1話 始まり
「菜乃さん、好きです」
放課後。誰もいない校舎の裏に呼ばれた女子生徒「菜乃華」は、見目麗しい男子生徒に愛の告白をされた。
「とても元気で、友達思いで、それでいて……何よりも、可愛らしくて……」
菜乃の目の前に立つひとつ上の先輩は、照れ臭そうに微笑みながら言葉を続ける。
「えっと……そんな貴方と一緒になれたら、それほど嬉しいことはありません」
校舎裏に春の風が吹く。菜乃の長いポニーテールが大きく揺れる。
「菜乃さん……いや、華。俺の彼女になってください」
「先輩……」
先輩の告白を聞いた菜乃は、告白への返事をするために口を開いた。
「ダメですよ先輩。先輩にはもう彼女いるでしょ?」
「えっ……?」
先輩は菜乃の返事が想定外だったのか、王子様のように綺麗な顔を僅かに崩して、目を丸くして驚く。
「な、何を根拠にそんなことを……」
「えっ? 先輩すっごくカッコいいから、もう彼女いそうだなって思ったんですけど……」
「あ、ああ……そういうことか……大丈夫、彼女はいないよ」
菜乃の純粋そうな視線を向けられ、先輩は目に見えて安堵する。
「先輩」
「何かな?」
「今の先輩、すっごくドキドキしてますね。告白の時は全然ドキドキしてなかったのに」
「……へっ?」
「告白ってすっごく緊張するものですよ」
菜乃の指摘に、先輩は再び目を丸くして驚いた。
「でも、さっき私に告白してた先輩は全然ドキドキしてませんでした。手に汗握ってないし、すっごく余裕そうで……」
「えっと……そう見えたかな?」
「はい!」
僅かに表情を引き攣らせる先輩に対し、菜乃は気にせず話を続ける。
「すごく告白が得意そうでした! もしかして……告白の達人ですか?」
「告白の達人だなんて、そんな……そんなに上手だったかな?」
「はい! それはもう! あと、立ち振る舞いも完璧でした! 女性の扱いがすっごく上手で……! ひょっとして、女性とは遊び慣れてたり……?」
「…………お前、わざととぼけて言ってるだろ」
菜乃の「遊び慣れてる」発言を聞いた先輩は、途端に悪い形相に変わった。
「あーくそ、多分これ俺が彼女いるのバレてんな。頭が軽そうなお前なら、俺の告白に大喜びで頷いてくれると思ったのによぉ……」
普段の爽やかな様子とは打って変わって、不良じみた性格に変貌した先輩は、菜乃に向かってなんとも下品なセリフを吐く。
「あーあ、せっかく動画まで撮ってたのに」
「フラれるとか先輩ダセー」
先輩が本性を現した途端、周りから不良じみた生徒が次々と顔を出し始めた。
「コイツ随分とメンドくせぇ女だよな」
「付き合ってもつまんなさそー」
「長く付き合う予定無かったっつーの。遊んだらすぐに捨てるつもりだったし」
不良5名が菜乃の周りに集まる。
「まあ、とりあえず……ここで返すのもアレだし、コイツで遊ぶとするか」
「えっ? 私と遊んでくれるの?」
先輩は脅しじみた言葉を発したつもりだったが、向けられた当の本人は目を輝かせていた。
「ああ、遊んでやるとも。こっちが飽きるまで解放してやらねーけどな」
「コイツ顔はいいんだよな……おい、こっちこいよ」
菜乃の背後にいた大柄な男子生徒は両手を構えると、その場から跳ねるように駆け出し、背後から抱きしめた。
「あ、あれ?」
男子生徒の手の中に菜乃はいなかった。
抱きしめられるその瞬間、菜乃はその場で勢いよくしゃがみ込んでいた。
「!」
目の前からターゲットが消え、虚を突かれた不良は目を見開く。
菜乃の頭上を、不良の両手が空を切って交差する。
「ほっ!」
菜乃は屈んだ姿勢から勢いよく全身を伸ばした。急に飛び上がった菜乃の頭は不良の鳩尾に見事ヒット。
「ぐえっ!?」
