『カインの使者』第五部16章「其々の感情」
アメリカ政府との交渉が終わった後、和泉は今後の交渉の進展を政治家の立場から推測する。彼の部屋にエステルが訪れた時、彼は全面的なバックアップを約束する。この時、和泉は彼女に対する気持ちは単に好感を超えた感情を持つようになる。
一方、聖エルシアーナから休みの時間を貰った従者、律法義委員のロタは志門の元を訪れる。マーナの部屋に着ていた志門はミカと果南の前でハッキリと愛情を明らかにし、後で部屋に現れたロタにも同じようにする。それを見ていたミカに娘、果南はそれを受け入れるよう話しかけるのだった。また、イズハヤは自分が元は船で周りの者と少し違う事に違和感を覚えながらも望美たちの部屋へ行く。そこで望美から元の姿、太古の古墳時代の人の姿へ戻れと言われ衝撃を受ける…
『カインの使者』第五部16章「其々の感情」
自室に戻っていた和泉は交感器の霊子感応で、エステルを通じて状況を把握していた。
(彼女はカインの立場を示した。まだ何とも言えないが対敵性異星人の状況では早期にアメリカ政府はロシア連合と共同会見に臨むはずだ……。1月中旬にはUSSF(アメリカ統合機動宇宙軍)は恒星戦略機動打撃群艦隊を進宙させる。艦隊行動と実戦の結果は……)
和泉はスーツのポケットからペンとメモ帳を取り出して時系列を整理、次の会談の時期を計算した。そこには防衛省の副大臣、また、元 JUDF(日本統合機動宇宙軍)の幕僚参謀として緻密かつ冷徹な戦力分析が有った。
(戦局が悪い方に傾けばアメリカ政府は数週間以内にカインへロシア連合と共同会見に臨むはずだ。但し、それは急拵えで互いに深い理解はない……、私はこの時にカインが行う事を伝える。だが………、彼らに対してカインが行う事はどう聞こえるか、だ。ここで同じ地上の国で、カインの計画と同じ目標を掲げている我が国のムーンショット計画を最初に彼らの耳に入れておこう。この計画の達成率はまだ未知数だが、カインの計画をく聞くための緩衝材になる筈だ……)
彼が考えている時、部屋にエステルが現れた。
「エステルさん、ご苦労様でした。初めての地上との交渉は疲れたでしょう。」、和泉がそう言うと彼女は顔を強張らせて確かに疲れた、という感じだった。
「地上の言葉ではこういうのを肩が凝る、と言うのか? 私にはカインの都市民の未来も考えないといけない……、私は精神的に疲れている。」、そう言いエステルは彼の対面に椅子を生えさせて腰を降ろした。
「………エステルさん。貴方は政務執行長官、我々の言葉では実務をこなす官僚だ。カインの社会機構では本来最高評議会が交渉の現場に立つはずだが?」、と和泉は尋ねた。対し彼女は次のように返す…
「外渉はサンヘドリンが最高評議会ケルブとセラフィムの指示を受けて動かなければならない、此処の決まりだ。」、それを聞くと和泉は腕を組み考えると一つの提案を出した。
「私は副大臣、閣僚だ。どうだろう、私は貴方に対して全面的なサポートを行う。地上の政治も貴方より詳しい!」、彼の言葉にエステルはウウ〜ンッと考えた。
「気持ちは嬉しいが、カイン側に立てば和泉の、日本の立場が危うくなるんじゃないか?」
「既に我が国の国民がカインでお世話になっています。どちらか側、というのではなく、これは我が国の意思です!」、と和泉は言った。
「和泉、貴国の協力を有り難く思う。この事は最高評議会に伝えておこう。」、そう言うとエステルは両手を差し出し、彼の手を包んだ。その時、和泉は少し照れた。向かい合っているのは異国の政務官だったが一人の女性として見る時、とても魅力的だったからだ。また、言葉遣いは少し荒削りながら、それは異文化圏の人間としてそういう所も有ると割り切れば、職務に対して忠実で真面目であり、地上の官僚には彼女の爪の垢を煎じて飲ませたいとさえ思った。
和泉はエステルに好感を持っていたが、それは気が付かない間に大きくなっていた。和泉は現在、大臣クラスとしては三十一歳と若手だったが、まだ結婚はしていなかった。
