ルイスとギフト3
“危険”とはどういうものを言うのか─
あれはダントンが、城主より直々に重要な任を受けたのだと喜び勇んでいた日。
ルイスの部屋に忍んできたのは、その城主だった。
「ルイス、そなたもダントンと共に行って、“絶世の美女”とやらを見極めておくれ。我がイオネスク家の存亡の危機なのだ」
そんな一大事、他を当たってくれ。
僕は普通の善良な一市民なんだ。
ルイスは思ったものだ。
「ローリントンの地の絶世の美女!?そんな女の話、私は聞いたことがない!これはなにかの罠だ、我が家を潰す為の企みに違いないのだっ」
城主はルイスの私室をうろうろと歩き回り、木の床がカツカツと落ち着かない音を立てた。
「断ればいい?それができれば苦労はない。城にはあの老蜘蛛が送ってきた監視がいるのだ。私はずっと見張られている。ここに来るのも、一か八かの賭けだった……」
そんな物騒な話は聞きたくなかった。耳を塞いで何も聴こえない振りをしたかった。本当に。
「ルイス、頼れるのはそなたしかおらん。もしその美女が我が家や、この領地、そしてそなたを害するような危険な女なら……」
まさか、その美女とやらを殺せと言っているのだろうか。自分に?
信じられなかった。信じたくない。
ルイスは城市町の普通の家庭で育った普通の市民だ。
母は元酒場の女給だし。家は南地区の真ん中らへん。
訳あっていい教育を受けさせてもらって、地位のある家に仕えているけど、剣の扱いがうまい訳でも、政に特別明るい訳でもない。
殺すだ死ぬだの世界の住人ではないのだ。
害するとはなんだろう?
ナイフでも振り回すのか、騙して何かを奪っていくのか。
女がギフト持ちだとしたら、もはや何が起きるのか想像もできない。
雲の上の国には、怖気が走るようなことが溢れている。
ルイスのせいで誰かが……、ダントンや、父や母や……、の命が危険に晒されるような事があれば……
関わりたくない!逃げたい!
城主の震える手に小瓶を握らされた時、まるでルイスに毒が使われたかのように、手がびりびりと痺れた。
この小瓶こそが、今ルイスにとって最も“危険”なものに思えた。
※※※
バレた、と笑うカナをルイスは呆然と見た。
「まぁ、ギフト持ちって言えるかは、わたし的に微妙なんだけどね」
「それは、どういう?」
「ギフトなのか、悪魔の力なのか、ただの体質なのか。ルイスくんは違いわかる?」
「それは……」
そんなこと、考えたこともない。
「ギフトは聖なる力…とかですか?」
「ぶっぶー!」
カナは大きく体の前でばってんを作った。
「聖なる力なんて。ギフトって呼ばれる力が罪ない人を何人も死なせたりするんだよ?」
「え……」
ルイスはごくりと唾を飲んだ。
(それが危険なギフトってこと!?)
ダントンが勢いよく手を上げた。
「ギフトを与えられる者は性根が清らかなんじゃ。カナや儂のように!」
さすがに皆、苦笑いで口をつぐんだ。
「じゃあ、区別はできない。ただ不思議な力をいろんな呼び方してるだけってこと?」
「リューイさんするどーい!」
カナは嬉しそうに、ぱちぱちと手を叩く。
「……どういうことですか?」
「わたしってねー、生まれつき可愛いの」
突然の告白にルイスは目が点になった。
「物心ついた時には可愛い可愛い言われてて、村でモッテモテだったの!『わたしって特別可愛いんだぁ〜♪』って普通に信じてたし、体質かなくらいに思ってて」
「……はあ」
「でもね、村を出たら『お前は魔女だ』って責められることが何度もあって。教会に相談したの。そしたら…」
胸元からごそごそと鎖に繋がった何かを取り出した。
(さっきシスターに見せた金のメダリオ……)
「じゃじゃ~ん!」
カナはランタンの光を反射して輝くそれを全員に見えるように掲げた。
「これは『この人は教会が認めたギフト持ちですよー』の証です!」
「「「……!」」」
皆目を丸くしてそのメダリオを見つめた。
「つまりぃ、カナちゃんが可愛いのは神の贈り物なんですよーって教会が証明してくれた?」
「リューイさん、正解!」
「おお、カナの清らかさは教会公認……」
「ダントンさまってば…」
「カナ殿は、俺が守るべき女神……」
「ミハイさんは何言ってるかなー」
ルイスは顎に拳を当てて考えた。
「……カナさんが言いたいのは、不思議な可愛さが『体質』か『魔女』か『ギフト』かはわからないけど、教会にはギフトと認められているってことですか?」
「そう!大正解!」
「人を殺す危険なギフトも、教会が認めれば神の贈り物だと……」
そう言うと、途端、カナはへにょんと眉を下げた。
「……そう、危険なギフトも……」
泣きそうな顔になると、
「みんな、ごめんなさい!」
カナは椅子から立ち上がり、頭を深く下げた。
唐突な謝罪に皆がきょとんとした。
「わたしのせいで、あんな騒ぎになってしまって。今こうして部屋に籠められているのも、わたしが…」
「いやいや、カナちゃんのせいじゃないでしょ?」
カナは頭を下げたままぷるぷると首を振った。
「ああいう騒ぎになったのは、初めてじゃないんです。だから行動を共にするなら、前もって、こういう危険があると皆さんに伝えるべきでした」
ダントンとリューイは顔を見合わせた。
「うむ、いや、まぁ」
ダントンが言葉を探していると、リューイがあははと軽く笑った。
「実は俺もさ、カナちゃん魔女?って思ってたんだよ〜。でもギフトってやつだったんだな。よくわからないけど、わかって良かったよ!」
「なんじゃ。わかったのか、わからんのか!?」
「わかったのは、カナちゃんにみんなが夢中になっちゃうのはギフトのせいってこと。トラブル避けたかったら顔を隠しとけってこと。護衛としては、ここでわかって良かった情報だよ!教えてくれてありがとう」
リューイは言うと、な、ミハイ先輩?と話を振る。
ミハイは、
「カナ殿の顔は隠すべし。了解しました!」
敬礼した。
「……カナや。頭を上げなさい。お主はなんも悪くない。お主が儂の妖精ちゃんであることには変わりないのじゃ」
ダントンがぽんぽんとカナの肩を叩く。
カナはそろりと体を起こし、涙目でダントンを見上げた。
その光る目にダントンはうっと胸を突かれたような顔になる。
「ダントンさま。リューイさん、ミハイさんも、ありがとう!」
カナは感極まったように手を組んだ。
「こんな危険人物だって知られたら、お城に連れてってもらえなくなるって思ってたの。でもみんな優しいんですね。わたし、これ以上騒ぎ起こさないように頑張ります!」
4人が出した感動的な結論にルイスはなんだか頭が痛くなった。
城主に託された密命をダントンは知らないから、仕方ないのだけど。
とりあえず、部屋に用意されていた水差しとカップのところに行き、全員分の水を用意する。
(僕、どうすれば……)
結局、カナは危険なのか、危険じゃないのか。
毒を使うべきか、使うべきじゃないのか。
可愛いは危険なのか。
ギフトかどうかはもうどうでもいい。
ルイスはどうすればいいのか。誰か教えて欲しい!