大柄な不良の喉から野太い声が上がって、おぼつかない足取りで後退り。
「は? 何こいつ……!」
「テメェ何してんだ!」
「いい気になんなよ!」
目の前で仲間がやられ、不良2名は顔を真っ赤にして菜乃に飛びかかってきた。
「えいっ」
掴みかかってきたところを横に軽く逸れて躱しつつ、不良達の足を引っ掛ける。
「げっ!?」
「おわっ!? うぅ……!」
不良2名は叫びながら派手に転倒し、呻き声を上げながら地面に転がった。
「何なんだよこの女……」
「簡単に転ばされてんじゃん……なんかコイツやばくね?」
3人やられたところで流石におかしいと感じたらしい。残る不良2名は菜乃を前に分かりやすく動揺している。
「はぁ……何遊んでんだテメェら、女にいいように弄ばれやがって」
不良達がやられる様子を見ていた先輩はひとつため息をつくと、不良2名を差し置いてゆっくり歩いて菜乃の前に躍り出た。
「ついに現れましたね。この学校の不良をまとめる不良リーダーさん」
「俺の正体知ってやがったのか……どこまでもバカにしやがって」
菜乃の発言に先輩は顔を顰める。
「お前、俺が彼女いるのも知ってんな。そこまで知ってて、あえて告白の場に出た……と。お前、自分で頭いいとでも思ってんのか?」
何もかも知られていたと知った先輩は目に見えて苛つく。
「……馬鹿正直に此処に来たってことは、わざわざ俺にやられに来たってわけか」
「私もそれなりに鍛えてますから! 先輩には負けませんよ!」
「ほざけ」
先輩は一言吐き捨てると、菜乃に向かってお構い無しの本気の拳を飛ばした。
とんでもなく速い拳だった。
しかし、超人的な反射神経を持つ菜乃からすれば先輩の拳など余裕だった。
「それっ!」
私は頭を下げて拳を避けると、その勢いのままその場で脚を振り回しながら一回転。
遠心力の勢いを乗せた踵を、先輩の伸ばした腕を目掛けて全力で振り下ろした。
しかし悲しいかな。体重の軽い菜乃の回し蹴りは、先輩の腕にまともな痛手は与えられなかった。
「はっ」
踵が先輩の腕でしっかり止められたのを見て、先輩は鼻で笑う。
だが、菜乃の狙いは攻撃だけではなかった。
「よっ!」
菜乃は相手の腕に引っ掛けた足に力を込めると、脚に力を込めて、その場から思い切り跳ね上がった。
「は……?」
自身の腕を足掛かりに高く飛び上がった菜乃を前に、先輩は呆然とする。
目の前でアクロバットを披露され、周りの不良達も驚く。
「……!?」
菜乃が跳ね上がったその僅かな瞬間。先輩は恐怖した。
菜乃は跳ね上がりながら回転し、先輩の眼前へと飛んでくる。更なる追撃を目論んでいることは明白だった。
このままでは、悍ましいほどの遠心力が乗った回転蹴りを後頭部に喰らう。それだけは流石に避けなければ。
「ぐっ!」
先輩は咄嗟に両手を首の後ろで組み、その場で屈んで衝撃に備えた。
しかし先輩の直感は大きく外れた。
宙を飛んだ菜乃は、屈んだ先輩の肩に着地。先輩の肩を足掛かりにその場から飛んで不良の群れから脱出。
「楽しかったよ! じゃーねー!」
「……は?」
「ああっ!? アイツ逃げやがった!?」
「戦うんじゃねーのかよ!?」
「逃すか! 追えっ!!」
不良達は慌てて追いかけ始めるも、非常に脚の速い菜乃はとっくに遥か彼方。
「くそーっ!!」
先輩と不良達は完全に巻かれ、その場で憎しみ混じりの怒声を吐き散らした。
「……」
そんな中、先輩はその場で呆然として立ち尽くしていた。
完全に遊ばれた。
菜乃は、飛び上がった自分を見た先輩が構えの姿勢を取ると計算していた。
結果、先輩は菜乃のいい足場として機能し、こうして見事に逃げられたのだ。
「まさか俺を遊ぶとはな……」
(あんな魅力的な女だって知ってたら、もっと真面目にアプローチしたのに……)
