第一章 魔女狩りのセイラム①
「改めまして、聖護十三師団 第十三師団師団長シャルロット・ノエリアと申します。民を守るべき祓魔師の身でありながら皆様に助けていただき、ただただ恥じ入るばかりです」
生屍の弱点である太陽が高く上り、霧も晴れた頃。
安全とされる場所まで移動し終わるのを待って、シャルロットは深々と頭を下げた。
守るのでなく、守られる。それがシャルロットにとって如何に耐え難いことかは震える細い肩が物語っていた。泥を拭って綺麗になったカイトもどう励ましたものかと考えあぐねる中、チックがひょこひょこと歩み寄る。
「ねえ、もう一回自己紹介してもらってもいい?」
「え? 聖護十三師団 第十三師団師団長シャルロット・ノエリアと申します」
「ごめん、もう一回」
「聖護十三師団 第十三師団師団長シャルロット・ノエリアと申します」
「あと三回」
「聖護十三師団 第十三師団師団長シャルロット・ノエリアと申します。聖護十三師団 第十三師団師団長シャルロット・ノエリアと申します。聖護じゅだっ」
噛んだ。
「やっぱり言いづらいよね、その肩書き」
納得したようにうんうんと頷くチックの頭を、シフィナが容赦なくひっぱたいた。
「真面目な子で遊ぶんじゃないの」
「うちにはいないタイプだから新鮮でつい……」
でも空気が和んだでしょ? と悪びれもせずに笑うチックだったが、その首筋に剣が当てられたことに気づいて表情が凍りついた。
背後からシャルロットの冷たい声。
「動かないでください」
「ごごごごめん! そんなに怒るとは思わなくて!」
「怒っているのではありません。自己紹介とは関係なく、お聞きしたいことがあります」
「言う! なんでも言う! だから許して!」
一拍置いて、シャルロットは短く尋ねた。
「皆様は『魔術師』ですか?」
質問の意図が分からずレオナルド達は目を見合わせる。シャルロットも緊張した面持ちで続ける。
「命の恩人に刃を突きつけるなど、到底許されることではありません。それを承知の上でお尋ねしております。私は偽証を見ぬく術も心得ていることをご承知おきください」
冗談やじゃれ合いでやっているのではない。カイトもそう理解したか、鉱石魔法の使い手――すなわち広義の魔術師――であるシフィナをかばうように前に出た。
「待ってくれシャルロット。まず、魔術師って言葉は俺らも分かる。ただ君の言う『魔術師』は、こっちのイメージするやつとは少し違ってる気がするんだわ。そこから説明してもらってもいいか?」
「……嘘はないようですね」
真偽を見定めつつ、シャルロットは幼い頃から幾度も聞かされた歴史を語った。
「六十年ほど前のことです。私が住むセイラムは『魔術師』と呼ばれる者たちに蹂躙されました。
不可思議な力と道具を使い、幼子の血を好んで飲む外道たちにセイラムは抗う術もなく、多くの命が失われたそうです」
「そんな事件が……」
「その非道ぶりを見かねて立ち上がったのがガムート・ドゥ・ヴァンフォート卿らを擁する憲兵隊。我が聖護十三師団の前身です」
血戦の末に『魔術師』を打ち破った祓魔師たちは悲劇の根を断つべく、敵の家族、親類縁者に至るまで根絶してきた。血塗られた歴史にカイトの声も沈む。
「不可思議な力に道具、か。そこだけ聞けば俺達そのものだわな。ガキの血なんざ頼まれても飲まねえけど」
「皆様がそのような悪人とは思いません。しかし、私も祓魔師の任を負う者。皆様の使う力と道具がもし『魔術師』のそれであるならば、見逃すことも断じてできません」
シャルロットを睨むレオナルドの目が鋭さを増す。
「それは、返答次第でチックを……俺達を殺すっつってんのか?」
ストレートな問いにチックがますます青くなっていく。シャルロットの額に汗が滲む。
「必要とあらば、そうします」
「させると思うか?」
「やる、と言っております」
シャルロットの目はレオナルドの腰に提げられた黒槍を見据えている。
今は手頃な大きさの鉄棒に変わっており、槍として使うには大きさを戻す必要がある。カイトの銃も抜いて水弾を装填しなくては撃てないことは確認済み。
その前にチックの首を飛ばして道連れにする自信が、シャルロットにはあった。
仮にそのような有利がなくとも、役目のためなら生命を賭して成し遂げる覚悟も。
ゴーグルの表示を目で追いながら、カイトは小声でレオナルドに注意を促す。
「レン、あの剣は高周波ブレードの一種だ。
特殊な振動を加えた刃で、人間の首くらいなら触れただけで落ちる。他の装備は近世レベルなのにあそこだけ二百年先を行ってる」
「口だけじゃねぇ、ってわけだ」
レオナルドが小さく舌打ちする。
一触即発の空気の中、シャルロットは改めて問うた。
「カイトさん、お答えください。皆様は『魔術師』ですか?」
