第一章 魔女狩りのセイラム④
すぐさま通りを駆け抜け、屋根の上を跳ぶように進むカイトを追う。そうしてほぼ同時に正門に着いたが、その頃にはあらかた決着がついてしまっていた。
「なんだ、もう終わりかけか」
街を囲む壁には内側に足場がついており、祓魔師たち――下級のそれは兵士と呼ぶほうがふさわしいが――がそこから外に向かって弩弓を射掛けている。
人数にしておよそ一二〇名。旗印は大団長の直属部隊にあたる第一師団と、市街地防衛を主な任務とする第四師団、その両方が掲げられている。
それを率いる金髪の青年はシャルロットに気づいて親しげに歩み寄った。
「やあ、シャルロット。君も来てくれたんだね」
「今は公務中です。ノエリア師団長とお呼びください、コラス師団長」
「ははは、今日も今日とてお堅いな」
シャルロットも苦言は呈しつつ気安い様子で応え、カイトに青年を紹介した。
「こちらは私の従兄で、第四師団の師団長を務めるリュシアン兄様です」
「リュシアン・コラスだ。もしかして君が噂の旅人かな? 従妹が世話になったそうだね」
リュシアンが自然に差し出した右手をカイトも握り返す。
「風間海渡だ。カイトって呼んでくれ」
「よろしく、カイト。シャルロットを救ってくれてありがとう。さて、じっくり旅の話でも聞きたいところだが、もう指揮に戻らねば。今度また夕食にでも招待させてくれ」
「ああ、楽しみにしとく」
リュシアンが去っていくのと入れ替わるように、今度は見知った顔が近づいてきた。
「我輩とコラス師団長の部隊がたまたま正門近くにいたので対応した。不幸中の幸いだな」
「お、ヴァンフォートさんもいたのか」
リュシアンとヴァンフォートの指揮は的確だったらしく、門に押し寄せた生屍はすでにほとんどが討伐されていた。残ったわずかな生屍も弩弓に足を破壊され、滑らかな壁を登ることもできず地面をのそのそと這いずるのみ。カイトもその手腕に思わず感嘆した。
「なるほどなー、あれでもう壁を越えられないわけだ」
「左様。それに彼奴らは日光に弱い。ああすれば森に帰ることもできず朝日に焼かれて滅ぶのだよ。カイト殿も加勢に来てくださったとなれば百人力だ」
「はは、必要なかったみたいだけどな」
最後の一体が地面に這うと、あとは正門を力なくひっかく音だけが響く。伝令から掃討完了の報告を受けてヴァンフォートは小さく頷いた。
「片付いたようだ。怪我人もいないようで何よりだ」
折しも、戦いが終わったことを知った住人たちがおそるおそる様子を見に来た。カイトは「みんな喜んでるぜ」と気楽なことを口にするが、現実は違っていた。
「いつまでこんなことが続くの?」
怯えきった目でヴァンフォートに尋ねる住人が一人。中年の女だが、何日も満足に眠れていないのか目の下には濃い隈ができている。
「化け物が出るようになって一月以上よ。夫は壁を作り直す工事に、息子は衛兵に駆り出されて、なのに夜も落ち着けない……。こんな生活にいつまで我慢すればいいの」
「十三師団が原因の特定に全力を挙げております。必ずや突き止めて解決しますので、我々にお任せを」
ヴァンフォートは女性に正対して丁寧に説明するが、彼女の表情は変わらない。
「原因なら分かり切ってるじゃない。あの女よ!」
語気が次第に荒くなる。それに触発されてか、あるいは『あの女』に反応してか、周囲の住人たちも声を挙げ始めた。
「そうだ! いつまで奴を放っておく気だ!?」
「あの『魔女』が犯人だって新聞も書いてるだろ!」
「殺してよ! 『マドレーヌ』を!」
昼には笑顔を見せていた住人たちが、まるで別人のような剣幕でまくしたてている。戸惑うカイトにシャルロットは小声で耳打ちした。
「森を抜けた先、湖畔の古城にマドレーヌという女が住んでいます。時折セイラムへも生活必需品などを買いに来るそうなのですが……。以前から色々と噂がありまして」
「噂って?」
「『魔術師』の生き残りだ、と」
かつてセイラムで非道の限りを尽くし、ヴァンフォートらに殲滅された『魔術師』。その生き残りならば生屍のような怪物を生み出せても不思議はない。
そんな噂がまことしやかにささやかれているとシャルロットは緊張した様子で語る。
「生屍が湖の方角から現れること、このところマドレーヌが街に姿を見せないこと、生屍が現れるようになる前に湖付近で立て続けに行方不明者が出たこと……。
湖への道に落ちていた奇妙な金属棘が魔術の道具だと言い張る者もおり、彼女を疑う者は日に日に増えているようです。
市民だけでなく、祓魔師の間でも」
「魔女疑惑の女か……。シャルロットは会ったことないのか?」
「ええ、最低限の用事を済ませたらすぐ帰ってしまうらしくて」
「ならヴァンフォートさんは? あの人は『魔術師』を見分けられるんだろ?」
「大団長は『魔術師』ではないと。『魔術師』がセイラム近くに住み続けるとは思えませんし、これまでも実害はありません。ですので、師団は放置してきたのですが……」
「住民としては不気味で仕方ない、か。『魔術師』ってのは本当に怖がられてるんだな……」
増え続ける生屍と、手をこまねくばかりの祓魔師たち。
不安と不満は募り重なり、やがては爆発する。その時は目前まで迫っていた。
「あんたたちがやらないなら、私たちでなんとかするわ! 犯人が分かってるのに見てるだけなんて馬鹿馬鹿しい!」
「生屍のせいで他の街との商売もできねえ! このままじゃ先に飢え死にだ!」
「他の街区の男共にも連絡しろ! 日が昇ったらマドレーヌの古城に乗り込むってな!」
「やめろとは言わねえよなヴァンフォートさん! いくらあんたでも聞けねえよ!」
その熱狂は市民に留まらず、祓魔師にも同調する者が出始めている。
ヴァンフォートとしてはここで止めねばならない事態。何か言おうと口を開くが、先にシャルロットが動いた。
「私がマドレーヌを捕縛して参ります!」