今になって菜乃に興味が湧いたようだが、後悔先に立たず。
───
一方、走り去った菜乃華はとある山に入り、山道を駆け足で走り、やがて開けた土地へと移動した。
土地には様々なトレーニング器具が置かれており、どれも使い込まれている。
そんなトレーニング機器に囲まれて立つ、1人の女子生徒。
「華さーん!」
明るくボリュームのある髪をひとつに束ねた、ニコニコ笑顔の女子生徒「山野花樹」は菜乃の名を元気よく呼んだ。
「花樹ー!」
菜乃華は嬉しそうに目の前の女子生徒の名を呼びながら駆け寄る。
「ありがとう! 花樹のお陰で、あの不良先輩をほんの少し懲らしめることができたよ!」
実は菜乃華は、入学当初から先輩の不審な接触に悩まされていた。
好きでもないのに好みだからと付き纏われ、周りの生徒からは好奇の目で見られた。
挙げ句の果てには、嫉妬した女子生徒に軽い嫌がらせをされるなど、華はとにかく迷惑を被っていた。
「もう! 遊びで私に告白してくるなんて!」
「何はともあれ、これであの先輩は二度と華には近付くことはありませんからね。無事に彼らの弱みを撮影できたことですし」
花樹はスマホを取り出し、華の前で動画を再生する。
スマホには、先輩が菜乃に告白してフラれ、先輩が本性を露わにして不良と共に菜乃を取り囲む姿が映っていた。
「轟先輩を通して、先程の動画であの不良達を脅しておきましたからね!」
「花樹ってば、あのコワモテの轟先輩を味方につけたの?」
「はい! あと、先輩の彼女とも仲良くなりました!」
「花樹すごーい!」
柔道部キャプテンの轟先輩と、先輩が現在付き合っている彼女まで味方につけた花樹に華は大喜び。
「変に敵を作るより、味方を増やした方がお得ですからね! 今頃あの先輩方は、送られて来る脅迫に顔を青くしていることでしょう」
本来の目的は、先輩の弱みを握ること。
先輩の情報を集め、決定的な証拠を提示し、二度と華に近付かないよう脅す。
これさえあれば、先輩は二度と華に近付かないはずだ。
「嫌がらせしてきて女子生徒達も、ほんの少しお話して黙らせました。これで華さんの恋愛騒ぎも収まることでしょう」
花樹はスマホ片手に楽しそうに笑う。そんな花樹に華は嬉しそうに目を向けた。
「花樹、助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして〜」
華と花樹は幼い頃から共に遊んでいた幼馴染。
アクション映画が大好きで運動神経抜群な菜乃華。
頭も口もよく回る、お喋り大好きで情報通な山野花樹。
2人にトラブルが舞い込めば、2人で協力して様々な困難を乗り越えて来た。心からの大親友だ。
「それにしてもあの先輩、私の技が効かなかったなぁ……」
華は生まれた時からずっと、強さを追い求めていた。
山野家の山を借りてトレーニングに明け暮れ、花樹の祖父から技を学んで基礎を身につけた。
自身の望むままに全身を突き動かした結果、昔より遥かに強くなっているのはそれとなく実感できていた。
しかし今現在、華は己の限界を実感していた。
(あの回転蹴り、自信あったんだけどな)
小柄な体型では大柄な相手にまともに攻撃が通らない。体格差に体重差もある相手と戦うのは一苦労だ。
「……まあ、私は将来スタントマンになりたいから、別に強さを求める意味はないんだけどね!」
「華さん……」
「あーお腹すいた!」
華は唐突に話題を切り替える。
「花樹、帰りにどっか寄って買い食いしない?」
「……そうですね。私も小腹が空きました」
華の提案に花樹は優しく微笑み頷いた。
「華さん、私の家に来ませんか? 丁度本日、兄が帰って来るんですよ」
「えっ!? 百足お兄ちゃんが!?」
