ルイスとギフト4
町長は40歳ほどのひょろりとした男だった。
服も髪も髭もきちりと整っているが、へらりとした表情は小店の店主のような印象だった。
「これはお役人様、どうもどうも失礼します」
へこへこしながら町長が部屋に入ってくる。
開いた扉の外には町兵が6人ほど、直立して控えた。
扉の左右にリューイとミハイが立ち、町兵たちとの間にぴりりとした空気が立つ。
ルイスは部屋の奥の積んである荷物の前にそっと控えた。
部屋の寝台に腰掛けたダントンはのけぞって町長を見上げ、ふん!と鼻を鳴らした。
「儂はひどく不快な目にあったぞ。町の者を管理するのは町長の責任ではないのか!全てお主の責任だぞ」
ダントンが少し前に、責任なんて知らーん、と言い放ったのを思い出してルイスは微妙な気持ちになる。
けれど間違ってもいない。
そもそも町にやって来た役人を放置し、人通りの多い町を勝手に歩かせるようなことをするから、こんな問題が起きたのだ。
ダントンに責められた町長は、へらっと笑った。
「大通りで何事が起きたのか、ただいま調査段階でして、こちらとしましては……」
「ふん!許しもなく儂の連れに触れた無礼者を護衛が斬っただけのこと。のう、そうだったな、ミハイ」
ミハイが無言で頷く。
体も大きく、変な威圧感を放つミハイに、町長は一瞬顔を強張らせた。
それからコホンとひとつ咳払いをする。
「左様で。……町としては、町民が斬られた事実と状況を明確にし、法に基づいて裁く必要がありまして、お役人様には……」
「なぁにぃ!?」
町長の言葉を遮ってダントンは叫んだ。
「裁くだと!?この儂を?この城主様の信認厚き儂を!」
ダントンはだんと足を鳴らす。
町長は申し訳無さそうに眉を下げた。
「私としてもまっこと遺憾なことなのですが。ここはローリントンの町ですので、お役人様といえどもローリントンの法が適用されるということでして」
言いにくそうな町長に、ダントンは唇を震わせた。
「無礼だぞ、この田舎の町長如きが!!儂は城主アヒム様の遣い。儂に何かあれば城主様が黙っておらんぞ!」
町長は慌てたように手を振った。
「で、ですが、それはあくまでローリントンの法。町の外では通用しない法ですので!」
「……ふむ?」
ダントンが首を傾げた。
町長は両手をもみもみした。
「お役人様方が夜のうちに町から出るというのなら、お手伝い致します」
(夜のうちに、町を出る?町を出たら町の法は届かなくなるから!?)
ルイスは驚いて町長をまじまじと見てしまった。
町長ともあろう者が、町の法をすり抜けるような事を勧めていいのか、ということは置いておいても。
ルイスは闇しか見えない窓の外を見た。
町を訪れた役人を夜に町から放り出す?
「夜のうちに町を出る?」
ダントンがだんと足を鳴らした。
「この町に着いてまだ、食事さえしていないぞ!一睡もしておらんと言うのに!この町から出てけと言うのか!?」
(そういう問題じゃないです、ダントン様!)
ルイスは心で叫んだ。
「つまり、この真夜中に出てけってことッスか?道も見えないような闇の中を?」
リューイが代わりに言ってくれた。
ほとんど土地勘もない夜の道を行くなんて。どんな危険が襲ってくるかわからない。
万が一のことがあれば、この町長は城に対しどう言い訳する気だろうか。
「しかし、このまま町に居られるのなら、私は皆様を牢にご案内しなくてはならなくなります。でなければ、明日の朝には町の者たちが暴動を起こしかねません。私はお役人様方のことを思って言っているのです!」
「牢!暴動!」
ダントンが飛び上がった。
ルイスも息を飲んだ。
(牢屋!?え、僕も!?)
「早くしないと夜が明けてしまいます!さぁさぁ、町を出るか、牢か、怒り狂った町民たちに囲まれるか。どうしますか!?今すぐ決めて下さい!」
町長は本気で焦っているように見えた。
リューイが、ミハイが、ダントンを見た。
この場で最も頼りない人だが、決めるのはダントンだ。
「……し、仕方あるまい」
ダントンがそう言った途端。
「お役人様のお帰りだ!それ、手伝いを」
待ってました!とばかりに町長がぱちんと手を叩き、控えていた町兵たちが部屋に押し入ってきた。
「な、なんじゃ?」
「お荷物など運ばせましょう。さあさあ、急いで外へ。小門まで案内します。門にて、お預かりしていた馬と剣もお渡ししますので」
にこやかに言う町長の後ろで、町兵たちは積んであった荷物を勝手に持ち上げる。
「ちょっと、勝手に触らないでください」
文句を言うと、「君もこっちへ」とルイスの背中を強引な手が押す。
(この町長、面倒事は早く追い出したいだけだ!)