「……俺たちがここに来たのは今日が初めてだ。当然、何十年前の事件とは関係ない。そもそも生まれてないしな。ただ、お前らが『魔術師』と呼ぶ連中が、俺達の同類である可能性は……あるかもしれない」
「回答に偽りなし。セイラムの守護者として、どんなにわずかでも『魔術師』の可能性があるのであれば、私にはそれを排除する義務があります」
「やめて! 助けて! なんでもするから!」
大騒ぎするチック。レオナルドの右手にも力が籠もる。
「俺は優しい慈善活動家でもなければ、正義の救世主様でもねえ。仲間を斬るなら……」
しかしその続きは左手方向からの声で遮られた。よく通る男の声だ。
「その者らは『魔術師』ではない!」
全員の目が声の方へ向く。五十騎以上はいようかという、シャルロットと揃いの軍服を身につけた祓魔師たち。
それを率いる壮年の男の姿に、シャルロットは思わず目を見開いた。
「大団長! なぜここに!」
そう呼ばれた彼の眼光は年老いてなお鋭く、歴戦の猛者であることをレオナルドは即座に感じ取る。腰の槍に手を添えたまま問う。
「……あんたは?」
「ガムート・ドゥ・ヴァンフォート。聖護十三師団の総司令を務めている。撤退してきた兵士たちから報せを受け、ノエリア師団長の救援にきたところだ」
「なるほどな。さっきの話に出た英雄様で、こいつの上官殿か」
いかにも、と答えつつヴァンフォートは馬をゆっくりと進め、レオナルド達の間近で下馬した。栗毛の馬から降りてなおレオナルドより頭ひとつは大きい偉丈夫だ。
そんな豪傑が、チックに向けて深々と頭を下げた。
「部下の非礼をお詫びする。誠に申し訳ない」
「大団長! 本当に彼らは『魔術師』ではないのですか!」
「まずは剣を収めよシャルロット・ノエリア。彼らと『魔術師』では纏う気がまるで違う」
有無を言わさぬ口調に、シャルロットもゆっくりと剣をチックの首筋から外した。
解放されたチックは半ば四足歩行で這うようにカイトにすがりつく。こうなるとカイトも苦笑いしながらチックをなだめるしかない。
「カイトぉぉぉ……俺、死んだぁぁぁ……」
「生きてる生きてる。んで、ヴァンフォートさん? 俺達の疑いは晴れたのな?」
「うむ。恐ろしい思いをさせてしまってすまない。だがセイラムの民にとって『魔術師』とはそれほどの脅威であり、恐怖なのだ。それだけは分かっていただきたい」
「はは、そう言われたら弱いわ。
たとえ1%でも可能性があるなら排除しなきゃならねえ、さもなけりゃ何千何万の人が、俺の一番大切な人が死ぬかもしれねえ。そういうもんは俺も見てきたしな。
それにあんたと敵対すると世界の……いや、これは別の話か」
カイトもようやく腰のホルスターに添えていた左手を戻した。ヴァンフォートもそれが武器であろうことは察していたようだが、どういったものか見当はつかないらしく訝しげな目を向けている。
「ところで、生屍の大群に追われていたノエリア師団長がこうして無事ということは、旅人がたが救ってくださったということか?」
「まあ、そんなとこ」
「やれやれ、職務とはいえ命の恩人に即座に剣を向けるとは……。生真面目もここまで来ると病気だな」
ヴァンフォートは呆れたようにシャルロットの頭に手を置き、そのまま下げさせた。シャルロットも自身の過ちを理解したのか声に覇気がない。
「誠に、申し訳ありませんでした……。なんとお詫びしてよいか……」
こうも落ち込まれては怒る気力も失せたか。シフィナはため息ひとつついて首を振った。
「はぁ、まあいいわ。怪我人が出たわけじゃないし、出ててもチックだしね」
「シフィナ? かけがえのない俺だよ?」
「それにカイトが言った通りよ。私があなたの立場だったら同じことをしたと思うし、気にしないで。悪者が『魔術師』って括りなのは気に入らないけど」
鉱石魔法の使い手として釈然としないのか、シフィナはどこか憮然とした表情をしている。ひとまず話はまとまったと見てヴァンフォートは小さく頷いた。
「旅人がたさえ構わなければセイラムに逗留していかれてはどうだろう。部下を救った礼に、宿も食事も最上のものを用意させよう。セイラムの葡萄酒は絶品だぞ?」
「それって……ホテルのロイヤルスイートってこと!? やったーーー!」
さっきまでの怯えはどこへやら、宿と食事と聞いてチックが色めき立つ。
旅人にとって最大の楽しみはやはり宿での休息。それも街の英雄が用意するものとなれば期待して当然。
納得していない様子だったレオナルドも、小躍りするチックに毒気を抜かれたかヴァンフォートに右手を差し出した。
「レオナルド・ヴェルメーレンだ。世話になるが、酒はいらねえよ。俺たちゃ未成年だ」
「ははは、なんと酒も飲めん歳とは! 驚かされてばかりだ!」
ヴァンフォートはレオナルドの右手を強く握り、豪快に笑った。




