第五章:(12)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
翌日の行動パターンも同じだ。
朝になったらデニーズへと向かう。
サングラスをかけ窓を全開にし、ロサンゼルスの風を感じながらマルボロをふかし、ベースを効かせた大音量でのヒップホップと共にクレンショー通りを進んでいく。ヒップホップステーションからはBlackstreetの「No Diggity」が流れている。
1年前と何も変わらないが、高校を卒業したという事実だけで何となく見える景色も変わってくる。この後高校に行き、ミッシェルやケイトに会い、キングやジャックと馬鹿話をする訳ではなく、それぞれの新たな日常がスタートしている中で、自分自身の新たな日常に向けてのドライブだ。
コークを注文したら新たな年度の東大の過去問に取り掛かる。制限時間60分を50分に設定し直し解き始める。
初見の問題たちだが、50分で解ける問題数が増えているのは急激な日本語力の向上と、この過去問たちが持つパターンを脳が解析し始め、問題を始めた時点でゴールまでの時間配分などをシミュレート出来始めている証拠だった。
圧倒的な反復練習の成果はこういう部分にも表れる。
その負荷に身体と脳が適応し、慣れていくことと共に、出題傾向、何分でここまでは解けている必要がある、などの経験値が蓄積され、問題開始と共に脳内でシミュレーションが行われ、先に解いた方が良い問題、一旦飛ばした方が効率的な問題などが見えるようになってくる。
2セット目は前日の2回目に行った過去問だ。やはり前日よりも解ける問題数が増え、答え合わせの結果、点数も上がっている。
「サンプラーを。そしてコークのお代わりをお願い」
2週間程は籠る予定のデニーズだ。メニューを見ながら次に食べたいメニュー、その次は・・・と考えるのも楽しい。
サンプラーはオニオンリング、サクサクの衣をまとったササミフライ、スティック状になったモッツァレラチーズフライの3種のフライ盛り合わせだ。ササミフライにはランチドレッシング、モッツァレラチーズフライにはピザソースが付いて来るが、それぞれ違うソースやケチャップで楽しんでも美味しい。供された通りに食べるか、味をシャッフルして楽しむか、創意工夫の見せ所だ。
ジャックとデニーズに来ていた頃も、数回に一回はサンプラーを頼み、ジャックのバッファローウィングと交換しながらよく楽しんだ馴染みの味だ。
「くぅ~、この口の中の火傷を覚悟で、熱々のモッツァレラスティックを食べるのが美味しいんだよな」
小さく独り言を言いながらJはモッツァレラチーズフライにピザソースを絡めて食べる。チーズがよく伸びて美味しい。冷えてしまってはチーズが伸びなくなり、熱々では口の中を火傷しそうになる。食べるタイミングを選ぶ一品だ。
後半戦も前日同様に日本語強化の時間に充てる。
反復練習でそれらの単語を脳に覚えさせ、それらの単語を書くことで身体に覚えさせる。知識の醸成に必要なのは裏技でもチートアイテムでもない。圧倒的な反復練習だ。
100回を100日かけても良いし、100回を10日で終えても良い。
ウサギなのか、カメなのか、自分の性格に合わせたやり方が正解だろう。Jはそれを4日でやろうとしているだけだ。
「ホットファッジサンデーを」
脳内の回転速度を上げ過ぎて少々オーバーヒートしてきたところ、一気に冷やすべく今日はチョコレートパフェだ。日本のパフェとの違いは、バニラアイスの上に大量の温かいチョコレートをかけることだろう。さらに生クリームをたっぷりと乗せる。冷たいアイスと温かいチョコレートの温と冷のコントラストを楽しむ。しっかりと体もクールダウンし、脳に糖分も補給出来た。
そして過去問は初回に解いた問題の3回目に取り掛かる。結局3回目でも50分で全問は解けなかったが、問題を解くスピード、正答率とも大幅に上昇してきている。
それから2週間ほど、全く同じ日常を繰り返した。
変わるのは日々頼むランチとスイーツだ。
美味しいアクセントを入れているので、案外楽しくこの期間を過ごした。2週間の終わりの方、50分で過去問を解くことも可能になっていた。問題そのものを解くのが何度目かにはなるので、本当の実力は分からない。ただ、この量の問題を解くのに50分という時間で解くことに対して、自然とシミュレーションが行われ、脳と身体が動くようになっていた。
Jはミッシェルが通う大学近くの彼女の家に向かった。ミッシェルは手を振りながらシビックに近付き、
「大音量が近付くからすぐに分かったよ」
と、相変わらずのやり取りをする。
「美味しいチーズケーキが食べたい」Jは唐突に言う。
「どうしたの?」
「デニーズのデザートはもう飽きた」
ミッシェルは大笑いしながら「じゃあ、ロングビーチのお店?」と聞く。
「勿論。一緒に行かない?」
Jが言い終わる前に「着替えて来るから待ってて」と家に戻っていった。
ロングビーチへと向かう道、マライア・キャリーとBoyzⅡMenの「One Sweet Day」がラジオから流れる。
店に着くとチーズケーキとエスプレッソ、そしてカフェラテを頼んだ。店がディナーで忙しい時間はもう過ぎていて、落ち着いた雰囲気の中で皆がワインやコーヒーを楽しむ時間となっていた。
「なにか変?」ミッシェルが対面に座るJの視線に気づく。
「久し振りに会って、ミッシェルが益々綺麗になってて見惚れてた」
お世辞でもなく、ミッシェルは元来の可愛さに大人っぽさも加わり、Jは目線を外せないでいた。
「久し振りって、2週間だけだよ」
ミッシェルは気まずそうに照れた。
「2週間会わないなんて、高校では無かったからね。それに、今のミッシェルは本当に輝いてるから。やりたいことをやって、成長して、充実した日々を過ごしているからこそ、どんどん綺麗になっていくんだろうね」
「じゃあJはヤキモチ焼かないとかな?きっと沢山デート誘われちゃう」
ミッシェルは顔を赤くして照れながら、いたずらっぽい表情でおどけてみる。
「ヤキモチ・・・は焼かないだろうけど、どんどん綺麗になっていくミッシェルをずっと見続けられないのは残念、というか自分の決断が合ってたのかなって考えることはあるかな」
Jが言い終わる前からミッシェルの表情は曇り始める。
「大丈夫。Jの決断は正しいよ。今のJは前より格好良いし、私は今のJを前より好きだから」
ミッシェルはJの目をしっかりと見ながら力強く言い、そして・・・
「で・・・J、前より太った?」
「えっ、それ今からチーズケーキ食べる人に言う?2週間デニーズで食べ続けたからね。分かったよ、チーズケーキはミッシェルの方が多めに食べて」
「あっ、ゴメン。折角のJが大好きなチーズケーキなんだしJが沢山食べて」
ミッシェルが慌てて取り繕うが、実際に2週間デニーズに籠った結果、体重はしっかりと増えていた。それでも、そんな日々を頑張ったご褒美に、ミッシェルと共にここのチーズケーキが食べたかった。
チーズケーキやエスプレッソが運ばれてきて、結局2人で半分ずつシェアして食べた。
「で、Jはいつ日本に行くの?」
「痩せてから」
「もう!」ミシェルが顔を膨らませる。
「冗談だよ。来週には日本に行くよ。時差もあるから、少し日本での時間に慣れるまでの期間も必要だからね」
「来週か・・・ねえ、今夜って・・・」
「この時間にデートが終わる程、子供じゃないだろ」
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