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裏通りの東大生  作者: Jzou
ゲームから学ぶ

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22/59

第二章:(8)

沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。


この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。

いつものビルでのギャンブルを終えて、Jは一人最後にビルの裏階段を降りた。するとそこに立っていたのはスティーブだった。


危険な状況であることは理解出来た。彼がJを襲う理由は十分あり、実際Jを見ている眼つきに殺気がある。一瞬でも気を緩めれば襲い掛かられることは明らかだった。


「お前、ミックにも俺にも恥をかかせたな」


痩せ型のスティーブは顎を上げ、鋭い眼つきのまま近寄ってきた。

Jが無視して歩き出したのは、変に相手をした方が危険だと判断したからだ。しかし次の言葉がJの足を止めた


「逃げるなよ、クソジャップ」


Jの中で無条件にスイッチが入る言葉が「ジャップ」だ。日本人であるためにこの言葉で何回馬鹿にされてきたか分からない。その度に喧嘩をしてきた。Jにとって、下がってはいけない時だった。


「てめぇ、生まれてきたこと後悔させてやるよ」


Jがスティーブを見据えて言い終わった瞬間、射程距離まで近づいたスティーブは飛び掛ってきた。


拳はギリギリかわしたが、体当たりの格好となったため、Jはバランスを崩してビルに背中を打ち付けた。すぐに左に移動し、距離を取って正面に相手を見据える。


スティーブは肘を張って、両腕を下げて小刻みにリズムを取るアメリカの喧嘩では一般的なスタイルだ。両腕を下げるため、当然頭部への隙が大きい。


Jは身体を右に完全に開き、右腕を既に振りかぶった状態で顔の脇に置き、左腕を顔の前に据えてガードをするスタイルだ。右ストレートの威力は大きいが、腹部の隙が大きい。


Jが前へ一気に間合いを詰めると、スティーブは右パンチを警戒して両腕を多少上げつつ後ろに下がろうとする。この瞬間を見計らってJは左足で強烈な前蹴りをスティーブの腹部に入れる。後ろに下がろうとした体重移動と合わせて一気にバランスを崩して倒れながら飛んでいく。


立ち上がったスティーブが勢い良く突進し、右フックを出すがこれは予測出来たので簡単にかわせた。そして直後の左フックは両腕でガードしたが、この時両足が揃ってしまい、そこを腕で押されバランスを崩す。立て直した所に拳がきて右頬を殴られた。


ここでビルの駐車場を見回りにパトカーが来た為、Jは何事も無かったように車に乗り込んだ。スティーブの判断も同じのようで、ここでは意見が一致していた。



ビリヤード場に行くと、キング、ジャック、マイキーが既に遊んでいる。スティーブの一件があり、Jが着くのが多少遅れていたからだ。


「いや~、まいったよ」

Jが先程の話を笑い話として話していた。


Jとジャック、キングとマイキーが組んでのプレーだったが、相変わらず他のテーブルに比べるとプレーの速度が遅い。


「で、相手は誰だったんだ?」

キングはマイキーのプレーを見ながらJに話しかける。


「グリーンの一件は覚えてるだろ?あの時の下っ端で・・・スティーブってヤツだ。痩せ型で目付きが悪い奴だよ」


ジャックがプレーするのを見ながらJも答えるが、この二人のプレーで球は落ちなかった。


「そりゃ、災難だったな」


キングは言いながら「6」を落とす。しかし、元来のお調子者のため、より格好よく次ぎを落とそうとして失敗する。


「明日面倒なことにならないと良いんだけどね」


Jは意図した場所とは違うところに「12」を落とした。これを狙っていた、という顔をしてみるが、まぐれであることは当然ばれている。


このゲームはキングたちが勝ち、次のゲームを始めようとしたが、「ちょっと用事がある」と言い残してキングは帰ってしまった。


マイキーも帰り、残されたJとジャックが夜中外にいるのであるから、当然行き先はデニーズだった。

Jがムーンオーバーマイハミー、ジャックがバッファローウィングであることは変わらない。



「あいつを殺してやる」


ナイフを取り出したスティーブは怒りに任せてスプライトの缶を握り潰した。


「あのジャップはミックを馬鹿にした上に、オレを殴りやがった」


「よし、じゃあ仲間集めてそいつを潰そうぜ」

横にいるスティーブの仲間も同調する。


既に閉店時間も過ぎたグリーンの賭場の駐車場で、Jを襲撃する計画が練られていた。真っ暗な駐車場に残っている車少ない。そして仲間を集めるために車へと移動した時、


「お前らの行く先はそっちじゃねぇよ」


キングの声と共に数人の男達が周りを囲んだ。スティーブもキングは知っている。その上で今の状況が怒りに任せていられるものでないことくらいは理解出来た。


「Jに手出したらしいな」


キングの声も表情もスティーブを凍りつかせた。


「オ、オレに何かあったら・・・」

言い終わる前に


「大丈夫だ、パット達はお前よりもJを選んだよ」


スティーブ達は立ちすくむことしか出来なくなっていた。



翌朝、Jが図書館へと向かおうと校内を歩いていると、ミッシェルが手を振りながら近付いてきた。


「Jって今日の放課後何かあるの?」


「あぁ、今日は大事な用があるよ。勝負に勝ったら食事でもご馳走するさ」

Jは笑顔で腕を組むミッシェルに答えた。


「あんまり危ないことはしないでね。でも、期待して待ってる」


いたずらっぽく笑うミッシェルに軽くキスをして別れたJは図書館へ向かい、そのまま寝ようとすると


「ジェ~イ!」


と図書館中に響く大声でキングが明るい顔で近寄ってきた。


「お前を襲ったスティーブって奴な。もう襲うことは無くなったぞ」


得意気に笑顔で話しかけてくるが、その一言で何があったのかは分かった。きっと笑顔ではいられないような出来事がスティーブにはあったのだろう。


その後スティーブを見かけることは無くなり、危険は排除された。そしてJがグリーンと揉めるようなこともなく、キングが相当上手く処理をしたようだった。


スティーブには現状と自分の選択がもたらす未来をシミュレートする視野や冷静さが欠けていた。Jの後ろにキングが居ることを知っていたはずだが、ケイトとの一件もあり、冷静さが失われていたのだろう。戦力分析、力関係、同盟関係、それらを俯瞰して自分の戦術を立てていく事は、ゲームの世界でも、現実社会でも共に重要になる。その訓練としてシミュレーションゲームは重要なのだ。それが出来なかったスティーブは、恐らくなりたくない自分という結末を迎えたのだろう。


そして危機を救ったキングも、危機を救われたJも、何事もなくその日を過ごし始める。スティーブにとっては特別な夜となったが、キングにとってもJにとってもよくある夜が明けたよくある朝なだけだった。

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