「裏通りの東大生」外伝(後)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
後先?
そんなものは後から付いて来れば良かった。
「なりたくない自分」への道を拒否したJは、大柄なギャング、ザックの尻を思い切り蹴り上げた。もう後には戻れない決断だった。
絶対に無いと思われたJによる攻撃に、ザック自身が一瞬戸惑い、Jの方を振り返りながら何が起こったのか整理していた。そして、Jが自分の尻を蹴り上げたことを悟ると
「お前を殺す」
顔を真っ赤にして激怒した。
もう手を付けられないザックがそこにいて、アーサー含めて誰もそれを止めることは無かった。Jに向かって突進を始めたその瞬間、
「よし、授業を開始するぞ」
と、英語の先生が到着し、ザックも一旦平静を装った。
教室の扉が開き、生徒たちは教室に入っていく。Jとザックの席は幸いなことに離れている。しかし、怒りが収まらないザックは
「お前を殺す。あとで待ってろ。お前を殺す」
殺す、殺すと英語の授業であるにも関わらず、語彙力の無い同じ単語の脅し文句を何度も大声で口走る。
先生もあまり気に留めることはなく、授業中もザックはJの方を睨み続け、定期的に指を差して「お前を殺す」と教室中に響く声で叫ぶ。
もしかしたら「なりたくない自分」への道は、さらに最悪な方への決断だったのかもしれない、とJは思った。
授業も終盤に差し掛かり、「殺す」と宣告されているJへの「死刑執行」の時間も迫って来る。
その頃になって、ザックの横に授業中であるにも関わらず席を勝手に移っていった男がいる。
確か、キングという名の男だ。
集団の中では何度かは話したことがある男だが、彼が何者であるのかはいまいちよく分かっていない。ただ、ザックの肩に手を置き、何か色々と話をしている。
そして運命の時が来た、英語の授業が終わった。どうせ襲われるのだろうと覚悟を決めながら、Jはバックパックを背負って教室を出た。
しかし、ザックが襲って来ない。彼の友人らもJに関わって来ない。
「いつでもオレのことくらい殺せるから、今は何か楽しいことでも見付けたのかな」
そう思いながらJは2時間目の教室に向かう。
中休みになっても、昼休みになっても、ザックは姿を見せない。それだけでなく、翌日以降もザックは確かに英語の教室にいるが、Jが襲われることが無いだけでなく、もうJに全く関わって来なかった。
そんな頃にJに話しかけて来たのがキングだ。
「お前はJって言うのか?オレはキングだ。よろしくな」
以降、Jとキングは友人になっていく。馬鹿話をし、好きな女の話をし、時に喧嘩もして互いに殴り合いもしたが、2人は良い友人として過ごしていった。彼がブルーという巨大組織のメンバーであることを知るのは、あの日の1年以上後のことだ。
数年後(第一章:5話の後の時間軸)
「こないだはお前にいい女を口説かれちまったからな」
キングがジャック・ダニエルのストレートを飲みながら言う。
「エイミーのことだろ?お前が口説かないからしかたない」
Jもキングに合わせたジャック・ダニエルを飲み干し、
「ジャックローズを」
バーテンダーに注文をする。
バーにはWes Montgomeryの「Full House」が流れる。
「良いチョイスだな」
Jはジャズのナンバーに対して言ったつもりだが、
「いや、悪いチョイスだろ。こないだあの女が飲んでたカクテルだろ?オレへの嫌味か?」
キングはカクテルのチョイスだと思ったようだ。
「覚えてるか、J。1年の時、お前がザックのケツを蹴り上げたの」
「あぁ、勿論覚えてる」
「あの時お前がザックのケツを蹴り上げたのを見てな、こいつは信頼できるって思ったんだ」
KENTに火を点けながらキングが言う。
「普段は強がっててもな、いざって時に逃げ出すヤツはギャングだろうとどこにでもいる。そんな連中は信頼できない。窮地で逃げ出さないヤツだけが一緒に戦場に立てる。ヤバい場面でも信頼して援軍を頼めるし、そういうヤツだから、そいつのピンチにこちらも命を賭けられる」
Jのあの日の決断は無謀極まりなかった。
しかし、それは思わぬ道への扉を開いたようだ。その瞬間を見かけたキングは、Jは窮地に立ち向かう度胸と腕っぷしと決断が出来る男と思った。腕っぷしに関してはキングの勘違いだが、その勘違いにJは黙って乗ることにした。
裏通りで周囲から認められるためには、普段の付き合いや強めの言動よりも、ここ一番という場面において共に戦場に立つことが必要だ。だからこそ、Jはキングがゴールドと交渉する時、ブラックが抗争を始めた時、その現場に身を置いた。銃も持たず、喧嘩も強くないJだが、彼らの要請に応えることで、戦力にはならずとも共に危機を乗り越え、信頼を獲得してきた。それが出来る人物、あのザックの尻は、Jが蹴り破った裏通りへの扉だったようだ。
「それでお前があの日動いたのか」
運ばれたジャックローズを飲みながらJが聞くと、
「あぁ、あいつはJを襲うつもり満々だったが、オレがあの場で止めて、その後ヤツの組織の上の連中に話を通して完全に手を引かせた」
「なるほど、3年も前の話だけど、ありがとな」Jは感謝を述べつつ、
「ところでキング。いざって時に逃げ出すヤツは信頼できないらしいが、バーでエイミーを先に見付けたのに、口説くことから逃げ出したヤツは知らないか?」
「オ、オ、オレは逃げてねえよ。お前にいい女を譲ってやっただけだよ」
キングのKENTを吸うペースが速くなった。
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