旅人よ、自らを省みる時を大切にせよ‐4
嫌な雨であった。
先程までの雨は大分緩やかになり、しかし、僅かばかりの雨粒がヘッドライトに照らし出されていた。それでも時間と共に纏わりつく雨粒は中々に鬱陶しい。時折ヘルメットのバイザー部分を拭う彗一の動作は少々荒々しかった。
『ジャパニーズ・ツユってやつなのかしらねえ』
「さあて、ねえ……」
只の雨ならば、それでよかった。露の忘れ形見とでも思えばいい。しかし、と彗一は眉をひそめる。
この先進んでいくと猪苗代湖の近くを通る。湖とは、周囲から流れ込んでは来るが、出ては行かない停滞した巨大な水の集合体である。流水はその場の良くないもの――人の情念やそれが凝縮し“澱み”とまでなった負の要素――を洗い流してくれはするが、しかし。例えばその先が、巨大な湖だとしたら。
そうして唐突に。彗一が最も忌避する可能性を示唆する現実に直面してしまった。
『なによ、あれ……』
「澱み、瘴気、穢れ……。言い方は色々あんけどな、とりあえずまあ、」
人間が垂れ流したクソみてえなもんさ。正面に見える薄紫色の靄を前にして吐き捨て、彗一はハンドルを傾ける。本来予定していたルートでは猪苗代湖付近を通るものであったが、ここまで成長してしまった“澱み”の真っただ中を突っ切るのは避けたい。多少遠回りになったとしても、安全パイを選ぶのは正しい選択である。護衛中、という大前提を加味すれば尚更に。
しかし――、
『ちょっと、何遠ざかってんのよっ』
守られる側はそうでなかった様で。アルヴィナンテは彗一が猪苗代湖、ひいては現在進行形で肥大化する“澱み”に突っ込み、あまつさえ解決してしまう――そんな未来を予想していた様なのだ。掴む操者の腰を揺らしながら、彼女は言う。
『オンミョージ、なんでしょあんたはっ。なのになんで、』
行かないの。続くであろう言葉を彗一は遮る。
「――あれだけ育った“澱み”を単身でなんとかってえのは無茶だで。ってえか、揺らさんでくれよ危ねえ」
あくまでも淡々と返事をする彗一。この街にも退魔師は駐在している上に、下手に手出しをしようものなら、こちらの知らない場所で進んでいた下準備の妨げになりかねない。そうなった場合に出るであろう被害の規模など考えたくもない。
そう説明しようとして――絶句。
「ちょっ、おまっ! 何やってんだよっ」
ちら、と伺った後ろではアルヴィナンテがヘルメットを外し、立ち上がっているところであった。
『決まっているでしょ。行くのよ、あそこに』
耳に届いたその言葉を最後に、とん、と軽く足元を蹴り宙へと舞い上がる。そうしてそのまま、高所を足場に靄掛かる猪苗代湖の方へと跳躍して行く。その後ろ姿は彗一の静止を歯牙にもかけず、直に霧雨で見えなくなった。
その様子を苦々しげに眺めていた彗一は暫しの黙考。脳内で有効な術式のリストアップ及び、展開準備を始めていく。不幸中の幸いとでも言うべきかこの土地の退魔師は確りと仕事をしている様で、こういった湖で定期的に行われる“澱み”払いに用いられる術式の気配が感じ取れる。しかし、だからと言って何の下準備もせずに突っ込んで無事でいられる程に状況は甘くはない。
限界一杯にまでアクセルを捻りながら、探査の術式を展開。対象はアルヴィナンテ。そもそもが吸血鬼等という力を持つ種族なのだ、余程周到に準備時ない限りはその気配を完全に消し去るのは中々に難しい。案の定、大した時間もかけずに見つける事が出来た。想定外といえば、彼女が既に猪苗代湖の湖岸にまで到達してしまっていた事だけである。
会社「土日祝祭日が休み! 素晴らしい会社でしょう?(休めるとは言っていない)」




