第一章 魔女狩りのセイラム③
用意された宿は街の中心部近くに建つレンガ造り三階建ての建物。
隊列が到着すると正装した初老の支配人がうやうやしく出迎え、レオナルドたちを中へと案内した。
床には赤い絨毯が敷き詰められ、空気を吸い込めば胸に香油の匂いが満ちるそこは、普段は街の来賓が滞在するための施設だという。
「必要なものがあれば言いたまえ。可能な限り用意しよう」
ヴァンフォートも多忙な身らしく、それだけ言って街の中心部にある師団本部へと帰っていった。シャルロットもレオナルドたちに敬礼してヴァンフォートに追従した。
「私も一度本部に戻ります。また後ほど、御礼の品を持参してもよろしいでしょうか?」
「礼なんかいらねぇよ。この宿だけで十分だ。街でもいろいろ押し付けられたしな」
「そうそう、一フロアがまるごと部屋になってるスイートルームなんてめったに泊まれるもんじゃないし! もう天井が高くて高くて気分も豪華!」
生屍に脅かされる街に来賓などおらず、宿は貸切状態だ。贅沢に二階を女子部屋、三階を男子部屋として使っている。なお、ガーカスはオスだがフィリアに付き添って二階だ。
「それは師団と街からです。命を救われた私個人として、きちんと御礼と……狼藉を働いたお詫びをさせていただきたいのです」
譲らない様子のシャルロットに、シフィナもお手上げといった様子で苦笑いするしかなかった。
「いいじゃない。せっかくだしいただきましょう」
「ありがとうございます。では、また後ほど」
そうして別れたのが昼過ぎの頃。
なるべく早く……とは思えど、シャルロットも師団長として職務に追われる立場。
なかなか時間は空かず、宿に顔を出せたのはすっかり日の暮れた後だった。謝礼の品を入れたバスケットを手に三階まで上がるとちょうど目当ての顔と出くわした。
「レオナルドさん、こちらでしたか。お約束した通り御礼に伺いました。どうかお受け取りください」
そう言ってバスケットを差し出すが、挨拶された方は一瞬きょとんとして笑い出した。説明の代わりに若草色のゴーグルを取り出してかけてみせる。
「あはは、違う違う。俺だよ。レンじゃなくてカイトの方な」
「え!? し、失礼しました!」
「まあ無理もないわな。ゴーグルがないと完全に同じ顔だし。ん、なんかいい匂いするな?」
バスケットを受け取ってみると、中には上物のハムが整然と詰まっていた。カイトは思わず歓声を上げる。
「うお、うっまそ!」
「本来なら宝石でもお贈りすべきところですが。礼など不要という相手に高価な品は避けるべき、旅の邪魔にならない消え物がよい、と大団長に指導されまして」
「ヴァンフォートさんグッジョブすぎる! 俺もレンもこっちの方が嬉しいぜ!」
「喜んでいただけたなら何よりです。あの、失礼でなければお尋ねしたいのですが……。カイトさんとレオナルドさんは双子なのですか? それにしてはずいぶんとお名前の響きが違うように感じるのですが」
「カイトでいいって。ま、そりゃ気になるよな」
レオナルド・ヴェルメーレンと風間海渡。名前も装備も文化的に大きく隔絶しているにもかかわらず、顔は全くの瓜二つとあっては異様という他ない。カイトにも自覚はあるらしくどこか困ったように笑っている。
「同一人物なんだわ、俺とレンは」
「はい?」
「シャルロットは並行世界って聞いたことあるか?」
聞きなじみのない単語に、シャルロットは首を横に振る。
「いえ、初耳です」
「例えば、シャルロットは俺らにハムをくれたろ? けどもし、ちょっとしたすれ違いでヴァンフォートさんに何も言われなければ宝石を持ってきてた。そうだな?」
「ええ、おそらくは」
「ここはシャルロットがハムを用意した世界だ。それとは別に、宝石を用意した世界もあるっていうのが『並行世界』の考え方だ」
「理屈は分かりますが、その仮定になんの意味が……?」
「普通はない。だが、もしも並行世界を行き来できるとすれば? それもハムか宝石かなんてスケールでなく、もっと根本的なところで分岐した世界同士で」
シャルロットも十五歳で師団を預かる才媛。カイトの突拍子もない説明に戸惑いつつも、数拍考えてカイトの言わんとしていることに気が付いた。
「……まったく別の国で、まったく別の人生を歩んだ自分に会えるかもしれない、ということですか」
「そういうこと。俺とレンはそういう関係なわけ」
「まさかそんな……。いえ、もしかして、初めに皆様が現れた銀の門。あれが世界を行き来する手段だと?」
「飲み込みが早すぎて怖いけど正解。つってもフィリアの負担もでかいし、次はもうちょっと考えないとな」
どうしたもんかと考えるカイトに、シャルロットはただただ驚くしかない。およそ自分の理解を超えていることを感じつつも、新たに湧いた疑問を口に出さずにはいられなかった。
「そうまでして、なぜこのセイラムに? 皆様の目的は何なのですか?」
「それは……説明が難しいんだが……」
カイトが口ごもる。偽証を見破るシャルロットの目にも、それが何かを隠そうとしているわけではなく、本当にどこから説明していいか分からないことが見て取れた。
だがカイトがその回答をひねり出す前に、外からのけたたましい音が二人の会話を遮った。シャルロットは天井を見上げて叫ぶ。
「この警鐘は、生屍の襲撃! 失礼します!」
カンカンと鳴り続ける鐘の音に混ざって住人たちが騒ぐ声が聞こえてくる。短く敬礼して廊下を早足で歩き出したシャルロットを、カイトも慌てて追いかけた。
「俺も手伝う! どっちだ!?」
「正門の方です!」
「分かった! 先に行く!」
言うが早いか窓を開け、カイトは迷わず飛び降りた。
シャルロットは慌てて窓に駆け寄って地面を見下ろす。が、カイトには水を噴射する特殊ブーツがあるのを思い出して目を上げた。
屋根の上を駆けていくカイトは、夜闇に紛れて地上の住人たちからは見えていないようだ。
「ブーツにあんな使い方も……。いや、感心している場合ではない!」
急いで一階に降りると、気を利かせた宿の者が引いてきてくれていた馬に飛び乗った。




