第四章:(9)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
「ったく!!脅かしやがって」
Jはシビックでフリーウェイを高速で飛ばしながら呟いた。ビリーの撃った銃弾は、ドアの横に飾ってあるポスターの女の身体を見事に撃ち抜いていた。
正直、怖かった。
もちろん店を出るまではそんな素振りは見せなかったつもりだが、至近距離から銃弾がこちらに飛んでくる経験はもちろん今まで無い。あるいは見透かされていたかもしれない。その場を離れたい気持ちがシビックをいつも以上の高速でのドライブにさせていた。
キングやラルフの力を借りるのが正解だった。
一人で渡るにはこの橋は危な過ぎた。
無事にシビックに乗れているのも、Jは自分の実力では無く、ブルーやブラックの組織が背後にあったからに過ぎないことは分かっていた。しかし、それでも純粋にあの危ない橋から生還出来たことへの興奮は隠せなかった。
エイミーに会いたいという気持ちが沸いている自分がいることをJは認識していた。しかしそれは自分の火の粉を自分で払ったことを、子供が褒めてもらいたくてアピールするように言いたいだけだろうことも分かっている。そして、あの火の粉が払えたのはブルーやブラックの力であることも分かっている。
会ったところでエイミーが褒めることはないし、危険過ぎる橋を渡ったことを逆に注意するだろう。こんなことがして欲しくてあの話をした訳ではないこと明らかだからだ。それはミッシェルに会っても同じことだ。こんな時は「本妻」との時間が一番だろう。
「ジャック、ディナー食べたか?」
Jはジャックの家に着くと、靴も脱がずに玄関で聞く。
「いや、まだだけど」ジャックが答えると
「よし、じゃあ焼き鳥に行こう。今日は金が入ったんだ」
Jが提案すると、ジャックも直ぐに上着を羽織り出掛ける準備をする。焼き鳥はJとジャックの2人の好物の一つで、毎月のように通っている。先の一件で疲れたこともあり、この日はジャックのカムリで2人で店に向かった。
ロサンゼルスにありながら、しっかりと赤提灯が下がる日本らしい飲み屋の焼き鳥屋に入り、焼き鳥をそれぞれ10本ずつ程とJは冷酒をオーダーする。
ジャックの好物はつくねとネギマだ。これを2回頼むことも珍しくない。Jもつくねは大好物で毎回2回オーダーする。それと共に必ず頼むのが揚げ納豆とワサビを乗せたササミだ。納豆が詰められた油揚げがタレをまとって炭火で焼かれた一品は酒の肴に最適だ。だが、ジャックに納豆は無理で、またワサビの辛さも苦手だった。いつも通り「これ美味しいのに」とブツブツ言いながらJは食べ進めた。
恋のゲームをする訳でもなく、ギャングが絡む時間でもなく、本当に力の入らない自然な時間が流れる。大好きながら文句も言いたくなる彼女のことをジャックが話したり、目の前の焼き鳥のこと、高校の授業のことなど平凡な会話が楽しく続く。
焼き鳥屋からの帰り、もう車もまばらなクレンショー通りを走りながら、
「そういえば、SATの結果ってどうだった?」
ジャックが聞く。
「1400点超えてたよ」Jが答える
「なんで?オレの点数より良いんだけど・・・」
大学を目指すジャックが絶句する。そして運転席の窓を少し開けるとパーラメントを取り出し、火を点け吸い始めた。Jもポケットからマルボロを取り出し火を点ける。
「数学の先生と生徒の差かな」
笑いながらJは助手席の窓を開け、煙草の煙を外に向かって吐いた。
SATは数学、英語それぞれ800点、合計1600満点のテストで、アメリカ生まれの英語を母語にする高校生たちでも1000点前後というのも珍しくない。しかし、日本人は平均して数学が得意なこともあり、英語で多少点数が低くても、数学がその分をカバーし、SATの点数がアメリカ人を上回ることも多かった。数学が得意なJは数学で点数を大きく稼いだ結果、日本、アメリカどちらの大学でも進学に必要な点数を超える点数を1回目の受験で獲得した。
「数学は負けるもんな・・・」
大学で経営学を専攻する予定のジャックだが、数学だけはJに勝てないことを認めていた。
「それにしても1回目でその点数って凄いね」
「それは自分でも驚いてる」
JとしてもSATがどんな試験なのかもよく分からない中で、試し受験として受けた1回目だっただけに、点数が送られてきた時には目を疑った。
「その点数があるなら大学に行けば良いのに」ジャックが続ける。
「大学ねえ・・・」
「日本に『東京大学』ってのがあるんだろ?No.1大学」
「おいおい待てよ。オレが東大に入るようなら、キングがハーバードに入っちまう」
Jとジャックで笑いながらカムリは夜の空いているクレンショー通りをジャックの家に向かっていた。
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