2話 初めての魔法
「華さん、貴方は異世界の国のお嬢様で、私ら貴方の家来なんです」
「……えっ?」
夕暮れ時。高速で茜空を飛ぶ最中、花樹は華に突拍子もない話を始めた。
「正確に言うと……この地球とは次元の違う宇宙に、魔法が存在する星がございます」
「魔法……」
「その異次元には「ダイヤマト」と呼ばれる、江戸時代によく似た国があって、華さんはその国では貴族のご令嬢なのです」
「……私が異世界の令嬢? 和風令嬢?」
「何となくお分かりいただけたようですね」
華はさっくりとした結論を述べ、花樹は軽く頷く。
「……えっ! 待って! 今さっき家来って言った!? 花樹が!? 私の家来!?」
「厳密には山野家一同が、ですね」
驚く華に対して花樹は冷静に答える。
「私も兄も両親も祖父母も、みんな菜乃家に仕えている状況ですね」
「えぇ……!?」
花樹からさらに情報を付け加えられ、華はさらに困惑する。
「あ、因みに我々は華さんとは大親友だと思ってますので! あしからず。あ、そうそう、私はそれなりに魔法が使えますから、いざという時は守れますので……」
「あの、えっと……」
お喋り好きが災いし、花樹は喋り倒しては次から次へと新情報を開示していく。
「そうそう、山野家は陰陽系の魔法を得意としてまして、なので妖怪相手には……」
「花樹ストップ! とりあえず今の状況を簡単に説明して!」
「あ、すいません」
華に指摘され、花樹はすぐさま謝罪する。
「華さんは変な輩に追われているので、その輩から逃げる為に「異世界」に向かいます。目的地はダイヤマトです」
「えっ!? 異世界に飛ぶの!?」
突然異世界の存在を聞かされ、更にその異世界に飛ぶと聞いた華はさらに驚いた。
「地球では守ってくれる人は限られてきますから。ですが、異世界なら……っ!」
「きゃっ!?」
話を続けていた花樹は唐突に乗り物に捕まり、さらに速度を上げて加速し始めた。突然加速したことで華は小さく悲鳴を上げる。
「ギャーッ!!」
そんな花樹達の背後から、鴉に似た悍ましい雄叫びが飛んできた。華はそっと背後を振り返る。
「!?」
華達の背後にはなんと、人と同じくらいの大きさの鴉が複数体飛んでいた。
「何!?」
「海月団の連中の差し金ですよ」
「クラゲ……?」
「まさか大鴉を持っているとは……」
冷静は花樹は、乗り物を操作しながらポケットを探り、お札のような物を複数枚取り出した。
「はあっ!」
花樹は飛んできた大鴉に向かってお札を飛ばした。
頼りなさそうなお札は強風の中を綺麗に真っ直ぐ飛んでいき、大鴉の頭部に見事命中。
「ァァ……」
唐突に力が抜けた大鴉は情けない鳴き声を上げ、森の中へと落下していった。
「花樹すごーい!」
「これくらいどうってことありませんよ。それより、少し厄介なことになりました」
花樹は僅かに眉間に皺を寄せる。
「彼らは想像している以上に、華さんを強く求めているようです」
「私を……」
「見つからないように飛んでいたにも関わらず、あの大鴉は私の認識阻害を突破してきました。あれはかなり質の高い式神ですよ」
「普通なら見つからなかったの?」
「はい。彼らの力はそこまで高くないので」
花樹は会話をしながら高度を落としていく。
「ここは裏道を使いましょう。森の道を通り、とりあえず異界へと移動します」
「異界!?」
「あ、ご安心ください。死神とかうろついてたりはしませんから」
乗り物を器用に操作して、花樹は森の道を走り始めた。
高度は下がったものの、それでも普段とは見慣れない高い景色に華は感動する。
古いコンクリートの上をなぞるように走りながら、話を再開する。
「あの術者……魔法使いのなり損ないを寄せ集めただけの集団なら、流石に冥界に人は集めていない筈……」
「術者って、異世界でいうところの魔法使い?」
「はい。魔力のある人は魔法学園に通って、そこで立派な術師になったり……」
「へぇ……いいなぁ、魔法学園」
ファンタジーな設定が飛び出し、華は魔法の世界に憧れる。
「私も魔法学園に通ってみたいなぁ……」
「華さんなら通えますよ。むしろ……」
花樹が更に言葉を続けようとしたその時。花樹が操る乗り物が森の中で唐突に停止した。
高度が下がり、2人は古い道の上に降り立つ。
「どうしたの?」
「……どうやら、お出ましのようですね」
「フフフ……!」
乗り物をその場に置き、お札を手にした花樹は森の奥に向かって身構える。
そんな花樹の前に、黒いローブを纏った謎の美女が姿を現した。
「海月団……」
「此処なら誰も居ないと思ったのかしら……残念、私ほどの力を持った術者なら此処まで深追いできるのよ」
花樹から海月団と呼ばれた美女は、2人に対して嫌味ったらしい物言いをする。
「小娘の浅知恵程度で私を振り切れるわけないでしょ?」
「まだ冥界とは程遠い土地で、何を偉そうに……」
「お黙りなさい小娘。結局、こうして私に捕まってる時点で貴方より私が上なのよ」
美女の周りから、黒い忍装束姿の人型が次々と姿を現す。見たところ、明らかに人間ではない。