(考えすぎて気持ち悪くなってきた……)
小瓶の中身は味も匂いもなく、飲み水にでも入れればさっと溶けるらしい。
「………」
この水に今、ぱっと入れてしまえば終わる。
もう悩まなくて良くなる……
ポケットに触れると、相変わらず嫌な感触がそこにあった。
ルイスはそっと息をつく。
ルイスが水を配ると、部屋にごくっごくっという音が重なった。
「ぷはぁ。めっちゃ喉乾いてた!ルイスくん、ありがとう」
「うむ。ルイスは気が利くのう」
礼を言われて逆に胸が苦しくなった。
(僕は密偵でも暗殺者でもない。ただの従僕なのに……)
「ねぇ、カナちゃん。すっごーく聞きにくいこと、聞いてもいい?」
水を飲み干したリューイがもじもじと尋ねた。
「……なぁに?」
「カナちゃんは可愛い。けどさ、俺、実は、カナちゃんのこと……」
「はい?」
「そこまでめちゃくちゃ可愛いって思えないんだ!」
「!!」
全員が目を丸くしてリューイを見た。
「俺には、ギフトが効かないのかな?」
ぷっとカナが吹き出した。
「ええ?リューイさんには、わたしのこの可愛さがわからないんだぁ?」
「いや、普通よりは全然可愛いとは思うんだけど……」
きゃらきゃらきゃら、カナは大笑いした。
「そうなの。全員がわたしの可愛さの虜になるってわけじゃないの。ほら、ルイスくんも、なんともないでしょ?」
「え、あ、はい……」
「不便なギフトだよねー。可愛いって思わせるだけ。全員に効くわけでもない。わたしがコントロールできるわけじゃない」
カナは唇を尖らせてぼやいた。
「そ、そうなんですね……」
可愛く思えるだけ。全員じゃない。
コントロールできない。
(なんだ、それ)
「あの、僕やリューイさんはこの先も、カナさんを見てもなんともならないんでしょうか?」
「そうね、最初わたしを見ても平気だった人が、別の時に魅入られちゃうって事はこれまでなかったよ」
「……」
「だからね。騒ぎが起きるのは大抵、初見の人に一気に顔を見られた時なの」
「そ……、そうなんですね」
つまり大通りの騒ぎは、カナを見たことがない多くの人が一斉にカナを見てしまったから。
あの時も、平然としていた人は確かにいた。
魅入られていたのは半分もいなかった気がする。
カナははぁと息を吐いた。
「これが神さまからの贈り物って聞いて、わたし何度もお祈りしたよ。もうちょっと便利に使えるようにしてくださいって!」
(……もっと便利に、なんだ)
ルイスなら、『違うギフトを下さい』とか、『このギフトを授けた意味を教えて下さい』とか祈る気がするけど。
「あはは、なんですか、それ」
思わず笑うと、カナは驚いたようにルイスを見た。
「ルイスくん、笑うと超可愛い……」
「カナさんに可愛いと言われても」
─もしその美女が我が家や、この領地、そしてそなたを害するような危険な女なら……
城主が恐れていた正体不明の絶世の美女。
その正体は可愛いだけ。
可愛いと人に思わせるだけ。
年齢不詳で時々変わった事を言うけど、いつもにこにことしていて、穏やか。
暴れたとしてもすぐに押さえられそうな小さな体。
城市町に入る時と城主に会わせる時は、カナの顔をしっかり隠させよう。
そうすれば問題は起きない。
(危険というほどのものではありませんよ、城主サマ)
毒を使う必要はない─
そう判断すると、物騒なものが入ったポケットが急に軽くなった気がした。
その時、リューイがぱちりと手を叩いた。
「もっとギフトの話、聞きたいんだけどさ」
くいっと親指をガラス窓に向けた。
「複数の足音が聞こえる。んー、何人くらいかな、ミハイ先輩?」
「……7人」
ボソっとミハイが答える。
「たぶん、俺たちと“お話”しに来た町のお偉いさんだと思う。急いで出迎えの準備をしなきゃ」
「準備というのは?」
「今話してたじゃん。俺らの可愛いカナちゃんを隠さないと」




