのお館で少し休ませてもらわないと。わたしたち一晩徹夜しちゃいましたよ」
「……そうじゃのう。なんだかドッと疲れたぞ」
ダントンがふぅと息を吐き出した。
「あのまま町を追い出されていたら、途中で動けなくなってましたね。けれど僕たち町を出なくて大丈夫なんでしょうか?町長は役人といえど裁かなければ、とか、町民が暴動起こす、とか言っていましたが」
ルイスが尋ねると、カナは何でもないことのように答えた。
「問題ないわ。おじいさまが全てうまくやってくれるから」
町の大通りの突き当たりにある上げ橋がぎぎぎと降りていく。同時に大きな門が左右に開いていった。
左右には灰色の見張り台も見えた。
城ほどではなくても、ここも守りを固めた要塞なのだとわかる。
古くからこの地を治めるローリントン家の歴史を感じさせる館だった。
「おじいさまは気さくな御方だけど、厳しいところもあって……」
カナは頬に手を当ててほぅと息をついた。
「わたしがペレシュク城に行くことを認めてくれるといいけど……」
「む!?」
ダントンが目を剥いたところで、馬車の扉が外から開かれた。
黒いお仕着せを着た使用人たちが並んでいる。
「いらっしゃいませ、お役人様。おかえりなさいませ、お嬢さま!」




