十二話 華対まえ姫
昼頃の特訓場。せせらぎ家のまえ姫が到着したとの知らせを聞いた華は、花樹と百足と一緒に決闘の場へと移動した。
場にはすでに華の親族がおり、華の祖父の前にはせせらぎ家の上級術師が立っていた。
「せせらぎ家から参りました、術師の四十と申します。御老公。本日は決戦の場を設けていただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ! こちらも華を実践相手に選んでいただけて、大変感謝しておりますとも!」
「いえいえ……」
菜乃家の術師が着ている魔法衣とは異なる衣装を身につけた女性術師は、祖父に対して丁寧な言葉遣いで接している。
(あの向こうにいるのがせせらぎ家の……)
せせらぎ家側には大勢の術師が並んでおり、侍は少数。
その従者達の中央に、見るからに位の高い令嬢の姿があった。
(あの子がまえ姫……!)
気品のある立ち振る舞いだが、華の第一印象では、どこか壁があるような印象を見受けた。
そんなまえ姫は、扇子で口元を隠しながら辺りを見回していた。まるで誰かを探しているかのように。
「……?」
華がまえ姫を不思議そうに見つめる中、花樹はせせらぎ家の面々を眺めながら考え事をしていた。
(せせらぎ家からは、親族の一人すら来ていない……)
まえ姫の周りには強い術師は数いるが、親族は誰一人として姿を見せていない。
今の時代は行こうと思えば、国を跨いで即座に会場まで移動できる移動手段がある。
まえ姫の為にその交通手段すら使わないせせらぎ家一族に、花樹は小さなため息をついた。
(術師の名家同士のご令嬢が魔法で戦う、大事な場面だと言うのに……)
花樹は心の中でまえ姫に同情する。
(やはりせせらぎ家は、長女にあまり関心が無いようですね……)
花樹は前に御老公がしていた話を思い返し、改めて理解した。
この決闘は、まえ姫が勝てばそれをせせらぎ家の勝利として扱い、負けたらまえ姫を容赦なく切り捨てるつもりだと。
(昔からずっと、まえ姫に対してこのような真似をしていたのでしょうね。まえ姫の性格も歪むわけです)
見た目だけは穏やかな談笑が進み、やがて決闘の時がやって来た。
観観客席には菜乃家とせせらぎ家の従者、そしてこの特訓場に集まっていた武士や術師、大名の子も幾らか集まっている。
その中には、少し前に華と手合わせをした紅乃焔の姿もあった。
華は決戦の場に立ち、同時に場に現れたまえ姫を見据える。
紺色の長い髪を持つ美しいまえ姫は、余裕のある笑みを華に向ける。
「貴方が華姫ね? 初めまして、どうぞお手柔らかに……」
「初めまして! お互いにいい試合にしましょう!」
「……ええ、そうね」
華の元気のいい言葉に、まえ姫は間を置いて微笑み、手にした扇子を広げて口に添える。
『いい気になるんじゃないわよ、魔法のない国から来たくせに』
「?」
『貴方ってば影が薄すぎるわね。貴方がこの場にいつ来たか全く分からなかったわ』
「!」
どういうわけか、華の耳にまえ姫の声が聞こえてくる。
『家族を引き連れて、みっともない。家族と家臣の前で無様な姿を晒さないよう、気をつけることね。ま、私が勝利するのは確実だから、どう足掻いでも無様を晒すことになるのだけれど』
まえ姫は扇子を再び閉じ、改めて笑顔で華を見つめた。
「楽しい試合にしましょう、ふふふ……」
「うん!」
「…………」
散々悪口を言ったにも関わらず、華はあっけらかんとした態度で答える。
その華の態度に、まえ姫は分かりやすく不機嫌になり、僅かに顔を顰めたまま自分の持ち場へと移動した。
華とまえまえ姫が向き合う中。
「試合形式は術合戦、魔法のみ使用できます」
複数人の術師が審査員の場に立ち、中央にいる術師が声を上げた。
「互いに装備した小盾、それを先に破壊した者が勝利となります」
華とまえ姫は小さな盾のお守りを懐にしまう。これは魔法攻撃を肩代わりしてくれるものであり、一定の魔力を受けると破壊される。
片方の盾が破壊された時点で、この場に魔法使用不可の魔法陣が発生する。それが決着の合図だ。
「では、互いに構えて」
術師の審判の声に倣い、華とまえ姫は互いに身構える。
まえ姫は手にした扇子を開き、華は深く腰を落とす。
「勝負……開始っ!」
術師の開始の宣言とともに、まえ姫が真っ先に動いた。
