『カインの使者』第四部第15章「聖エルシアーナは語る」
メディカルへ飛んだ評議会議長のエステルは刑執行官と副議長メトセラの様態を局員に尋ねるが、メトセラは、ここへ送られた時には既に死亡していた事が局員から告げられる。
また、降霊に成功した聖エルシアーナは律法義委員とクライシスト局員を伴って、ミカたちが収監されている部屋に現れる。そして彼女は全員に自身の事を語り出す。
『カインの使者』第四部第15章「聖エルシアーナは語る」
マーナが部屋から消えたあと、エルメラは執行室からメディカルへ飛んだ。刑執行官の事が頭から離れなかった…
「執行官の様子はどうだ?! 霊子金属の被服が裂けた……、有り得ない事だ。」、とエルメラはメディカルの局員に聞いた。
局員は執行官を収容した部屋へエルメラを案内し、そこには部屋の隅で監視委員らが固まって何かを話していた。中央には執行官が白いベールで覆われ、ベッドに身体を横たえていた。
エルメラは監視委員を無視してベッドの方へ進み、就いていたメディカルの局員に執行官の状態を問うた。局員は青ざめた顔で右手拳を左肩へ着け、ドバルカイン…、と小さな声で彼女に敬意を示すと次のように話した。
「執行官は霊子波動で治療を継続しています。様態は安定しましたが身体の変異はまだ元に戻っていません…」
「ウム、……霊子金属のボディスーツが裂けるのを見た。これはどういう事かっ? スーツは身体機能の維持と保護のプログラムが施されている、簡単には引き裂けないほどの強度、いや、先ず破く事など不可能だ。このボディスーツの霊子金属は次元探査船に次いで入念に錬成されている。これは制御器のエラーなのか?」
「議長に申し上げます…、リングの制御はスーツの金属被膜の展開と収納で、簡単に言えばケースのようなものです。プログラム自体は霊子金属にあって使用者との同期で機能し、身体の維持と保護が成される訳ですが…」、と局員は俯き手を腰に当て考える。
「端的に説明せよ。」、とエルメラは局員に求めた。
「ボディスーツの霊子金属は人間の身体と完全に同期するようにプログラムされています。明らかに同期を妨げる物質がスーツ内に入るか、或いは身体自体が人間でなくなった……、前者はセイル内では先ず考えられません。都市の構成元素の純度は極められています。考えられるのは人間の変異の方です、同期を失った霊子金属は破れない訳ではありません……」、そう言うと局員は額に汗を滲ませた。
「人体の変異が原因……、か。」、とエルメラ。
「はい…」
エルメラは局員に執行官のベールを解くよう指示した。
ベールは執行官の足元から頭の方へ向けて解除されてゆく……。執行官の身体は元にあったような女性の丸みを帯びた体ではなく、ゴツゴツとした部分的に角のように思える突起が見て取れた。
(執行官は命令を受けただけなのに……そして刑の執行には躊躇していた。それでも…)
エルメラはもう良いっ!と言うふうに片手を上げた。次に副議長メトセラの様態を聞いたが局員は首を横に振った。
「副議長は送られた時、既に亡くなっていました……」、と局員は言った。
「バカなっ!! 彼女に変異は確認出来なかったぞっ!?」
「変異する前に魂が即死したのかも知れません…」
エルメラは深刻な表情で少しの間思案し、議長室へ戻る…と言い残し、その場から消えた。
◆
その頃、クライシスト局員と律法義委員たちは聖エルシアーナを取り囲む形で周りの者が触れないようにしてミカたちが居る場所へ向かった。聖エルシアーナの魂が余りに大きなエネルギーを持っていた為、空間転送が出来ず、その代わり彼女自身が周りの者を包み込む形で瞬時に空間を移動した。その為、異常場を検知したセイルの霊子波動管制システムは都市内に警報を発信した。
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”都市内に異常霊子波動っ! 都市民は周囲を警戒せよっ!!“
志門はミカたちの居る部屋で、そのアナウンスが頭の中に響いた。
「……なんだっ? 何か危ない事が起きてるのかっ!?」、と志門はミカと抱き合った状態で叫んだ。果南が志門に走り言う…