何がお役人様方のことを思って、だ!
ルイスは猛烈に腹が立ったが、押されて扉の方へ押しやられてしまう。
部屋の隅からきゃっ、と女の子の声がした。
ルイスははっと声の方を見た。
床の上に白い塊があった。
町兵が触れてしまったのだろうそれの中身はカナである。
町長が訪れる前に、リューイがシーツをかけてカナを荷物に見えるように隠したのだ。
「……町長。子どもの声がしました」
町兵が報告する。
「そう言えば町の者たちが、可愛い女の子がどうのと、騒いでいたな。その子か?確認しなさい」
町長の指示で町兵はシーツを剥ぎ取ろうとする。
その時、ルイスの前をなにかが風のように通り過ぎた。
そしてカナを覆う布を掴んだ町兵の体が宙を飛び、壁に激突した。
そのまま壁を伝って床に落ちた体は、うつ伏せのまま動かなかった。
「ミハイ先輩、ストップ!」
町兵からダントンを庇っていたリューイが焦ったように叫ぶ。
(ミハイさん?)
恐る恐る見れば、カナの前にミハイが、拳を握って立ちふさがっていた。
「カナ殿に触れる者は、殺す」
低い、地を這うような声が言った。
表情が浮かんでいない顔で、目だけが暗く光っている。
ルイスは体が震えた。
(まさかまた、カナさんに触れたから?)
町兵たちはミハイの暴虐に青ざめて、それから指示を得ようと町長を見た。
町長は唖然と動かない部下を見つめ、それからミハイと、その後ろを見た。
そしてそのまま動きを止めた。
瞳がきゅんと広がり、一点を見つめ瞬きすら止まる。
「「「あ」」」
ダントン、リューイ、ルイスの声がハモった。
「あーあ」
ため息のような声。
そこにはシーツを奪われたカナがいた。
「お、お嬢さん、お嬢さん。どこのお嬢さんかな?」
しばらく動かなかった町長はふっと目を覚ましたような顔になると、ふらりと足を踏み出した。
町兵のひとりが、ドサッと荷物を落とし「可愛い、なんて可愛いんだ」とのぼせた顔で呟く。
更にドアのところにいた町兵が、魂を抜かれたような顔をしていた。
残りの町兵たちは、何事が起きたかわからず戸惑いに目を見合わせていて、カナに魅入られたかどうかは一目瞭然だった。
(大通りの時と同じ……)
町長がカナにふらふらと近づいていく様子を見て、ルイスの腕に鳥肌が立った。
嫌らしい笑みを浮かべた口元。酔っぱらったような目つき。
欲しい、欲しい、と心の声が聞こえた気がした。
(これが、カナさんのギフトの効果?)
カナは言った。
可愛いだけ。可愛いと思うだけ、と。
それを聞いてルイスが想像したのは、子猫だ。
子猫の可愛さは凶悪だ。
何もしないのに、目が離せなくなる。
胸がきゅんと震え、撫でさせてもらえれば至福。
カナのギフトもそういう感じかと思ったのだ。
けれどカナの“可愛い”は、もっと、子猫より更に、強引で強烈なものなのかもしれない。
人々が魔女だと騒ぎ、教会がわざわざ証を与えなければならないほどの。
そして世の中には、可愛いから自分のものにしようと考える者もいるのだ。
ルイスの前を通り過ぎていった町長はそういう目をしていた。
カナの前に立つミハイがぐっと拳に力を込めるのがわかった。
なのに、町長は歩みを止めない。
(また、ミハイさんが……っ)
しかし、
「ミハイさん、もしまた暴力を奮うなら、嫌いになるから!」
カナの声にミハイはびくりと体を震わせた。そのまま体がたがたと震え出す。
(ミハイさんが狂犬みたいにキレてるのも、もしかしてカナさんのギフトのせいなんじゃ!?)
カナはミハイを押しのけると、町長の前にすくっと立った。
その顔には、いつものような笑顔もない。
厳しく町長を見据える目が、キラキラとランタンの光を弾いた。
ルイスくんは猫好きだったんですね。
今日この話を書くまで知りませんでした(笑)




