今日はマジで一銭もないじゃん
「ふむふむ……要するに、メインストーリーを探せばいいんだよね……」
「そうよ」私はベッドに寝転がりながら、百合漫画のページをめくった。
ソフィア1号も私のベッドに潜り込んできた。「それにしては、あんた随分とのんきじゃない」
「よくよく考えてみたら……そんなに急ぐようなことでもないしね……」
「確かに……今の私たちの仕事の方が、よっぽど面倒くさいもんね……」
「そうそう、それそれ」
「それにしても中央システムは何をやってるのかしら。新しいソフィアの増員申請を出してからもう結構経つのに、一向に人が派遣されてくる気配がないじゃない」
「それ、私ちょっと小耳に挟んだんだけどさ……」私は、2人の女の子が夕日をバックに佇んでいるコマに目を落とした。
「なになに?」
「どうやら、あっちの世界のネット上で『今は異世界モノを書かないと売れない』だのなんだのって、ずーっと言われ続けてるらしくて……。元々は異世界なんてどうでもよかった作者たちまで、こぞってこっちになだれ込んできてるんだって……」
「はあぁ……」
「そりゃ、キャパオーバーで人手不足にもなるわよね」
「それってマジの話? それとも単なる噂?」
私は学校の屋上のシーンへとページをめくった。……んん? ちょっと待って、もしそれが本当だとしたら大問題じゃない? 今後、こういう純情な学園百合を書く人がいなくなっちゃうってこと!? それ、宇宙が爆発するのと何が違うのよ!!!
「ふむふむ」
視界にスッと手が伸びてきて、勝手に次のページへとめくられた。
「ぎゃあああああ!!!」ソフィア1号が驚いてベッドから跳び起きた。
ちゃっかりスペースを占領したナンシーが、私の漫画を奪い取って熱心に読み進めている。
「なんで転生者がここにいるのよぉ!!!」
「ええっと……トイレから入ってきた」私は簡単に紹介を済ませた。「この人はナンシー。誰も彼女がトイレに侵入するのを止められないの。しかも、私がテストしてみたところ、彼女が気配を消してトイレに潜伏しようとすると、絶対に誰にも見つからない……まあ、大体そんな感じのスキル持ち」
「何よそれ! なんでそんな変態チックな能力があるのよ!」
「私も何回かドラゴンになって外につまみ出したんだけど、気付いたらまた戻ってきちゃうのよね」
私は諦めた。
「これが、あんたが言ってたクリアしなきゃいけないメインストーリーのキャラ?」
「そうそう、そういうこと」私は漫画を取り返そうと引っ張るが、ナンシーは一向に手を離そうとしない。
彼女は眉間にしわを寄せ、じっと紙面を見つめている。「ふーん……あんた、こういうのが好みなのね」
「何よ、私は百合なら全般何でも大好きなの!」
「じゃあ、ついでに私とエッチしちゃえばいいじゃん!」
「だから、私には恋愛システムが搭載されてないって言ってるでしょ!!!」
「ちょっと、あんたたちいつの間にそんな関係になってんのよ!!!」ソフィア1号が悲鳴をあげた。「私たちは同じ顔なのよ!? 変なことしないでよね!!!」
「変なことなんてしてないってば……」
「せっかく集まったんだから、アルバイトしていってね」
突然、中央システムの声が響き渡った。
「サボってんじゃないわよ!」私は天を仰いで怒鳴りつけた。
「しょうがないだろ……転生者が多すぎるんだ……」
空から臨時用の中年男性の変身ブレスレットがいくつか降ってきた。
「何これ……」
「一番よくあるタイプの、馬車に乗っているおっさん」中央システムが説明する。「商人ギルドの手伝いに行ってくれ」
ソフィア1号は髪をサッと整えると、「ええっと、3号の次が私の番ね。準備してくるわ」と言って、そのままスタスタと転移していった。
……
……
「あんまり手伝いを求めてるような顔には見えないけど」
私は目の前にいる小太りな男の頭をコツンと叩いた。
彼のオフィスは、デスクの上も床の上も書類が散乱していて、文字通り足の踏み場もないほどめちゃくちゃだった。