「ええ」
山野百足は、花樹のひとつ上の兄だ。
洒落た格好をした、世間から見ればイケメンの部類に入る人物。
表面上は優しく見えるが、実際は利用価値のある相手を都合よく扱う、なんとも詐欺師めいた人物だ。
しかし妹と華などの身内にはとことん甘い。
「きっと沢山のお土産を抱えて帰って来るに違いありませんよ!」
「違いないね! なら、山野家にお邪魔しようかな?」
「ええ、是非!」
花樹の話を聞いてご機嫌になった華は、大喜びで花樹と共に歩き出した。
そのタイミングで、花樹のスマホが唐突に鳴り出した。
「……あっ! 兄さん!」
「百足お兄ちゃんから電話?」
「はい! 噂をすればなんとやら、ですよ!」
花樹は大急ぎで通話ボタンを押して電話を始める。
「…………」
最初は満面の笑みだった花樹だが、その表情は次第に曇っていく。
「……分かりました」
花樹はすぐに通話を終えると、大急ぎで肩に掛けていた鞄を地面に置き、鞄の中を探り始めた。
「花樹、どうしたの……?」
ただならぬ花樹の様子に華が困惑する中、花樹は頭を鞄に突っ込む。
「花樹!? なんか鞄に上半身が入ってない!? 明らかに大きさが……!」
華が驚く中、花樹は目当ての物を見つけたのか上半身を起こして鞄から出てきた。
そんな花樹の両手には、随分と造りのいい木製の何かが掴まれていた。
「えっ? えっ?」
鞄から出てきた木製の棒は、明らかに鞄より長くて大きかった。どう考えても鞄に収まるサイズではない。
あと、女子生徒が持つには、その道具はあまりにも重そうだった。
花樹は慣れた手つきで棒状の道具を横にして、座席部分に座り込む。
「華さん」
華の目の前で、明らかにおかしいことが起きている。
「後部座席にどうぞ」
「……分かった」
だが、花樹のいつになく真面目な様子を見た華は、花樹の指示に素直に頷いた。
華は花樹の座る座席の後ろに乗り、ハンドルらしき物体を強く握りしめた。
「……花樹」
「まあ、色々と訳ありでしてね……本来ならこの国で飛んだりしないんですよ」
華が乗り込んだのを確認した花樹は、謎の道具に跨ったまま姿勢を低くした。
その瞬間、2人の全身から重力が抜けたような感覚に襲われ、同時に、2人を乗せた棒状の道具はふわりと宙に浮かんだ。
「……!?」
「では、飛びます」
今まで感じたことのない感覚が全身に満ち溢れ驚く華。対する花樹は冷静そのもの。この道具にかなり慣れている様子だ。
「落ちないよう、ハンドルにしっかり捕まっていてください」
「分かった」
「はっ!」
花樹の威勢のいい掛け声と共に、花樹達を乗せた道具はその場から急発進。あっという間に高度と速度を最大まで上げて空に飛び立った。
「……!」
華はハンドルを強く掴んで急発進に耐える。全身を強風に襲われる中、2人はあっという間に山の中から上空へと飛び出した。
次の瞬間。華の眼前に現れたのは、あまりにも広大な夕焼け空。
「広い……!」
轟々と吹き荒れる強風の中、壮大な景色と対面した華は思わず感動する。
足元を木々が流れ、群れで飛ぶ鳥を追い越していく。
幻想的な光景に目を輝かせる華だったが、花樹のただならぬ様子を思い出すと、改めて気を気を引き締めた。
「……花樹、一体何があったの?」
「華さんの正体がバレたそうです。良からぬ輩が町中を駆け巡り、貴方を捜索してると……」
華はさらに困惑した。冗談をあまり言わない花樹が、まるで漫画の出来事のような冗談をこの場で口にしている。
「えっと……」
「困惑するのも無理はありません。では、ものすごく簡単に説明します」
困惑する華に、花樹は落ち着いた様子で説明を始めた。
「華さん、貴方は異世界の国のお嬢様で、私は貴方の家来なんです」