「パパ、ママ、私をここに置いた源の方が来たっ!!」、と果南は歓喜の声を上げた。何のことか分からない志門とミカ、また他の者は互いに顔を見合わせた。
次の瞬間、部屋の空間が目が開けていられない程に輝き、大きな地震の時みたいに空気が、いや空間自体が振動した。Elle·シャナ、始と望美、ネフェリーとイズハヤ、来門、静香とマーナは思わず身を寄せ合った。ただ、ネフェリー、イズハヤはこの事象を知っているのか、身を寄せつつも差ほど驚いた様子は無い……
やがて光の輝度は減衰して行き、目を細めながら全員は部屋の中央を見た。光は収縮し複数人の人の形になり、次にはっきりとした人となった。
数名のクライシスト局員と律法義委員に取り囲まれ、中央には一人の女性が居る……、志門とミカ、Elle·シャナとマーナは確かに何処かで見た者……、と思った。
最初に声を発したのはマーナだった。前の無くなった世界でマーナと彼女は同じ職場、クライシスト次元探査計画局の重要パートナーだった……その者は空間接続技官のルーファ·Elle·シアーナ。彼女は現在の世界線で行われた第84回次元探査計画終了後、その役割を終え霊子界へ帰った。
「ルーファッ!! 戻って来たのかっ!?」
志門は彼女を見るとミカと果南から離れ、ワーイッ!といった感じで走り寄ろうとしたが、律法義委員の手前で見えないガラスにでもぶつかったように空間に張り付いた。そして後ろ向きに倒れる……、志門は衝撃で鼻血を垂らした。
中央に立つ”聖エルシアーナ“は前に居る全員に向けて声を発した。穏やかではあるが、それは確かで深く、何かの疑いを挟む余地を与えなかった。
「私は聖である。ただ一つの真実……。物質と意識を包含する枠の存在。私の言葉はこの依代によって貴方たちに分かる言葉で発せられている。マーナ、私は貴方の知っている貴方の仲間であると同時にその者ではない……、私は聖エルシアーナ。ミカ、志門、私の使者(果南)を産んでくれた事に感謝する。私はその者に世界を創り直させる…」
ロタは床にひれ伏した。
「貴方はヤーワァ、私達の神!」、とロタ。それに対し聖エルシアーナは言う。
「本当の私の名前はこの世界(物質次元)で発音、表音することが出来ないものだ。それでも私を忘れず呼び続けたカインに私は霊子世界への門を開いた…」
「貴方様が直接降りて来られようとは思いませんでした。」、とイズハヤが言うと、聖エルシアーナは彼に言う…
「……船の形に戻りたい、そう思っているようだが貴方はそのままで居なさい。何れそうなるのだから…、私はこの世界を元の形に戻す、以前がそうであったように…」
それを聞いていたネフェリーはウンウンッと頷く。始は彼女に何を納得しているのか尋ねた。
「太古の時代はそうだったの、ネフェリー?」
「私が生きていた時代は既に天の扉は閉じられかけていたが、それ以前は人と神が同じ世界に住んでいたと祖父から聞いている。私の時代でも直接ではないが神と話が出来たのだ。」、とネフェリーは答えた。
来門は聖エルシアーナに尋ねた。
「貴方が神様なのか?」、来門がそう言うと聖エルシアーナは来門の考えを正した。
「私は霊子世界を最初に創り、その世界の中に物質を置いた。確かに私の性質に似せて物質の世界を作ったのだがお前が言う”神“ではない。私には始まりも終わりも無い…、ただ在った、と言うのがこの依代で伝えられる精一杯の言葉だ。……私の思いはこの依代で伝えるよいり遥かに簡単で広く、数式の概念に近い。……私は自身の事を認知出来なかった。私は一体何者なのか……、それを知る為に物質の世界を創り様々な事を知るようになったのだ。しかし、ある時を境に私は物質と霊子を分離しなければならなかった……」
「聖典のアダムとエバの事ですね。」、とロタは顔を上げて言う。聖エルシアーナは黙って頷いた。
「そうだ……、だがそうしなければならなかったのは人間の罪ではない。ロタ、いや、此処にいる者たちは正に知らなければならない。人間は形作られたその時から今に至るまで完全さを保っている。」
聖エルシアーナの言葉を聞いた全員がエエッ!?と驚いた。




