第五章:(10)
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この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
「お前卒業式の後どこに行ってたんだ?」
キングが聞く。
いつものギャングたちが集う夜のビリヤード場だ。
そもそも地元のギャングたちの溜まり場であり、ある学年の卒業を迎えたからと言って、店内の顔ぶれにほぼ変化はない。
Jたちの面子で言えば、ジャックは大学に進学が決まったが、地元の名門大学であり、今Jとキングの目の前で12番の球を落としたところだ。アーサーは軍に入隊し、リチャードは隣の州の大学に進んだため、顔を見なくなったが、マイキーは地元で整備工となり、やはり今、目の前にいる。Jが胴元での賭場はもうやらなくなったが、他のギャング連中はそもそも高校生でもなく、大きく変化する日常でも無かった。
「オレはジャックとそのままゴルフさ」
「あぁ、卒業式のガウンのまま行ったよ」
話しが聞こえたジャックが話に入って来た。卒業式が終わると同時に会場を抜け出してゴルフ場に向かったのは、「高校までの日常」がそこで終わると考えたからだが、こうして高校生活の延長戦の日々を、夏を迎えても過ごしていた。この中で一人進路が決まっていないJだが、受験が迫っているのも事実ながら、やる気が起こることは無く、まだまだウサギの睡眠の時間だった。
「そういや、ミッシェルやケイトとはどうなった?」
10番の球を落とすのに失敗したジャックが椅子に座ると共にJに聞いた。
「オレもそれは聞きたいな」キングが合いの手を入れるが、
「お前は目の前の4番に集中しろ」Jが即座に反応する。
「ミッシェルとはまだ何も決まってないかな。ケイトは悪い男に引っ掛からないための感性を磨く旅とやらで1年程アメリカ、カナダを回るらしい」
「つまりJがフラれた、と」
マイキーが笑いながら口を開く。
「彼女のいないミスター・マイキーの恋愛講座は聞くに堪えないが、これは終わりではなく旅立ちということ」
キングの失敗を受けて、今度はJの番となり、10番の球を落としながらJが言う。
「その言葉の違いに何か意味があるのか?」キングが冷やかす。
「う~ん・・・気分かな」
笑いながらJが答え、9番の球を落とすのには失敗した。
「さて、オレはそろそろ行くよ。もう一人、旅立ちを見送る相手に会って来る」
Jはキューを置き、3人に顎を上げて挨拶をする。
「つまり、Jがまたフラれる、と」
マイキーが言うと、
「ミスター・マイキー、その恋愛講座の教科書に『旅立ち』というワードをプラスするべきだぞ」
人差し指でマイキーを指しながらJは笑ってビリヤード場を後にした。
いつものバーのいつもの席で、エイミーはジャックローズを眺めている。店にはクリフォード・ブラウンの「煙が目にしみる」が流れている。
「隣の席空いてる?煙草が吸いたくてね。目にしみる煙が必要だから」
エイミーの肩に手を回して笑顔でJが聞く。
「もっと素敵な相手のための席だけど、今だけ座っても良いわ」
肩に回したJの手に手を重ねながらエイミーが答える。
「Kamikazeをショートで。コアントローはリンスだけで、ライムはフレッシュを使って」
「なんだか強そうなカクテルね」
「ウォッカベースで甘味を抑えたからね。甘くない夜には丁度良いさ」
マルボロとジッポを出し、Jは煙草に火を点ける。
Kamikazeは本来グラスにロックスタイルで供されるカクテルだが、Jはカクテルグラスで飲むのが好きだ。甘味が出るコアントローはシェーカーに少量垂らして香りをシェーカーに付けたら捨てる。そこにウォッカを45ml入れ、香りが立つ絞りたてのフレッシュライムを15ml加えてシェークする。
「ごめんね。黙ってて」
エイミーが申し訳なさそうに言うが、Jは遮って
「いや、ハッピーなニュースじゃないか。カレッジから大学への編入だよ。誰にだって出来ることじゃない」
エイミーの机の上の本の多さの理由は、大学編入を目指しての努力の過程だった。大学への編入のことを電話で伝えられた時、あの本が積まれた机の情景をJは思い浮かべた。見えていた情景には理由があり、その理由は結果に繋がっていた。
「でも、編入は嬉しくても、LAを離れる現実を直視できなくてずっと言えなかったの」
ショートカクテルのKamikazeが運ばれてきた。グラスを合わせるべくJがグラスを持とうとすると、エイミーはジャックローズを一気に飲み干し、
「私にも同じの作って」とバーテンダーに伝える。
「甘くない夜には丁度良いからね」
そう言いながらエイミーはJを見ながらウィンクをした。
Jとエイミーはショートカクテルに仕立てたKamikazeのグラスを合わせる。
「エイミーが大学編入でLAから遠く離れるなら、オレは大学で日本だぜ。遠さ勝負ならこちらが勝ちだ」
Jが言うと「確かにね」と笑顔を見せるエイミーに
「だからエイミーが謝る理由は何も無いさ。むしろエイミーのハッピーなニュースが聞けて凄く嬉しいし、大学に向けてやるべきことも見えて来たよ。自分がどうあるべきなのか、エイミーはいつも教えてくれる。感謝してる」
マルボロの煙は目に沁みるのではなく、未来に向かっての狼煙となった。
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