「まさか、魔導具の効果を落とす高度な道具まで揃えていたとは……」
「お生憎様。いくらダイヤマトのお嬢様でも、所詮はただの小娘……おいで、優しくしてあげるから」
「お断りしますっ!」
美女の言葉に真っ向から拒否した花樹は、両手のお札を周囲に広げた。
花樹のお札は、仮面を被った白い忍者へと姿を変えた。
「……チッ。少し手こずりそうだね」
「残念でしたね。私も名家の端くれ、ここは小娘らしく駄々を捏ねさせていただきます」
「やってみなさい。できる物ならねっ!」
美女が手で合図を出すと、周囲にいた黒忍者は華を目掛けて襲いかかってきた。
「させませんっ!」
白忍者はその場から飛んで黒忍者と対立し、人間とは思えぬ動きで戦闘を開始。
「この小娘ぇ!」
「はっ!」
美女は美しい扇を手に襲いかかるも、花樹が札を手にすぐさま応戦。2人は魔法を交えた激しい戦いを繰り広げた。
2人の間で激しく火花が散り、目に見える風のような物が広がる。
「うわっ!?」
白忍者に護衛される華は、その激しいぶつかり合いに驚きを隠せない。
明らかに致命傷になりそうな打撃をお互いに受けているにも関わらず、2人は全く怯む様子はない。
明らかに普通の戦いではなかった。
「花樹……!」
華が見守る中、花樹は美女を相手に応戦。しかし、勝負は全くの互角。
「くっ……!」
小娘相手に手こずる大人は、相手に痛手を与えられず口端を噛み締める。
しかし花樹は、相手に致命打を与えられず歯痒い思いをしている様子だ。
このままダラダラと戦闘を続けたら、いずれ海月団の増援がこの場に駆けつけてしまうだろう。
「……華さんっ!」
しかしここで何か閃いたらしい。花樹は美女を相手に戦いながら華の方を振り向いた。
「失礼しますっ!」
「えっ?」
花樹はひとつ断りを入れると、魔法の弾を1発放った。
花樹の手から飛んだ透明な弾は真っ直ぐ飛び、華の元へと届いた。
「……は?」
「へっ?」
花樹の放った魔法弾は、華の胴体に命中した。
「味方を……!?」
「……!?」
花樹の突然の奇行に美女は困惑。華は魔法弾をまともに受け、身体が宙に舞う。
その瞬間。華の全身を妙な感覚が巡った。
今まで感じたことのない新たな感覚。魔法弾により飛ばされた華は、その感覚を直感的に理解した。
これが、魔法。
「はっ!」
頭から地面に倒れ込む寸前。華は空中で不自然に飛んで回転し、脚を下に着地した。
刹那。その場から華の姿が消えた。
「……は?」
その場から華が消え、美女は呆けた声を上げる。同時に、白忍者と対峙していた黒忍者に大きな変化が現れた。
「ああっ!?」
黒忍者の頭が一斉に飛んだ。
「何……が……!?」
黒忍者が真っ二つに割れた札へと戻る中、別の黒忍者はその場から弾かれたかのように飛んでいき、木に激しく激突。
木をへし折った黒忍者は、ボロボロの札に姿を変えた。
「今、全力を出せてる感じがする……!」
「!?」
「花樹のお陰で魔法が理解できた! 今の私なら、あの先輩にも余裕で勝てるかも!」
驚く美女の背後には、先程姿を消していた筈の華の姿が。
「あ、ああ……!?」
華の全身から凄まじい魔力が溢れ出し、美女を圧倒している。
「あ、あ……うゎああああっ!!」
あまりの魔力量に恐怖したのか、美女は扇子を手に華に飛び掛かってきた。
人間からすれば凄まじい速度での突進。先程までの魔力の無い華なら、美女の攻撃を避けるので手一杯だっただろう。
しかし、魔力を解放した華の動体視力で追えない技ではなかった。
「はっ!」
華は頭を下げて避けながらそのまま半回転。その場で縦に回転した華は、その勢いのまま美女の腕に踵落としを決めた。
「がっ……!?」
凄まじい痛みに美女は顔を歪め、扇子を握りしめながら腕から地面に倒れ込んでいく。
しかし、此処で終わる華ではなかった。
「やああっ!」
華はその場で更に一回転。さらに速度を乗せた踵落としを、倒れていく美女の脳天へと炸裂させた。
「があああっ!?」
恐ろしい断末魔を上げ、美女は地面に頭を打ちつけた。
美女は無様な姿勢のままピクリとも動かない。
「どうやら彼女は気絶したようですね」
「死んでないんだ。良かった」
華は胸を撫で下ろす。
「……花樹」
華は視線を美女から花樹に向けた。
「これが、魔法なんだね……」
「はい」
花樹は華を前にして口を開く。
「華さん……貴方の魔力はどんな貴族よりも高く……もはや、妖怪を凌ぐほどの膨大な魔力量を保持しているんです」
「私、そんなに魔力高かったの?」
「ええ。それはもう」
花樹は華にゆっくり歩み寄る。
「この程度の相手、魔力を持つ華さんなら簡単に倒してくれると信じてましたよ」
「だとしても少し強引だったんじゃないの? まさか魔法を放ってくるなんて!」
「いやぁ、あの時は無我夢中で……すいません」
「ふふふ……いいよ! お陰で魔法を理解できたからね!」
お互いに言葉を交わし、2人は楽しそうに笑い合う。
「あの人には申し訳ないけど……なんか映画みたいで、すっごく楽しかった!」
「それは良かった」
嬉しそうに微笑む華を、花樹は優しい笑みでみつめるのだった。




