『カインの使者』第五部14章「感情と思惑」
部屋に現れたアクエラは宇宙概念図の説明をエステルから指示されるが、アベル嫌いな彼女はおもむろに和泉に対し嫌悪感を露わにする。エルメラの注意で渋々、説明を始めるアクエラ。説明が終わった後、和泉はアクエラに握手を求めるが、彼女はその手を払いのけてしまう。エステルは彼女を退室させ、代わりに自分が和泉の握手に応じたが、その時、交感器を通して理解できない感情に戸惑う。和泉は説明を聞いた後、境界層破壊の結果が空間にどのような影響を及ぼすのか、また戦争に利用されないかを尋ね、エルメラが答えたが、それは彼の想像を遥かに超えていた。
数日後、和泉を乗せてきたJUDF〈あまてらす〉が再びカインと空間接続しようとしていた。和泉は自身の同席を辞退し、エステルに対し交渉の注意点を話す…
『カインの使者』第五部14章「感情と思惑」
エステルは目の前に表れた光で表示されたパネルを操作し、部屋の中央の空間に図形を投影させた。それはまるでリンゴの果実のような形をしたものだった。エステルは少し待て…、と言うと暫くして部屋にクライシストの主任責任者、アクエラが現れた。
彼女は非常に嫌そうな顔で和泉を見ると、チッと口を鳴らした。
「すまないな、アクエラ。この者は地上のアベル、ヒッポ…日本国特使のイザ…和泉という者だ。宇宙概念図の説明をしてくれ。」、エステルがそう言うと彼女は不満気に返した。
「エステル長官、この程度の概念図はカインなら誰でも説明出来ます! わざわざ私を呼ばなくても良いのでは…」、アクエラが言い終わらない内にエルメラが注意した。その言葉には、温厚で冷静な彼女に似つかわしくない怒気が混じっていた。
「アクエラッ、お前は何を言っているのかっ!! これから地上との交渉が進む時にっ! クライシストの責任者として進んで協力しないかっ!」
エルメラの怒気にアクエラは顔を青くした。エステルが近づいて彼女の方に手を置き小声で言った。
「お前のアベル嫌いを治す練習だと思ってくれ…」
アクエラはエェエエーッ…という感じで和泉を見た。その時の彼女の感情は交感器を通して彼に伝わる。和泉はウッ…となった。
(まるでゴミか何かを見るような感じだな……完全に嫌われてる。)
そう思った彼は敢えてアクエラに手を差し出し握手を求めた。
「すみません。私ども地上人は貴方がた程の知見は持ち合わせていません。ご教示頂ければ有難い事です。」、とかなり遠回しにお願いしてみた。
彼の差し出した手にアクエラは応えようとしない…。エステルは、もうっ!という感じでアクエラの代わりに和泉の手を握った。彼の手の温もりと言葉では表現できないものが伝わる…
(!!……なんだ、この気持ち?)、一瞬、エステルの思考は停止した……そして我に返る。
「始めよ!」、とエステル。アクエラは渋々、展開された図形の説明を始めた。
「これは基本的な宇宙の概念図だ。見た通り地上の果実、ヘタから始まって下の窪みで終わる。これは物理的概念だ。図形自体は視認しやすいように開いた空間にしているが、実際は閉じた無限の空間だ。先の話、物理概念ではヘタの窪みから空間が広がって果実の中央で空間は再び収縮し、最終的に底の窪みで点になる。ヘタから下部の窪みへ進む縦線が世界線だが、縦の世界線は物理的時間線だ。これに対して水平方向の線をパラレルサイトライン…、今は世界線の統合で縦方向の世界線は一つしかない、我々が今いる世界だ。物理次元は果実の外皮でそれを内側から支えている果肉の部分が霊子次元。これは外皮から果肉中央へ向けて階層深度がある。いま居るこの空間は外皮と果肉の境界層に当たる……、分かったかアベル。」、アクエラは説明を終えるとフッ…と短く息を吐いた。
「ありがとうございます!」、そう言って和泉はアクエラの手を握ろうとしたが、パシッ!と彼女の手が弾いた。困った顔で頭を掻く和泉……。
「私は貴方と良好な関係を作りたいと思っているのですが……」、と彼はボソッた。
さすがにこれを見兼ねたエステルは、アクエラに部屋から消えるよう命じた。アクエラは退散するようにその場から消えた。
