『カインの使者』第四部第10章「アクエラの失敗」
最高評議会ケルブとセラフィムの議会に於いて、説明を行っていたクライシスト(カインの技術部門:次元探査局)の主任アクエラだったが、一人の評議委員の誘導質問の罠にハマり、口を滑らせてしまう。サンヘドリンの政務執行局が最高評議会の承認なしに成員培養棟の霊子スピリットディスプライザーを起動させた事が明らかになり、評議会を監視していた監視委員に依って会議は中断され、評議委員たちは警護を伴って、不正の現場である成員培養棟へ飛ぶ。霊子の魂の降霊が完了しようとした直前に、監視委員と評議委員たちが現れ、その場に居た者を拘束する。一方、志門や始たちはミカと果南、エディとネフェリーの帰りを待っていたが、霊子感応の呼びかけに誰の反応も返ってこない事で不安を更に増大させる。
『カインの使者』第四部第10章「アクエラの失敗」
「我々の持つ移動手段は極めて限られます。光子船や次元探査船ループストライカーの船体霊子エネルギーは月から現在の空間へ移行するために消失しました。今、稼働出来るのはセイルが次元移行を行う前に、風早志門がアベルから奪取したカインの剣の同位体〈ヒヒイロカネ〉を積んだ84号機と、別に同位体を所持するミカ自身です。この二つの同位体はアベル由来の物ですが船の稼働に影響を与える物ではありません。」、アクエラが説明の途中で評議会はザワついた。
「アベルの霊子物質だってっ!?」
「我々の優位性は、もう保証出来なくなった…」
「奴等がこの空間へ来るのも時間の問題なのか…」
「此処で終わるのかっ!?」、等々…
アクエラは説明を続けた。
「確かにアベルは船の動力や兵装に霊子物質を使っていますが、その運用は我々カインの初期の運用技術にも及びません。説明を戻します、我々の移動に付いてです。先ほどエルメラ議長からカインの二つの方向性が示されました。先ず、月への帰還は技術的に問題は有りません。霊子界深部への移行は問題が有ります。かつて次元探査計画で霊子次元の調査を繰り返した訳ですが、これには物理次元と霊子次元の橋渡しとなる者が必要だったのです。空間接続技官で、その者の魂はElleスピリット、いわゆる霊子界の魂でなければなりません。これはループストライカーのメサイヤ(パイロット)の基準に従うものです。接続技官の仕事は同じElleスピリットを持つ律法義委員の声と同期して、空間の移行タイミングを測らなければなりません。そのタイミングの検出は天文単位の情報処理と霊子界の追認が必要です。タイミングは霊子界の許可と同期していなければ実行する事が出来ません。」、ここでアクエラはフウーッと一息置いた。そして、また説明を再開した…
「要約すると霊子界への移行は空間接続技官の存在が必須なわけです。現在、律法義委員はロタ·Elle·ファトがいますが一人では出来ません。空間接続技官の魂を霊子界から降ろすには、最高評議会で次元探査計画の承認を議決して頂かなければなりません。」
アクエラが説明を終えた後、感の鋭い評議委員が彼女にカマを掛けた。
「なるほど、分かった。クライシストは既に準備は出来ているのだな。」
「はい、既に……あっ!」、アクエラは評議委員の罠に掛かったのに気が付いたが遅かった。
「議長っ、これはどういう事なのか!! 最高評議会で議決もされていない事柄をやっていると彼女、クライシストのアクエラは今、自白した。」、とその評議委員は声を大きくした。アクエラの発言は既に議事録として記録されている……、議長のエルメラもさすがに窮した。メトセラ等、エルメラに反対する者たちも一斉に非難の声を発した。
怒号が飛び交う中、エルメラはアクエラに言い開きを求めた。聞いたアクエラの額から幾筋もの汗が流れ、それは床を濡らすほどだった。
カインの意思最高決定機関である評議会ケルブとセラフィムの議場で虚偽の発言が成された場合、最高法廷のサンヘドリンを通さず、その場で石打(死刑)が確定するからだ。
「それは、……その…」、アクエラは身体をブルブルと震わせ、それは評議委員からも分かるほどだった。
