八十五話 届かない一パーセント
それから。
数日が過ぎた。
桶さんは。
いつも通り。
湯けむり亭で。
皆に使われていた。
怪我をした冒険者。
疲れて帰ってきた常連。
子供達。
そして。
従業員達。
桶さんの湯を。
皆が。
当たり前のように。
使っている。
「はぁ……」
「今日も気持ちよかった!」
「やっぱり湯けむり亭は最高だな!」
そんな声を。
桶さんは。
毎日のように聞いていた。
皆が笑っている。
皆が喜んでいる。
その光景は。
桶さんにとって。
とても嬉しいものだった。
だが。
桶さんには。
別のことが。
気になっていた。
(……99%)
ステータス。
???
その進行度が。
ついに。
99%になっていた。
(あと1%)
(もう少しだ)
桶さんは。
何度も。
ステータスを確認した。
だが。
何時間経っても。
何日経っても。
変わらない。
99%。
そこから。
一向に。
動かなかった。
(……なんでだ?)
(何が足りない?)
桶さんには。
分からない。
これまで。
たくさんの人に。
湯を使ってもらった。
たくさんの人が。
喜んでくれた。
それでも。
最後の1%。
そこだけが。
どうしても。
埋まらない。
(まさか)
(何か特別な条件があるのか?)
桶さんは。
考え続けた。
だが。
答えは。
出なかった。
その頃。
湯けむり亭では。
別の問題が。
限界を迎えようとしていた。
「……なぁ」
受付で。
常連の一人が。
ルーナへ声をかける。
「ミリナちゃん」
「いつになったら出てくるんだ?」
「……」
ルーナは。
言葉に詰まる。
「もう」
「三ヶ月以上だぞ?」
「さすがに」
「心配になってきたんだが」
「体調が悪いって話だったよな?」
「はい……」
「だったら」
「そろそろ顔くらい」
「見せてくれてもいいんじゃないか?」
別の常連も。
口を挟む。
「そうだぞ」
「店長だろ?」
「何ヶ月も姿を見せないなんて」
「何かあったんじゃないのか?」
少しずつ。
声が大きくなる。
今までは。
「ちょっと体調を崩してまして」
「もう少し待ってください」
そう言って。
何とか。
話を逸らしてきた。
だが。
もう。
限界だった。
バルミナが。
受付へ出てくる。
「……皆」
常連達が。
バルミナを見る。
「ミリナちゃんのこと」
「知りたいんだろう?」
「当たり前だ!」
「三ヶ月だぞ!」
「俺達だって心配なんだ!」
バルミナは。
静かに。
頷いた。
「そうだねぇ」
「もう」
「隠しておくのは」
「無理だろうねぇ」
店内が。
静かになる。
「ミリナは」
バルミナが。
ゆっくり。
言葉を選ぶ。
「今」
「病気と戦ってる」
「……病気?」
「違う」
バルミナは。
首を横に振る。
「呪いだ」
「……!」
店内が。
一瞬で。
静まり返った。
「呪いって……」
「そんな……」
「ミリナちゃんが?」
常連達の顔から。
血の気が引いていく。
「今」
「凄腕の解呪師が」
「必死に治療してる」
「だけど」
バルミナが。
拳を握る。
「まだ」
「解呪できてない」
「……」
「ミリナは」
「かなり厳しい状態だ」
誰も。
何も言えなかった。
しばらくして。
一人の常連が。
小さく呟いた。
「……そうだったのか」
「俺達」
「何も知らなかったんだな」
「ずっと」
「待ってれば」
「また会えると思ってた」
その言葉に。
バルミナは。
少しだけ。
目を伏せた。
「私達も」
「そう思いたかったんだよ」
その夜。
ミリナの部屋。
ミリナは。
ベッドの上で。
ゆっくりと。
皆を見ていた。
バルミナ。
ルーナ。
シャルネ。
ミア。
エナ。
ドロシィ。
そして。
桶さん。
最初から。
自分と一緒に。
湯けむり亭を。
支えてくれた仲間達。
「……皆さん」
ミリナが。
静かに。
口を開く。
「集まってもらって」
「ごめんなさい」
「何言ってんだい」
バルミナが。
すぐに返す。
「謝ることじゃないよ」
「そうですよ」
ルーナも。
笑う。
「私達」
「ずっと一緒にやってきたじゃないですか」
「……はい」
ミリナは。
小さく笑った。
だが。
その顔には。
以前のような。
元気はなかった。
「私」
「少し」
「皆さんに」
「話しておきたいことがあります」
皆が。
黙って。
ミリナを見る。
「この先」
「どうなるか」
「私にも」
ミリナが。
少し息を整える。
「分かりません」
「でも」
「今まで」
「本当に」
「ありがとうございました」
その言葉に。
バルミナが。
「……何を言ってるんだい」
少し。
声を震わせた。
「まだ」
「終わってないだろう?」
「……はい」
ミリナは。
笑った。
「そうですね」
「まだ」
「終わってません」
その時。
桶さんは。
ミリナを。
じっと見ていた。
(……まだだ)
(絶対に)
(まだ終わらせない)
そして。
もう一度。
自分のステータスを見る。
???
99%。
(あと1%)
(何が足りないんだ……?)
桶さんは。
必死に。
考え続けていた。




