38 潜るようです。
この間初めてゴキ様を見た。
カサカサカサ……。
「そうでもないような気がする」
「とりあえずダンジョンですダンジョン」
僕は今、腕にひっついて眠っている駄虎はともかくとして、レイの二の腕の筋肉を撫でさすりながら、そう言い募る。
レイの上腕二頭筋が、いやそれより僧帽筋も、むしろ腓腹筋もいい。要するに筋肉が美しい。耳や尻尾はより一層魅力的ではあるが、人がいる時に触るのは禁止された。悔しい。
「で、メンバーはどうするんだ。いつものようにルリエも一緒なのか?」
「バカ言わないでください。ルリエを連れているとダンジョンにボスすら湧かなくなるそうです」
「……あいつ魔王だったんだっけ。なら納得だな」
ダンジョンとは、魔力が凝り固まってできたコアが存在する、大きなモンスターのようなものであり、それ自体が魔物とも言える。
要するに、魔王であるルリエより魔力が多いダンジョンはほぼありませんということだ。
覚えているだろうか、まずルリエがいると魔物がよってこないという話を。ド◯クエでレベルが下の敵が逃げるのに似ている。
同様にルリエがいることで、ダンジョン自体が怯える可能性が高い。腹の中に原子爆弾を抱えているようなものだから、自己崩壊すら起こしかねないのだとルリエは語っていた。
……うちの魔王様超チートなんですが?
「ルリエがいないと割と危ないんですけどね、このダンジョンの難易度から言って」
「お前はスルースキルとかあるけど、お前自身の腕は『B〜C冒険者』くらいだし、俺も一応装備でゲタ履かせてるとはいえBランカーだしな。ダンジョンは『夢幻の迷宮』ってAランクのもんだしな」
二人揃ってため息をついた。
「まぁ透は大丈夫か……そんな気がする」
「僕もまあ、そんな気がしますね。ええ、レイ…は、なんというか、しぶとく台所の黒いあいつのように生き残りそうです」
「ってなんだよそれ?台所の黒いあいつ?誰だ?」
「黒くてかてかとした脂ぎってさかさかとした動きをする……まさかいないんですか?こっち」
「分からんな……ちょっと絵を描いてみてくれよ」
僕は画伯とよく言われている。
頭で考えたことが形になる。ものづくりのスキルはとてもありがたい。
だからと言って、手がその通りにしっかりとデザインをかけるかといえば、そうではないけれど、割と個性的な絵だとみんなは褒めてくれる。
現代美術の分野では、トップクラスの画力だと褒められた。
……みんな顔が引きつっていたけれど、上手すぎたんだと思う。
「えーと、これがこうで、こんな感じの……いますよね?」
「そっちの世界って……こんな化け物がいるのか?」
失敬な。黒い装甲をまとっている丸くて触覚がぎゅピーンと伸びている、飛んでいる場面のあいつを描いただけなのに、なんという言われようか。
「え?このどこを見て化け物と言えるんですか?虫ですよ。僕はこれを見ていっつも阿鼻叫喚のごとく叫んでましたけどね……」
「いやいやいやこの絵を見て阿鼻叫喚にならないほうがおかしいわ。お前大丈夫か?」
「あー緑茶美味しい……」
「って話聞けよ⁉︎なんで一人でティータイムしてんだよ‼︎」
「あ、レイもどうぞ」
「お、おう?……緑茶うめー……」
「じゃねぇ⁉︎俺はなんて罠に!!!!!」
「あ、お煎餅もありますよ。カレー抹茶チョコ味」
「さ、三種類の味だよな?そうだよな?そうだと言ってくれよ?」
「……ふふっ……シェル、あーん」
「むにゃ……食べ物の匂い?あーんして……あーん⁉︎い、いただきます!スパイシーでなぜかお茶のような香りにまろやかな苦さ、そしてねっとりと粘つくような甘味ぐぼぇあ⁉︎」
床に崩れ落ちるシェル。僕は眉を顰めた。
「床におせんべいが落ちちゃったじゃないですか」
「もっとやばいもんが色々落ちてるからな⁉︎シェルとかシェルの意識とか!」
「……食べますか?」
「今のやり取り見せて本当に食うと思ってんの?お前って実はバカ?」
「食べて欲しそうですね。サービスで納豆きつねうどんミント味をサービスしましょうう」
「よ、よくわからんがなんかマズイことだけは理解できる!二重に!」
じりじりと壁際に追い詰めていく。おせんべいを扇のように広げた形で両手に持って、僕はにこやかに笑う。
あ、表情筋攣りそうだ。口角を2ミリあげただけでこんなものか。ヤバすぎる、脆弱な表情筋。
「アハハ、待ってよー」
「砂浜で遊ぶカップルみたいなセリフだなおい⁉︎無表情で言うな!怖いわ!」
失敬な。
「つかまえてごらーん」
「って追いかける側が言うのかよ⁉︎絶対に捕まえてたまるか!」
「捕まえた方にはもれなくお煎餅の詰め合わせセットを」
「いらねー!!!!激しくいらねぇええええ!!!!!」
じり、じり。僕は計算してレイが逃げられないように角へ追いやっていく。レイは思惑通り引っかかってくれるので、割と楽しい。
気分はまさに漁師である。
「ここはどこ……オハナヴァタケが見えるぅ……アハハハハハハ………」
「シェルさんも美味しすぎて昇天したようですね」
「理由だけ違う!」
カサッ。
カサカサカサ……。
「あ、ジェロラ……って透?どうしたそんなおばけでも見たような顔して?」
「じ、じぇろら……?ど、どう見ても、」
群青色の御器齧り様じゃあないでしょうか?
身体中の立毛筋が稼働している。脳みそが全力で警報を出して、僕は涙目である。
「い、イヤ……こ、こっち来るな……ごめんなさい……助けてレイ……」
「え?な、なんだよいきなり……ジェロラが苦手なのか?」
そのあとレイにきっちり始末(という名のお外にポイ)してもらった。御器齧り様ならぬジェロラは腐肉を食べゾンビの発生を抑えてくれる益虫だとあとで教えられるも、僕の震えは止まらず。
飛ばないと聞いたことが、唯一の救いだった。
「レ、レイさんこれは武者震いです。そう、ダンジョンにアレが生息している情報を聞いたからじゃあありませんよ……アハハ……」
「はいはい。どうでもいいからレベル上げすっぞ」
こうして、周囲に紫色の霧が漂う石造りの塔らしきダンジョンへと入り込むことになったのである。
が。
「い、いやあああああああ!!!!!出たあああああああ!!!!!」
「ちょ、うわこっちに剣向けんな⁉︎あぶねぇだろうが!!!!!」
……ダンジョン一階のクリアは、まだまだ長そうである。
個人的には、チャバネまでなら戦える。




