『カインの使者』第三部第19章「概念と事象」
志門たちの居るマーナの部屋に飛ぶロタ。其処ではマーナとの間に子供を作った志門とミカやその両親の来門、静香たちの一触即発の緊張状態が起きていた。この状況をある程度、予想していたロタは聖典を引用しながらアベルとカインの生活や社会概念を説明し彼等を諭す。
一方、イズハヤの船は消失し、物質化して人の形に固定されたイズハヤ本人は、余りの取り乱しようでサンヘドリンの憲兵に拘束される。アクエラから報告を受けた政務執行長官のエステルは直ちに都市セイルの霊子エネルギーの実態調査を彼女に命じた。
『カインの使者』第三部第19章「概念と事象」
ロタは直ぐにアクエラの下へ飛んだ。アクエラが居たのはマーナの部屋、そこで見たものは……
「アクエラ、直ぐにイズハヤの船の所に飛んでくれ! 大変な事が起きている。……何をしている?」
ロタが見たのは志門に襲い掛かろうとしているミカを押さえる来門と、それに怯えて抱き合っているマーナと志門、手で頭を押さえて困っている静香とそれらを冷めた目で観ているアクエラだった。
「ミカさん、落ち着けっ!! 私も頭がどうかなりそうだが、先ず話し合うんだっ!」、と来門は叫んでいた。
「志門っ、志門っ! 私は貴方のそうゆう所に目を瞑ってきた、だが、もう許さないっ!! お前を殺して私も死ぬっ!!」、喚くミカの横で果南は泣いていた。
「戦争ダメ……ママ……やめて…」、泣いている果南の横に膝を崩し、心配そうに覗き込む静香は志門の方へ向き直り大きな声を発した。
「志門っ、アンタのやった事……、どう責任を取るつもりなのっ!!」、母の静香の声に怯える志門は言葉さえ出なかった。
「まったく、お前たちは同じ系譜の者だな。愚かな似たもの同士だ、……ん、居たのか、ロタ。こっちは見ての通り忙しい。」、今気が付いた用にアクエラはロタに言う。
「この大変な時に……」、ロタはフウウーッと大きな溜息を吐いた。そして全員に対して声を上げる、それは思考を貫通するような真実な言葉だった。
「止めないかっ!! ヤーワァ(神)の聖名に於いて全員、手を下ろせっ!」、ロタの言葉に全員が彼女に目を向け動きを止めた。
「そのままだ、動くな!」、ロタは言うとアクエラに急ぎイズハヤの所へ飛ぶよう命じた。アクエラはチッ!と口を鳴らすと言われた通りその場から消える…
アクエラが消えたのを見るとロタは残った志門たちに言う…
「マーナが志門と子供を作った事で揉めているのだな、私には分かっていた。だから私は来門に忠告したのだ、前の世界線ではないと。それと此処はカインだ、地上ではお前たちがやった事は許されないだろうが、此処では別だ。そうでないにしても来門、静香、ミカ……、お前たちが志門を許すなら志門のやった事(罪)も消える。もし許さないのなら、ここに居る全員、私も含めてヤーワァは許さないだろう!……志門、マーナ、事態は理解している、言い開きをしろ! 本来ならサンヘドリンの最高法廷へ全員送るところだが今は緊急事態だ、時間が無い。律法義委員の責任者である私が直接裁く!」
志門は言いあぐねているとマーナが先に口を開いた。
「志門は悪くない! 志門を誘ったのは私だ。私は……都市セイルが現在の空間に飛ぶ前、自身の仕事に喘いでいた。いや、もう心は折れていた……、私は地上で志門やミカと一緒に暮らしたから、それがどんなに二人に、……いえ、志門の御両親にも迷惑が掛かるかもわかっていたわ。……でも、……自分の気持ちを抑えられなかった。」、とマーナ。
「悪いのは僕だ、お姉さんは悪くない! 僕はお姉さんが好きだったっ! だから中で出したんだ…」、志門が割り込むとミカは顔を真っ赤にし目を吊り上げる。その頬には涙が伝っていた…
「志門っ、私は貴方のために果南まで産んだのにっ!!」、っと凄むミカ。ロタはお前は黙れっと一喝した。
「これがアベルの概念の限界で進歩の足枷でもある……、私やアクエラも志門としたいと思っている。アクエラ、彼女に至っては志門と子供を作りたいとまで言った。しかし、彼女には何の気の咎めもない。平たく言えば悪い事だと思っていない。何故そうなるのか解るか……」、とロタは全員に問うた。
「生活概念や文化特性の違いだろう。」、と来門は言ったがロタは浅いっと言って返した。