「本当に困ったものだ、……エステル、アクエラには後で注意をして置け。」、とエルメラは言う。余りの非礼にエステルも渋い顔をした。そして、アクエラに代わって自分が和泉の手を両手で包んだ。再び交感器がお互いの感情を送る。通常の空間を通して行われる交感と比べて身体の接触で行われるそれはインパクトが大きかった。それも彼女が理解できない感情だった。
「和泉……、何を思っている?」
「貴方に感謝しています。」、と和泉は返す。
「感謝は解るが、別の感情だ。」
「貴方は優れた女性だ、……これは好感、というやつですかね。ところで…」、と和泉はエルメラに言った。
「この図形と境界層破壊の結果はどうなるのですか?」
「簡単に言うと…」、エルメラがそう言うと図形は潰れ、外皮と果肉は混ぜ合わせになる…、次にエステルが説明した。
「果肉部分の霊子次元には時間、距離、原因と結果の概念は無い。霊子の中に物質が浮かんだ状態になる。物質と霊子が完全に混ざった状態は物理的に事象の”経過“が無くなるのだ。この状態は人間の基本的な物質と霊子の双方に干渉出来る能力を最大に引き出せる環境が整う……、逆に霊子の意識は物質に昇華するのだ。今、アベルが戦っている物理次元の高次階層に住む意識体にとっては災いになる。彼等は物質として固定され、元々意識体だった彼等は現時点の人間のように霊子に干渉する能力は持ち合わせなくなる。」。とエステル。和泉は難しい顔をした…
「要するに彼等、敵性異星人は今の我々のようになって時間や空間を簡単には跨ぐことが出来なくなる、その理解で合ってますか?」
「概ねそれで合ってる。」、とエルメラは答えた。ここで和泉は一つの懸念点を提示した。
「意識の物質化は戦争に使われるのではないですか。もし、そうなれば…」、和泉が言い終わる前にエルメラは補足した。
「新しい世界には争いの出来ない指向性が付与されます。」
「付与? どうやったらそんな事が可能になるんですっ?!」、和泉の問いにエルメラの表情が消えた…
「一人の思いがそれを支え続けるのです。その者は……二度と人の形では現れません。」、聞いた和泉は衝撃を受けた。
(この計画には人柱、人の命が必要だったのかっ!!)、彼の顔に脂汗が浮き出る…
「それは………誰ですっ?!」
「風早志門の娘、……風早果南です。」、とエルメラ。
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エルメラとエステルとの会見が終わった後、和泉は用意された自分の部屋に戻り、ボディスーツの上に羽織っていたスーツを脱いだ。シワが寄らないようにシャツを丁寧に折り畳みながら和泉は考えていた…
(これはもう……本来の日本とカインの外交の枠を超えている。これは人類全体の問題なのだ……私は日本の特使としてどう動くべきか…)
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それから数日後、和泉が語った通り、JUDFの〈あまてらす〉が再びカインと空間接続を行った。
和泉とエステルは空間監視センターで落ち合った…
エステルは和泉に対して立ち合いを求めたが、彼はそれを辞退した。また、エステルに対して相手がアメリカ政府だけなら交渉を進めてはならないと念押しした。
「エステルさん、カインの計画は地上の一国だけに及ばない、人類全体に関わってくる事だ。地上との交渉の窓口はアメリカ同盟とロシア連合と合わせて行うように彼等に伝えてください。どちらか一方ではダメだっ! 私はアメリカ、ロシアの両陣営が揃った時に会見の場に同席させて頂く、その時、私が彼等にカインの計画を説明します。それと私の事を尋ねられても絶対に答えてはイケないっ!!」
「……承知した。和泉には考えが有るのだな、彼らに対しては適当にあしらっておく。今回は会うだけに留めよう…」
「宜しく頼みます。」、と和泉は頭を下げた。
エステルは護衛を伴ってセンターから消え、空間接続口へ向かった。




