『カインの使者』第五部8章「志門とアクエラとマーナ」
カインの空間監視センターに戻った志門はアクエラに連れられて彼女の部屋へ行く。そこで、仕事に疲れた彼女は志門に自分を抱くように要求する。そして志門との間にミカやマーナのように子供を作りたいと言う…。志門は新しい世界でそれが許されるなら、そうしたいと返し、アクエラと唇を重ねた。この事は志門の決意を確かなものにし、新しい世界創造の礎となる果南に、そのバトンが渡される。
一方、志門との間に子供を作ったマーナはロタと共に聖典にその理由と癒しを求めようとする…
『カインの使者』第五部8章「志門とアクエラとマーナ」
「志門っ、お前はチョっとこっちへ来いっ!!」、アクエラは怒鳴ると志門の手を引っ張ってセンターの壁を抜けると通路の向こう側の部屋に入った。志門は早く果南の所へ戻りたかったので、ウワァ、まだ何か言われるのか?、という顔をした。
部屋に入ったアクエラは霊子感応遮断シールドを部屋に展開した。
「ここは私の部屋だ。」、とアクエラ。志門は部屋を見回したが、他の成員の例に漏れず全く生活感が無かった。彼等が部屋でする事は体を横にして休むくらいだった。食事や入浴、必要な情報の取得はすべて霊子金属のボディスーツと額に埋め込まれたクロスライザー(交感器)に依って行われた。基本的に娯楽という概念は無い。唯一つの趣きは聖典の探究で、これはカイン全体の指向だった。
アクエラは一先ず志門を床から生えた椅子に座らせ、自分も対面に座った。そして志門の顔にスッと手を差し出す。志門はまた叩かれるっ!と思い目を瞑った。
アクエラの手は、先に引っ叩いたところを優しく撫でた。
「すまない、志門。さっきは痛かったか……、これも職務なんだ、許してくれ。」、その言葉に志門はホッと胸を撫で下ろす、今回の事は全く予定外で大きな違反だったからだ。
かつて、前の世界で従姉妹の理乃や友人の島崎蘭人へ最後の別れを告げに地上へループストライカーで飛んだ時、マーナはサンヘドリンのエステルに相談して裏工作まで行っていた。カインの最重要資産である次元探査船、ループストライカーは勝手に動かしてはいけない物なのだ…
「僕の方こそゴメンよ、お姉さん。心配かけて…」、志門が言うとアクエラは少しかしこまった。
「志門は何でもするって言ったよな……」
「確かに僕はそう言ったけど……。何かして欲しい事が有るの、お姉さん? 自分が出来る事なら…」、志門が言い終わらないうちにアクエラは志門に身を乗り出した。
「志門、私を抱いてくれっ!」、それを聞いた志門はエッ!?、と驚いた。
「お姉さん、どうしたのっ?!」
「私は疲れ切っているっ! 前にループストライカーの中で皆を抱いたようにしてくれ、とても気持ちが落ち着くんだ。」
志門はンーッ…と低く唸ると彼女の方に手を掛け引き寄せた。彼女はミカやElle·シャナ、ロタのようにElleスピリットの成員ではなかったが、それでも美しい女性だった。髪の色は黒に近いダークシルバーで肩口までストンと落ちたストレートヘアー、目は職責を表すように少しキツめな印象だった。口は悪いが前に志門の悪意のないイタズラで体の自由が利かなくなった後、彼女の志門の対応で志門自身も彼女の本質を知り、アクエラが好きになっていた。
アクエラは志門の腕の中でハァ…、と短い溜め息を吐くと志門の胸に頭を擡げた。彼女の手は自然、志門の背中に回った。
「志門、……私もミカやマーナみたいに子供というのが欲しい。」、それを聞いた志門は優しく彼女と間を空け、暫く互いに見つめ合った。
「お姉さん……、もし、新しい世界がそれを許してくれるなら、その時は皆と一緒に子供を作りたい。……僕はカインの人を愛している…、その為に自分の命も懸けた。」、と静かに彼女に言った。そして、ゆっくり顔を近付けると唇を重ねた。それは二人が引き合うように同時だった……
抱き合ったまま、暫く時が過ぎた……
◆
志門より一足先に部屋に戻ったミカは真っ先に果南に抱き着いた。
