第一章 魔女狩りのセイラム②
「見えました。あれがセイラムの正門です」
馬に分乗して森の中を進むことしばらく。
先頭を往くシャルロットが言うや、深い森が切れて視界が開けた。まず目についたのは木と石でできた長い壁。家屋の背中を並べて防壁としており、隙間は丸太壁で埋められている。
家の壁も丸太も表面がなめらかに整えられているのは生屍がよじ登れないようにする工夫だろう、とカイトは分析した。
「人間相手ならトゲトゲをつけてもいいが、生屍じゃ逆に登ってきそうだしな」
「おっしゃる通りです。以前は野盗や『魔術師』に備えて突起を付けていたのですが、生屍の出現以降は表面を磨く方法に変えました。それもヴァンフォート大団長の発案です」
「ねえ、あの文様みたいなのは何?」
シフィナが防壁の一角を指差す。そこには十字と円を組み合わせた図案が描かれている。
「悪魔除けの印章です」
「悪魔?」
「ご存知ありませんか? 人の心に巣食って妬み、嫉み、憎しみなど悪しき感情を抱かせ、時に命すら奪う邪悪な存在です」
「それはなんとなく分かるけど、あんなにいっぱい描く必要あるかしら?」
防壁には大人の背丈ほどの間隔で同じ印章が描かれている。
かなり手の込んだ図形であり、街をぐるりと囲む壁全体に描かれているとすれば相当な手間だと想像はつく。
「一ヶ月ほど前まで、セイラムは悪魔による侵攻を頻繁に受けていました」
「侵攻って、そんなにはっきりと攻めてくるものなの?」
「もちろんです。悪魔とはそういうものでしょう」
「こっちの悪魔ってそうなのね……」
生屍が発生するようになると、入れ替わるように悪魔は現れなくなった。
理由も原因も分からない以上は対策を放棄するわけにはいかないと、ああして防壁に悪魔除けを施しているのだという説明に、カイトは納得したように小さく頷いた。
「なるほどな。祓魔師といえば悪魔祓いの仕事なのに、なんで生きた屍を相手に戦ってるのか疑問だったが、そういうことか」
「はい。我々はこれまで悪魔祓いを主な任務としてきた組織です。
しかしその本質はあくまで民を守ること。相手が生屍になって少々勝手が変わろうと、見て見ぬふりをするわけには参りません」
木製の分厚い門をくぐると目抜き通りに出た。広い通りは石畳で舗装され、様々な商店が並びながら街の中心部まで続いている。
「けっこう賑わってるわね」
「だな。それだけ向けられる視線も多いってことだが」
レオナルドの言葉通り、道行く人々が一行を見ては口々に噂しあっている。そのうち、中年の男が意を決したように近寄ってきた。
「あ、あんたがたがシャルロットを助けてくれたって本当か?」
「あー、別に……」
「はい、彼らで間違いありません」
「そうなのか! いやあ、ありがたい!」
噂はひと足早く広まっていたのだろう。シャルロット自身が肯定したことで事実と分かり、住民たちが一斉に押し寄せてきた。
「シャルロットはセイラムの星だからな!」
「みんなずいぶん変わった格好してるな。田舎者か?」
「これ、うちの店のパン! 持ってって!」
最年少で師団長を務めるシャルロットはセイラムの民にとっても特別な存在。好き勝手なことを言いつつも、皆笑顔でレオナルドたちに感謝を述べていく。
そんな称賛には興味がないのかレオナルドは前だけ見て進み続け、カイトは笑顔で一人一人対応する対照ぶり。顔は同じで対応は真逆とあって人だかりもカイトに集中していく。シフィナやチックも同様に野次馬に囲まれて色々と押し付けられている。
そんな中、赤いスカーフを巻いた幼い少女がレオナルドに小さな包みを差し出した。
「お菓子焼いたの! 食べてくれる?」
「渡すなら俺よりカイトにしとけ。俺は気の利いたこととか言えねえから」
「あなたもシャルロットお姉ちゃんを助けてくれたんでしょ? なのに何ももらえないのは不公平よ。同じ赤好きのよしみで私があげるわ」
「……めんどくせえガキだな」
そう言いつつも包みを受け取り、クッキーを一枚口に放り込む。
「おいしい?」
「あー、素朴だが丁寧なお味で……やっぱ洒落たこと言えねえわ。まあなんだ、うまいよ」
「そう、よかった! 私、壁の家に住んでるの! あなたが帰る時も見送りにいくわ!」
笑顔で手を振り去っていく少女が向かうのは、先ほど抜けてきた正門の方向。そちらにあるのは街を囲う防壁だけだ。
「『壁の家』ってのは、街の外壁の一部になってる家ってことか。なるほどな」
決して身なりがいいとは言えない少女だった。
街を囲う壁全てを丸太で新造すれば大変な金と手間がかかる。現実的な予算で外壁を作るには家を並べるほかなく、そういった場所に金持ちや権力者は住まない。
どこも同じだな、とレオナルドは小さくひとりごちる。
そうこうしているうちに人波も落ち着き、カイトは山のようなプレゼントを抱えて苦笑いしている。
「俺ら、実はかなりツイてたんじゃねえかな? もしシャルロットと会わずに俺らだけで来てたら、英雄扱いどころか『アレ』と思われて大騒ぎになってたろ」
『魔術師』が禁句とみて『アレ』と濁す。文明の利器を駆使するカイトからすればかなり後進的な、しかし人間の活気と熱量にあふれた町並みをどこか憧れるように見つめている。
シフィナは「そうね」と同意しつつ疲れた様子だ。
「宿はまだかしら。さすがにクタクタだわ……」
まずは旅人に休息を、というヴァンフォートの計らいで事情聴取は明日に回され、一行は宿へと向かっていた。




