第三章:教えて覚える(1)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
Jにとって数学のクラスは睡眠のクラスだ。
高校で教える最上位の数学のクラスは「微分積分学」のクラスであり、高校は学力毎にクラスが異なるため、学年に関係なく生徒それぞれのレベルで取る授業が決まる。高校最終学年で単純な足し算の授業を受ける者もいれば、高校1年で「微分積分学」を取り、高校のレベルを超えて以降は高校の単位のために大学に授業を受けに行く者もいる。
Jは高校の授業全体としての成績では、大学進学は諦めざるを得ないような成績だった。しかし、数学だけは適応力があり、「微分積分学」クラスを受講すると共に、そのクラスの最高得点生徒だった。
しかし、真面目に授業を受けることは無く、一番後ろの席で共に授業と受けるジャックと寝て過ごすのが日常だった。ろくでもない生徒だが、成績が良ければ何も言われないのがアメリカ社会の良い所かもしれない。
Jはこの日も授業開始前からジャックと共に寝始めた。
「ハッ!」
目覚めると隣にジャックがスヤスヤと寝ているだけで、後は先生以外教室に誰も居ない。
「おい、ジャック、授業終わってる」
焦ってジャックを揺さぶると
「いいお目覚め?宿題は黒板に書いてあるからね」
40代前半の金髪の綺麗な小柄な女性の先生が笑顔で声をかける。これだけ寝ていても怒らないので、せめて宿題はやってこようと思う。生徒の操縦が上手い先生だ。
「ん?あ?えぇ?」
ジャックも起きた瞬間から左右を見渡す。
二人で急いで宿題の課題を紙に書いて教室を出た。この授業が一日の最後の授業だからこそ出来るゆっくりとした睡眠だ。学校の建物を出て駐車場に向い、Jはシビックに、ジャックはグレーのカムリに乗り込み、それぞれ家路を急ぐ。
「さすがに今日は安全運転で帰らないとな」Jは呟く
先日捕まった交通違反の裁判が翌日に控えていた。ヒップホップ・ステーションから流れるDr. Dreの「Nuthin’ but a ‘G’ Thang」もボリュームを多少普段よりは絞ってある。もちろん、それでも大音量には変わりないのだが。全開にした窓から腕を出し、マルボロをふかしながらJは彼の中での「安全運転」で家へと向かった。
裁判所は市の中心街にあり、市役所と同じ敷地内にある。
Jが通う高校の近くでもあり、皮肉なことにJが日々暴走しながら通り過ぎている通り沿いにある。Jと彼の母親は裁判所のドアを開けて、所定の手続きを済ますと待合場で待っていた。18歳未満の裁判の場合、親の同席が義務付けられているため、母親と一緒なのだ。
どうやらこの日のこの時間の少年裁判は、Jを含めて2組だけのようで、待合室にはもう1組親子が待っている。
Jの向いの座席に座るのは40代から50代の恰幅がかなり良く、腕などはJの太もも以上ある大柄の女だ。入れ墨も入り、眼つきから相当根性の座った人物であることは分かる。踏ん反り返り、腕組みをしている母親の横で、同じ顔をしつつも小さくなっている男の事をJは知っていた。
グリーンのメンバーで、以前パットと彼らの店でさしで勝負した時にも店に居た男だ。街で見かけると大柄な男で身体が前に曲がらないのかと思う程反り返り、常に数人の子分を連れ悪さをしている男だが、そいつが母親の前では前のめりになり小さくなっている。横にあった雑誌棚を見つけると数冊の雑誌を手に取り
「マミー、雑誌読む?」と首を傾げて甘えて見せる。
これで笑わないでいるなんてJには拷問のようだ。奴の母親は憮然と一冊の雑誌と取ると、残りは返せとばかりに手を振る。すると即座に息子は雑誌棚に向かい綺麗に雑誌を片付けている。
相手もJの存在には気が付いているのだろうが、怖い母親の前では可愛い子猫に成らざるを得ないようだ。
「なぁ、あいつは実は・・・」
Jは母親にヒソヒソと耳打ちして伝えてみる。別に日本語なのでヒソヒソ話す必要もないのだが、裁判受ける身で大声で話すのも問題ありそうなので小声で話す。
母親と共に散々笑っているとJの裁判が始まり、小法廷である個室に母親と共に通された。
個室の中には黒い裁判衣装を着た男が一人待っており、まずJに手を上げて宣誓をさせ、次に罪状を読み上げた。特に争うこともないので、素直に言われるがままにしていると、課金100ドル程と交通再教育学校の少年クラスへ通うことが言い渡され結審した。10分もかからない裁判で、裁判所滞在全てで30分程だろう。この過程で母親が発言することは何も無く、何のためにわざわざ裁判所への出廷が求められ、親同伴なんだろうと思いながら個室を出て、入り口で課金を現金で払った。
「あ~ぁ、せっかく稼いできたのに」と言うと
「自業自得」
なんとも的確な母親の一言が裁判を締め括った。
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