「はあっ!」
まえ姫はその場で扇子を広げて構えると、白い魔法弾を数弾生み出した。
華に向かって放たれた魔法弾は華の目の前で破裂し、眩い閃光を放った。
華の周囲は光に覆われ、視認できなくなった。
「フフフ……!」
閃光の中央には、動きを止めた華がいる筈だ。
勝利を確信したまえ姫は、閃光を目掛けて扇子による斬撃を幾つも放った。
斬撃は容赦なく閃光へと吸い込まれていく。
「あっははははは!」
下品な笑い声を上げ、全力で斬撃を放ち続ける。
その光景を静かに眺めていた花樹は、心の中で呆れ返っていた。
(彼女はまるで戦い慣れてませんね。すぐに感情を剥き出しにして、希望的観測で行動して……危機管理能力が一切無い)
対する華は至って冷静。まえ姫の挑発に乗らず、閃光も対処できていた。
(まえ姫の戦いぶりはまるで、癇癪を起こしたお子様の喧嘩のようですね。華さんの敵ではありませんね)
やがて閃光が弱まり、中の様子が明らかになる。
閃光の中に華はいなかった。
「は……?」
目の前の光景を理解できないのか、まえ姫の思考が一時的に止まった。
「姫! 後ろ!」
「!?」
せせらぎ側の観観客席から響いた声にまえ姫は我に帰り、咄嗟に背後を向いた。
観客席の声の通り、まえ姫の背後に華の姿があった。
華に目が眩んだ様子は一切ない。どうやら閃光を避けたらしい。
「やあっ!」
「!」
華は両手をまえ姫へと伸ばし、至近距離から強力な魔法弾を放った。
まえ姫はまともな防御すらできず、魔法弾の攻撃をもろに喰らった。
「がはっ!?」
まえ姫はその場から大きく吹き飛び、地面に何度も打ちつけられる。
「姫!」
観客席からまえ姫を心配する声が飛ぶ。
「ぐぅ……!」
(何故!? あの時は確かに閃光が命中して、相手はその場に停止していた筈……)
全身を強打したまえ姫は地面を転がりながらも体勢を立て直し、視線を上げ……
ここで、華を見失ったことに気づいた。
「……!?」
実はまえ姫は、先程から何度も華を見失っていた。一度目は攻撃に夢中で気付かなかったようだが、二度目はようやく見失ったと自覚した。
まえ姫が華を見失うのには訳があった。
まえ姫は魔法に頼りすぎるあまり、視界よりも魔力を頼りに人の存在を認識する癖があった。
対する華は、まえ姫を遠くで観測した時から、まえ姫の魔力による探知を何となく感じ取っていた。
そして、試合前の「影が薄い」発言により、それは確信へと変わった。
なので華は、相手の魔力探知に頼りすぎる性質を逆手に取った。
まえ姫の視界から華が消える度、華はそれを見計らって魔力を全て遮断。外に出さないようにした。
華の放つ魔力が消えたことにより、魔力で華の気配を探っていたまえ姫は、華がこの場から忽然と消えたと錯覚したのだ。
(何処に逃げ……っ!?)
体勢を立て直して辺りを見回すまえ姫の真横から、無慈悲にも魔法弾が幾つも放たれた。
「ああああっ!?」
「姫ーっ!」
不意を突かれ、まえ姫は再び倒れる。せせらぎ家側の観客席から悲鳴が上がる。
「白夜、やめなさい」
「姫っ! もうおやめくださいっ!」
術師の四十が冷静に咎める中、女子の術者である白夜は必死に声を飛ばす。
「姫には……!」
ここで四十が音を遮断したことで、白夜の声がまえ姫に全て届くことはなかった。
しかしまえ姫は、白夜が何を言おうとしていたのかを、そのわずかな言葉で全て理解した。
『姫には無理です! 棄権してください!』
「……!」
白夜の言葉を理解したまえ姫は、地面に倒れ込んだままその表情を一気に歪めた。
「……けるな……!」
「えっ?」
「ふざけるな! たかが術者が私に指図するな三下ぁ!」
四十により姫の言葉は遮断され、観客席に全て届くことはなかった。
しかし、目の前にいる華には全て聞こえていた。
「私にまともに敵わないお前が何を偉そうにっ! 勝てないなんて誰が決めた!? こんな奴、本気を出せば一撃で葬り去れるんだよ!!」
「……?」
まえ姫の様子がおかしい。
目に見えて取り乱し、言葉が乱雑になり、表情はさながら般若のように凶暴だった。
(こんな大勢のいる場で……まえ姫、どうしたんだろう……)
「いいわ! そんなに言うなら! こっちも本気を出してあげる……!」
心配そうに見つめる華の前で、まえ姫の瞳が怪しく輝いた。