商人1号は椅子にぐったりと深く腰掛けている。「疲れた」
「私には関係ないでしょ」
「大ありだよ!!!」彼は突然ガタッと背筋を伸ばした。「だから君を呼んだんだ!!!」
「勘違いしないでよね、私はただの看板娘よ。あ、あとそこについでに付いてきた百合恋愛ゲームの主人公ね」私は、本当に後ろにくっついてきていたナンシーをジロリと横目で睨んだ。
「僕たちは、小学生レベルの算数問題に敗北したんだ」
「はあ……ん? そんなのいつものことでしょ?」
転生者が、これ見よがしな暗算レベルの計算や知識チートを使って、商人の金を巻き上げていく……そんなお決まりのテンプレ展開、とっくに覚悟の上だったはずだ。
「今日は300人来たんだよ! 300人!」
「うわ……まあ、今までもそういう経験はあるでしょ」
「もう村には余分な在庫も金貨もないんだ!」
「はあ???」
「このままだと、夜には君たちの酒場でもお金の換金ができなくなる」
「どうしてそんなことになるのよ! そういうお金って、普通はうまく循環してるものでしょ!?」
「最近の子たちは金銭感覚が完全に崩壊してるんだよ! あいつらが書くプロットの価格設定はめちゃくちゃなんだ。単に数キロの金塊を出すだけじゃ、もう満足してくれないんだよ!」
うーん……。
反駁できない。本来ならカウンターの現金の出入りなんて正常の範囲内のはずなのに、ここ数年は確かに財政破綻寸前の危険な赤字の瞬間が何度もあった。
「だったら、あんたが責任を持ってちゃんと交渉すればいいじゃない! なんであの子たちをそんなに甘やかすのよ!」
「今時の転生者は集中力がめちゃくちゃ短いんだよ! 交渉が少しでも長引くと、まるで記憶喪失にでもなったみたいに、スマホを取り出して10秒くらいのダンス動画を見始めちゃうんだ。今じゃ僕たち、交渉が終わる前に冷や汗を流しながら土下座する準備をしてるんだよ。そうしないと処理効率が追いつかないんだ!」
「じゃあ、今まで通り街に行って資金を融通してもらえばいいじゃない。なんで私たちまで駆り出されるわけ?」
ああああ、本当に残業なんて大嫌い!
「ダメなんだよ、転生者が多すぎるんだ! 道中でランダムに『馬車がぬかるみにハマってひっくり返るイベント』が強制発生して、通りかかったあいつらが魔法で手助けしてくるんだよ! 効率が悪くて話にならない!」
ナンシーが横から顔を近づけて尋ねた。「ひっくり返らなきゃいいんじゃないの?」
「ひっくり返らないと、あいつらの移動スピードが早すぎて、今度は街がパンクしちゃうんだよ!」
「はぁ……街の方はもうそんなことになってるわけ?」
「そうだよ! しかもあいつら、街の中でこれみよがしに消費して実力を誇示するもんだから、お金が全部あっちに集中しちゃってるんだ」
「んー……分かったわよ、行けばいいんでしょ、行けば」
ナンシーが興奮した顔で私を見つめてくる。
「あんたは来なくていいから」
「なんで〜?」
「役に立たないでしょ」
「ノンノン、普通のストーリーなら、一緒に街へ向かう道中でイチャイチャベタベタするイベントが発生するものでしょ!」
「私はスタッフなの! 当然、まずはドラゴンに変身して空を飛んで現地に向かい、品物を荷馬車いっぱいに詰め込んでから乗って帰ってくる方が早いに決まってるでしょ!」
「ううううううううううわぁぁぁん……」
商人1号が両手で目を覆った。「この人なんなんだよ! 泣くたびにキラキラ発光してるじゃないか! 頼むから連れてってくれよ!」
「ちっ」
私は仕方なく窓辺に歩み寄り、残業用のブレスレットを起動して背中から翼を生やした。「早く乗りなさい」
体が徐々に大きくなり、半ば身を屈めて彼女が飛び乗るのを待つ。
しかし、彼女はなかなか私の背中に乗ろうとせず、なぜか片手をドラゴンの、お尻のあたりに添えてきた。
「ちょっと……何やってんのよ……」
ナンシーは恥ずかしそうにうつむいた。「だって……こういう飛行イベントの時は、お互い肌を寄せ合ってあちこちタッチし合う仕様になってるから……」




