『カインの使者』第五部15章「アベルの交渉と依代の思い」
アメリカ政府の代表団と向かい合うエステル。代表団責任者のS·クラウディアは自国アメリカの標語(自由と平和)を掲げ、アメリカに従うなら其れ等を享受できると言う。エステルはかつてアベルに追い詰められ、月へ逃れる事を余儀なくされたカインの歴史を思った時、アベルの末裔が力による自由と平和を謳う事に激しい抵抗感を覚える。代表団が去った後、エステルは最高評議会へ報告するが、その時、聖エルシアーナの従者、律法義委員のロタとイズハヤの不在に気が付く…
『カインの使者』第五部15章「アベルの交渉と依代の思い」
空間接続点へ飛んだエステルは次の代表団を迎えた。向こうから出てきたのは女性5名と男性1名。エステルは男性1名を残し、残りの女性をサンヘドリンへ送るよう護衛に命じた。
この代表団は和泉の指摘した通り、アメリカ政府から送られた者たちだった。S·クラウディアを筆頭に以下4名の女性たち…
サンヘドリンの会議室へ入ったエステルは床から椅子を生えさせ代表団の女性を座らせた。
「私はカインの政務執行長官のエステル·ランスだ。君たち政府の事はメサイア(パイロット)のミカ·エルカナンからも聞いている。彼女に酷い扱いをしたそうだな……」、と彼女はクラウディアらを見て言った。
責任者のクラウディアは立ち上がり、次のように答えた。
「私はアメリカ政府の代表団責任者のS·クラウディアという者です。あの場に私も立ち会っていました。あれは文化的齟齬だと思って頂きたい。我々は過去に地球外文明に接した時、そのような事がなかった訳ではない、……我々アメリカ政府は正式にカインとの国交を希望している。私を含め、ここに居るものはその為に来た。」、とクラウディアは臆せず話した。
エステルは机に両肘を付き、手を組み考えた。
(ミカから、この者の事は聞いている……、厳しい尋問を行った上に志門の過去の記憶を引き出した。これを文化的齟齬だと言うのかっ!? アメリカという国は野蛮だっ!!)
「国交、……何のためにっ?」、とエステルは返した。
「我々は高次元の敵性異星人から攻撃を受けている。その為、もう一つの人類であるカインと改めて手を結びたい……、」、とクラウディア。
それを聞いたエステルは机をバンッと叩きアッハッハッ、と笑った。
「アベルが何を言うかと思えばっ……!」
「何が可笑しいのかっ!」、とクラウディアは少し語気を強めた。対し、エステルは毅然として答えた。
「カインはプレアデスとの国交も有る。地上の情報も得ている。………アメリカ政府はロシア連合と敵対関係にある、と言うではないかっ!ロシア連合とはプレアデスを介して僅かだが情報共有も有る。お前たちの国は力で周辺の国を支配して来たのではないかっ?! カインは地上と争う意図はないが、現状、地上が争っている時に一国を国交の窓口とするのは現実的ではないっ! 先ず、貴国はロシア連合との和解が優先ではないか……、プレアデスも地上の人類に、そう働きかけてきたはずだ。」、とエステルは代表団に投げ掛けた。
これを聞いたクラウディアは次にこう言った。
「地上では植民地政策が長く続いてきた。今も形を変えてそれは有るが、それは地上を一つにするためのやむを得ない事だ。我が国は〈平和と自由〉を標榜し、その力を持っている。我が国の傘下へ入った国は平等に〈平和と自由〉を得る事が出来る。」
これを聞いたエステルは胸がムカつくのを覚えた。かつて神から七倍の復讐を受けると警告されていたにも関わらず、カインを追い詰め、ついには地上から月へ逃げなければならなくなったカイン…、それを追い出したアベルの末裔が暴力による平和と自由を謳っているのが我慢しがたかった。
「よその国(ロシア連合)では、その資格はないっ、と言いたいのだな。とても愚かで哀れな事だ、………地上は何十世紀にも渡り、それらの戦争で文明や技術のリセットを繰り返してきたが、カインはそのような無駄なリセットも無く、文明と技術を積み重ねてきたのだっ!」、とエステルはクラウディアを睨んで返す。
そんな時、一人の者が部屋へ入って来るとエステルに耳打ちをした。
“長官、空間監視センターから報告…、別の船がこの空間へ接近、ここに来ている船に攻撃性の波動を向けています。”
(和泉の言っていたロシア連合か…!?)