和泉の胸は高鳴った。それは交感器を通してエステルにも伝わる。二人は何とも言えない気持ちになり同時に手を離した。
「………」、エステルは和泉から視線を逸らすと手を口元に持って行き、戸惑うような仕草をした。勿論、本人はそれを理解できなかった。
その後、和泉は話を交渉の事に戻し、今後の交渉の時期をエステルに説明して行った。
◆
その頃、志門はミカと果南を連れてマーナの所を訪れていた。彼女の下腹部は以前と比べて大きくなっていた。
「お姉さん……、お姉さん。好きだ、大好きだよ…」、志門は腰を落としマーナの膝の上に上半身を伏せ、彼女は志門を愛おしむように彼の頭を撫でた。
「志門、私も貴方が好きよ……、私は貴方の子供を産むわ。大切な貴方の子供……。」、とマーナ。
そんな二人を見ていたミカは少し寂しさを覚えながら次のように考える。
(私は果南を生んだ。娘は新しい世界の礎になってしまうけど、それは私じゃないと出来なかった事なんだ。)
横にいた果南はミカの気持ちを分かっていた。
「ママ、新しい世界に入ったら、家族も新しい形になる、それを受け入れて……。パパもママもたくさん子供を作るわ。周りには大勢の家族が居るの。マーナさんもその一人なのよ、私には分かるの。沢山のカインの人がパパの周りに集まって来るって…」、そう言うとミカは言葉は無く果南に両手を回し抱きしめた。ミカの目には涙が光っている…
そんな所に律法義委員のロタが現れた。
「やあ、志門……、取り込み中だったかな?」、そう言うと彼女は法衣のエフォドを揺らしながら志門に近づいた。志門はマーナの膝から顔を上げた…
「どうしたの、ロタお姉さん?」
「聖エルシアーナから御休みを頂いた。その……、志門の顔が見たくて…」、とロタ。志門には彼女の気持ちは分かっていた。カインには娯楽の概念は無い、唯一の趣向は聖典の探究なのだ。それ以外で自分に会う理由は一つしかない。志門にとって、それは自惚れではなく必要な対応だと知っていた。
「僕もお姉さんの顔が見たかったの……」、志門はロタと向き合い彼女の目を見た。交感器を通して彼女が自分を求めているのが分かった……
「僕でいいの……、お姉さん」、静かにそう言うと志門は彼女の両肩を持った。
ロタは顔を赤らめ、目を潤ませてンッ…と頷いた。お互いが吸い寄せられるように身体を合わせ、次に唇を重ねた。ロタの法衣から漂う香の薫りが辺りを包んだ。
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ロタと一緒に休みを貰ったイズハヤは始たちの部屋へ向かう。
人の形になったイズハヤだったが元が霊子の機械だった彼は、少し人間とは違っていた。彼の霊的感情は人間と比べて遥かに希薄で、最近その事に気が付いた。
聖エルシアーナの従者としてロタと共に左右に座していたわけだが、ロタは聖エルシアーナとの霊子の共鳴に体力と霊力を使うのに対して自身は何も感じなかった。この事で対象物との共鳴(霊子感応)が他者と比べて低い事が分かった。
「まあ、私は船だったからなぁ……生まれというのは変えられないなぁ。」
イズハヤは独り言を言いながら部屋へ入った。部屋には志門の両親の来門と静香、エディと望美、始とネフェリーが居た。イズハヤは望美に声を掛けた。
「やあやぁ、元気かい!」、少し背伸びしたように元気ぶるイズハヤに全員の視線が向いた。
「どうしたの? 勢いぶって。」、と望美。
「聖エルシアーナから休みを頂いたので望美の顔を見に来たのだ。」
聞いた望美は両手を腰に着け、頭を少し垂れてヴウーッと唸った。この現代の宇宙パイロットでイケメンの格好をした者の元が、太古の古墳時代の格好をしたオジサンというのを考えると望美は、なんかなぁ…、という気持ちを抑えきれなかった。
「あの、……元の姿に戻ってイイよ、オジサン。」
それを聞いたイズハヤは衝撃を覚えた。
「もう、……戻れないんだ! だいたい望美がこの格好になれって言うから…」、言葉の途中でエディが割って入った。
「そのままでいいっ! 望美さん、そんなこと言ったらイズハヤが可哀想でしょっ!!」




