「裏通りの東大生」外伝(前)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
まだJが赤いシビックではなく、自転車で高校に通学していた頃の話
Jはクレンショー通りに面するウィルソン・パークを自転車で疾走しながら学校へと向かう。
ウィルソン・パークと高校との間には貨物路線が走っていて金網のフェンスが立っているが、フェンスには切れ目があり、知っている生徒はここから線路に侵入し、単線の貨物用線路を横断して学校側へと向かって行く。Jもまたそんな生徒の1人だった。フェンスの隙間を抜け、砂利石、線路と自転車を手で押しながら越えて学校へと向かう。
高校の駐輪場に自転車を置いて高校内を歩いていると、
「オッハヨウゴーザイマス」
アーサーが妙なアクセントの日本語で話しかけて来る。
「よっ、アーサー。What’s up」
1時間目の授業が同じなため、広い校内を同じ方向へと歩き出す。無駄話をしながら歩いていると、
「おい、J。彼女可愛いよな」
アーサーがその「彼女」の方に向かって顎を上げる。
「ねえ、ベンとはどうなったの、ミッシェル?」
「えっ、何も無いよ」
「本当に?」
「本当だよ。ただ少し仲が良いだけ」
女子生徒たちが三方を二階建ての校舎に囲まれた中庭の噴水横のベンチに座って授業前の時間に盛り上がっている。あのバックパックを抱えているミッシェルという子がアーサーのお目当ての子らしい。Jとアーサーは彼女たちを横目に噴水脇を通り過ぎた。
「お前の『可愛い子』は何人もいるな」とJがからかうと
「可愛いのは正義だぜ。オレは可愛い子全員に話しかけるぜ」
自信満々にアーサーは言うが
「で、あの子には話しかけたのか?」とJが聞くと
「まだなんだよ~ゴーメンナサイヨ~」
妙な日本語を使いながら残念がる。
そんなことを話しながら校内を移動していると、学校の外から黒のパーカーのフードを目深に被った男3人の集団が学内に入って来た。
明らかにギャングの連中だ。
しかも学内の高校生ではなく、部外者の人間だ。学校の周囲にフェンスは無く、誰でも容易に中に入ることが出来る。だからこそ、こうして近くのギャングの連中などが用事があれば高校内に入って来る。
何となく目で追っていると、学内の方からやはりギャング組織のメンバーと思われる高校生2人が彼らに近寄り握手をしている。すぐに円陣が組まれ、その中央では「なにか」が渡され、それに対して金が渡されている。
そんな光景も珍しくないため、その間もその円陣の横を一般生徒たちが普通に通り過ぎていき、校内の大人が彼らを制する様子も見えない。
この少し後、ギャング組織の連中が様々な学校に侵入して、そこで暴力事件を起こす事案が頻発し、学校の周りがフェンスで囲われることになるが、それはこの時点でのJやアーサーが知る未来ではなかった。
Jもアーサーもギャング組織には属していない。
正確を期せば、この時点でのアーサーはまだ所属していない。
とはいえ、この高校にいれば自然とギャングなんて見慣れて来る。高級住宅街のご子息、ご令嬢が通う高校とは違い、この高校にはハーバード大学にも進学出来る優秀な学生と、多数のギャングに属する生徒が混在していた。
Jもアーサーも当たり前の風景として外部ギャングが学内に入り、ほぼ隠すことも無くヤバい「なにか」を取引している姿を見ながら教室に向かった。
1時間目の授業は「英語」だ。
アメリカの高校では、生徒たちがクラスに分けられるのではなく、先生たちが自分の教室を持ち、そこで授業を行う。それぞれの生徒は自分の学力、好みに応じて授業のカリキュラムを組み、それに合わせて各時間、各教室に向かう。そのため、授業毎に生徒の構成が異なり、「同じクラスの同級生」という存在は無い。
Jとアーサーはこの1時間目の「英語」とその後の「体育」は同じだが、他の4つの授業では履修プログラムが異なっていた。
教室にはまだ先生が到着していないようで、扉が閉まり、鍵がかかっている。英語の授業を履修する生徒たちが教室前の廊下で話をしながら先生の到着を待っていた。
Jがアーサーと話していると、後ろから突然バックパックを蹴り上げられた。
アメリカ特有の重く分厚い教科書が何冊も入っているバックパックが蹴り上げられ、一瞬宙を浮き、そして再び落ちることで肩にズンと重みがかかる。振り返るとそこに居たのは同学年ながら既にギャング組織に属する大柄の男ザックだった。
「お前邪魔だよ」
ザックはポケットに手を入れ、ガムを噛みながら笑ってJを見下す。身長差も10㎝程あるだろうし、身体全体の大きさがまるで違う。既に下っ腹も出た体型だが、腕も太く喧嘩になってJが勝てる可能性は皆無だろう。しかも、背後には同じ組織に属する2人も従えている。
「J、行こう」
アーサーが横でJの手を引こうとする。
このザックの評判はすこぶる悪い。
ギャング組織に属したことで益々増長し、問題を起こさない日はない男だ。ザックが笑い、バックパックを蹴り上げられたJがそこにいる。周囲の生徒たちも会話を止めて遠巻きに見守る。
「なあ、ザック」
同じ組織の他のメンバーが声をかけ、ザックが後ろを向いた。
ザコであるJに構う時間はもう終わったということだろう。このまま今の場所から数歩移動すれば全てが終わり、何も無い日常に戻るのだ。
ただ、この時Jは思った。
「こんな自分になりたいのか?」と。
皆が見ていた。
ギャング組織の中では下っ端だが、大柄のザックが、ただそこにいた、というだけでJのことを蹴り上げ笑うところを。
そしてそれを一旦受け入れれば、Jの立場は確定する。
「いつでも蹴り上げて良い男」として。
しかし、このザックに対抗することは勝ち目の無い戦いであることも確かだった。
そして次の瞬間・・・
Jは後ろを向いていたザックを尻を思い切り蹴り上げた。
【作者からのお願い】
『続きが気になる!!』『面白い!!』と思って下さったら、下にある【☆】をタップして評価やブックマークをして頂けると執筆の励みになります。