「アクエラ、正直に話せ。」、とエルメラは慎重に言葉を送った。アクエラは議長壇の方を向いたが、その顔は引き攣り、まともな表情ではない。
「政務執行局の命で……、成員培養棟の霊子スピリットディスプライザーを、……起動しました。」
議会は一気にザワついた。
ここで議会監視委員より声が発せられ、議会は中断、各人は霊子感応を遮断された後、アクエラ本人と委員全員が警護の憲兵を伴い、直ちに成員培養棟の視察に赴く。
◆
都市セイルの下部にある成員培養棟では、引き続き霊子の魂の降霊が行われていた。祈り始めて、もうどのくらい経ったのか、自身の感覚が麻痺して行くような感覚をエディは感じていた。
(何時間経ったのかしら……、もう集中力が持たない。)
横で座っている果南は姿勢を崩すことなく祭壇の方を向いたままだ。彼女の目は何かを期待するように輝いていた。
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ディスプライザーの監視を行っていたクライシストの局員たちは、ライザー内の霊子エネルギーの高まりを確認した。祭壇横にある制御モジュールに居た彼等は祈りに没頭するロタたちの霊子感応グラフを見る。祈りの積算エネルギーをディスプライザーが発生するエネルギーは超えようとしていた。
「そろそろ来るぞっ!!」、と局員は周りの者に言った。
「承知した! 入力が降霊完了レベルに入ったらライザーの霊子交感器(降霊アンテナ)を閉じる。ライザーの開放カウントを始める、……カウント0.1ホーラ(約6分)……」
その状況の中、突然評議委員たちが憲兵を伴って現れた。その中に居たアクエラは憲兵に手を後ろ側に回され拘束されていた。
「アクエラ主任っ!! これは一体……、何だっ、お前たちはっ!?」、と局員は叫んだ。
「降霊を中止せよっ!!」、と叫ぶ議長のエルメラ。
その声にロタと果南以外、祈りを止めエルメラの方を向いた。
評議会監視委員は培養棟に居たクライシストの局員と律法義委員たちを拘束した。
「現場は押さえたっ! お前たちは最高評議会の議決を得ないまま、勝手に霊子スピリットディスプライザーを稼働させた、これは承認を得ずに次元探査計画を遂行したに等しい!……どうされますか、メトセラ副議長?」、監視委員は最高評議会次席のメトセラに聞いた。
「……これを主導した者はサンヘドリンの政務執行局だな。長官のエステルの拘束とサンヘドリンの全機構を停止するっ! 最高評議会緊急措置条項、第四条を発動する!!……、エルメラ、お前の議長権はこの問題で保留、副議長の私が代行する! 勿論、お前にも聞く事がある。」
その場に居た者は全員拘束された。ボディスーツのブレスレットを外され裸にして空間転送を出来ないようにした。ロタと果南も座っていた席から引き上げられ、同じようにされる……、エディは叫んだ。
「やめてっ!! この子はまだ幼いのよ!」、だが、監視委員にはエディの言っている事が理解出来なかった。
全員が引っ張られる中、クライシストの局員は制御モジュールから離れる前にチラッとディスプライザーの降霊グラフを見た。グラフは既に臨界に達している…
(機器を停止させないとオーバーロードしてしまう!)
制御モジュールに手を伸ばそうとしたが、監視委員に引っ張られ届かなかった。
◆
その頃、志門たちは自分たちの部屋でミカと娘の果南、エディとネフェリーが帰るのを待っていた。余りに時間が掛かるので始もネフェリーの事が心配になった。
「風早教授、遅すぎますよ、これは……、何か有ったんじゃないですか?」、と志門の家族スペースへ入ってきた始は言った。志門は腕を組み、目を瞑ってウウーンッと唸った。
「確かに……、だけど此処では時間の掛かる事も有るからね。」、と志門は返す。
「教授、此処で言うところのクロスライザー(交感器)で呼び掛けたんですが誰も反応が返ってこないんです。」、始はそう言うと不安げな顔に汗を浮き上がらせた。
始の妹の望美も不安を感じていた。
(ミカさんやエディ、まだ小さい果南ちゃんも居るのに…)
志門の両親、来門と静香も苦虫を噛み潰したような顔で腕組みし、俯いていた。