「聖典が記される遥か太古では、まだ人間の身体は完全さを保っていたんだ。身体の不完全さの加速で現在の地上の一夫一婦制は、近親交配による遺伝情報の変質劣化を防ぐ手段として定着したのだろう、表向きは女性の嫉妬を抑えるためと言っているところも有るが……、カインの成員は人工培養で何種類かの型に分けられ作られている。また、霊子技術を用いたボディスーツ等で身体で発生する不具合は完全に抑えられて健康を維持している。カインの成員の寿命は地上のアベルと比べて遥かに長い。そしてカインは”種“としての概念を一貫している。成員や子供を作る事は種の存続として捉えている、地上でも同じ事が言えるが問題はその幅だ。個人か、全体か……、カインはそれに対応するための制度と技術を持っているがアベルは無い。要約すると、こういう問題が起きるのは概念の固定化と対応する技術の圧倒的な遅れだ。」、とロタは毅然として言った。
「………もう少し柔軟に思考しろと言うのかね。しかし何で君たちは志門とそんなにしたいんだ?」、と来門。
「男性としてカインの前に現れたのは志門が初めてだ。彼はアベルとして初めて次元探査計画に参加して結果も出している、見た目も普通だし何より私達に男性との接し方を教えてくれた……、前にループストライカーの中で皆を抱いて回ったよな、志門。」、ロタは志門の方を向いたが志門は増々困った顔になった。
(ロタお姉さん、火に油を注ぐような事は言わないでっ!)、と志門は思った。
果南の側にいた静香は腰を上げ、志門に進むとマーナから離れて立たせ、次に彼の頬を打った。
「おっ、母さん…」、と志門は打たれた頬に手をやり呟く。
「前の世界でお父さんがマーナさんと良い仲になった時、私は止めなかった。今が夢の中と思っていたから………、新しい世界でそれは確かに夢になった。新しい世界を創ったのは志門、貴方なのよ。責任を取りなさいっ!!」
「どうしろと……、母さん。」
「新しい世界を創りなさい!! 今居るこの世界を変えなさい!」
そう言うと静香はミカと来門に強く言った。
「終わりよっ、貴方たち! これ以上の争いは私と孫の果南が許さないっ!!」
殆ど気迫でその場を治めた静香を見て、ロタは一先ず安心した。
◆
一方、イズハヤの船がある現場でアクエラ他、クライシストの空間技術者とエステルたちが話し合っていた。イズハヤはその取り乱し方が余りに異常で自身に爪を立てたり打ち叩いたりするためサンヘドリンの憲兵によって抑えられていた。船から降りてきた時のような強力な霊子感応能力はもう無かった。また、イズハヤの本体とも言うべき船は消失していた。
現場にはイズハヤの他、乗ってきた望美とエディ、その兄の始とネフェリーも呼ばれた。
「これはマズい、非情ぉーにマズい事だ。イズハヤの船の意識は人の形を取って本来の船の形は消えた。これの意味する所は都市セイルの霊子エネルギーが物質に置き換えられて行く事を示唆する、……エステル長官、我々はこの都市内から永久に外に出られなくなる!」
アクエラの報告を聞いたエステルは事の重大性に顔を俯け、額から幾筋もの汗を垂らした。
「意識の物質化……か。我々はアベルから逃げてこの空間に到達した、アベルは追って来れない。しかし我々はこの空間に幽閉された……、僅か15ファーロングの世界にだ。外部からの知見も得られない! これは人としての生き方には当てはまらない!!」
「エステル長官、我々は都市をこの空間へ移行させるために殆どの霊子エネルギーを使い果たしました。ネフェリーのカインの剣も移行後に蒸発消失しています。勿論、ループストライカーも動きません。」、とアクエラは悲痛な面持ちで言った。
「アクエラ、都市内の霊子エネルギーの確認と、もう一つの、……志門がアベルから奪取した霊子物質の剣があった筈だ。剣の名前は何だったか……?」、エステルが言うと取り巻きに居たエディは進み出て彼女に言う。
「”ヒヒイロカネ“です。」
「それだっ! アクエラ、状態を調べてくれ、急いでっ!」
「承知しました!」、アクエラが技術者数名を伴って消える前にエディは私も行くっ!と言って彼らの中に入り一緒にその場から消えた。
その後、ロタが志門たちを伴って現場に現れた。