エステルは浅く頷くと席を立ち、クラウディア代表団たちに言った。
「ロシア連合の船が迫っている。貴方達は直ぐに帰った方が良い。」
クラウディアはマズそうな表情を浮かべると席を立ち、手を上げて撤収を指示した。
部屋を出る時、クラウディアはエステルに握手を求めた。当然、それは儀礼上だったがエステルはそれに応じた。この時、クラウディアはエステルに、ある事を尋ねた。
「この前、ここへ空間接続をした時に“和泉”という男が行方不明になりました。こちらに迷い込んでいませんか?」
「そのような者は居ないっ!」、とエステルは何の表情も無く返した。しかし、一瞬だったが目を逸らしたのをクラウディアは見逃さなかった。
「………ありがとうございました、エステル政務執行長官。我が国はカインとの国交を諦めていません、次の機会を楽しみにしています。」、とクラウディア。
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アメリカ政府の代表団を返した後、エステルは直ちにクライシストの空間監視センターへ飛んだ。センターに着くなり彼女はアクエラを呼ぶ。
「ロシア連合の船の動きはっ!? アメリカの船は去ったか?」
「今、空間の接続を切ったようです。船の波動位相、開いていく……、ロシア連合の船も離れます。」、とアクエラは答えた。
「攻撃性波動で脅して離れた……、これはアメリカ船への牽制だ! 彼等は和泉の言う通り分裂しているのだ。アクエラ、私は最高評議会へ報告してくる。」、そう言うとエステルは踵を返し再び最高評議会へ飛んだ。
最高評議会の議長室でエルメラと聖エルシアーナはエステルの報告を聞いた。
「アメリカ船に圧力を掛けたか……、同盟と連合は互いに交渉の主導権で争っている。我々カインは交渉の窓口が定まるまで、どちらか一方と交渉を進める事は控えた方が良い……、聖エルシアーナ、どうお考えですか?」、とエルメラは首長の椅子に掛けている彼女に助言を求めた。
「そのようにしなさい。但し、同盟を一旦受け入れた以上、連合にも同じようにしなさい。本格的に交渉を進めるのは同盟と連合が交渉の席に並んでからで良い。……私も上手くいく事を望むが……難しいだろう。……エルメラよ。」、と聖エルシアーナはエルメラの目を見た。
「はっ、なにか?」
「地上との交渉に私の図りごとを合わせてはいけない。カインはカインの道筋を進むのです。私の方向性は人間に向いているのです。私においてカインもアベルも救われる!」
聖エルシアーナの言葉にエルメラは自身の焦りに気が付いた。
(永年のアベルとの敵対で私は計画の本義を忘れかけていた……、アベルとの和解は人ではなく、ヤーワァが成されるのだ。)
彼女は聖エルシアーナに頭を下げ自省の意を表した。
エステルはそれを何気に見ていたが、聖エルシアーナの従者である律法義委員のロタとイズハヤの不在に気が付いた。
「聖エルシアーナ、ロタとイズハヤが居りませんが?」、エステルが尋ねると彼女はフフッと笑った。
「いつも私の側にいては身が持たない……、彼等には休みを与えた。私の隣に座すのはとても疲れるのだ。私自身、この依代が求める感情に従うなら、動き回って自由に話がしたいと思う。」
聖エルシアーナの言葉にエステルは依代のアダムα(ルーファ·Elle·シアーナ)の事を思わずには居られなかった。もし、霊子の魂が亡くなった彼女自身の魂だったらもっと自由にしていた筈……そう思った。
(もしルーファ本人の魂だったらマーナの奴とも自由に話せていただろうな…)
そう思うとエステルは、依代のルーファに思いを込めて右手拳を自身の左肩へ着け、敬意を表した。