「果南んーっ、帰ったよーっ!!」、と嬉しそうに果南に縋り付くミカ。二十三歳の成人体になった果南と二十七歳くらいのミカが抱き合う姿は周りの者には少し違和感を覚えさせた。
「ママァーッ、お帰りなさい!」、と果南もミカに抱きつく。
「お帰り、ミカさん。志門は?」、と父の来門は尋ねた。対しエディが答える。
「今日、ループストライカーの私のテスト飛行で少し予定外の事が起きたんです。船の運用規定に違反して志門は責任者のアクエラさんに捕まってます、すみません、私が彼に無理なお願いをしたので…」、この後、エディは今回起きた事を来門に説明して行った。
目を閉じ、頭を垂れて腕組みしていた来門は話を聞き終えると顔を上げた。
「君のお願いはともかく、行動を推したのは志門だったのか…、何にせよ無事に帰れたのは良かった。君も兄のランドー君と再会したときは辛かっただろう。別れたときは色々有っただろうから…」
「私は今でも何かの夢じゃないかと思っているのよ……、この世界の起点がうちの息子(志門)だなんて。」、と隣の静香は言う。
「静香、今回ばかりは私も夢であって欲しいと思うよ……」、来門はミカと果南を見た。自分の可愛い孫と二度と会えなくなる…、そんな現実に来門の気持ちは破れかけていた。
そんな中、志門が部屋に戻って来た。彼の顔は僅かに紅潮していた。
志門は果南に走り寄ると抱きしめた…。彼の感情が交感器を容量を超えて果南に伝わる。
「パパは沢山のカインの人と幸せに暮らしたいのね……、それは成るわ、私がそうなるように世界を変えるから。」、と果南。横にいたミカはアクエラとの間に何かやり取りが有ったか聞いた。
「アクエラ主任から酷いことされたの?」
志門は首を横に振った。
「いや、そうじゃないんだ。……お姉さんは疲れ切っていたんだ。」、志門はもう自分の気持ちを隠さなかった。アクエラとの件はマーナとの間に子供を作り、それに後ろめたさを感じていた事に対し、志門に客観的に捉えさせようとしていた。
「今から言う事は責任逃れに聞こえるかも知れない。だけど僕の正直な気持ちだ、僕は自分を自身の確かな気持ちの上に置く。だから敢えて言って置くよ、僕はミカや父さん母さんたちの批判を甘んじて受けると!」
この時、ミカと来門、静香は志門が変わった事に気が付いた。今まで何かにキョドっていた彼の姿は無い……
志門はアクエラと自分に有った事を包み隠さず話した。そして続けて自分の気持ちを明かした…
「僕とミカはこの世界線の始まりだった……、前の世界線を終わらす時、僕は自分の命をカインの人達に渡したんだ。僕はミカやマーナお姉さんと知り合ってカインを愛した……、新しい世界はこの世界線で始まる。僕はミカと結婚したように地上の人とも幸せになりたい。ずっとその事を思って来たんだ。僕とミカの創造のバトンは果南に受け継がれる……、肉体の別れは、……辛い。」
志門が言い終わると果南は彼の手をギュッと握って頷く。この時、志門は感じた、聖エルシアーナの言われた自分とミカと果南の魂の誓願は確かだったと…
志門ら家族の遣り取りを聴いていたエディは自分には無い家族の温かさを染々と感じていた。同時にたった一人の血族である兄、レナートの姿とダブった。
◆
その頃、マーナはロタと一緒に自分の部屋で聖典を読んでいた。志門との間にできた子供と自身のために…
聖典には人の誕生に関して様々な記述が在る。例えば神から認められた者の妻には不倫で出来た子供たちが居たが、神から認められた者は、それらを排除することなく自分の子供と同じように愛した、とされる。
「この行には出生の理由が何であれ、生まれた命はヤーウァ(神)の意志に依る……、と言う心が背景にあるようだ。」、とロタ。
「……この行はミカに当てはまるんじゃないか? まあ、私の当てはまる部分は正式な婚姻外で出来た子供、というところだが…。私は志門の家族の中に入れないんだろうか?」、とマーナは気落ちした感じで言う。マーナは職責を放棄した後、地上で志門らと五年近く生活してきたので慣習や社会制度をある程度、理解していた。




