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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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八十四話 神湯とは何なのか


 それから。


 さらに。


 三人と一頭は、馬車を走らせ続けた。


 山を越え。


 森を抜け。


 街道を進み。


 ようやく。


 三人と一頭は、見慣れた街並みへ戻ってきた。


「……見えてきた」


 シャルネが、前方を指差す。


「やっとだねぇ」


 クラマも、小さく息を吐く。


 そして。


 その先に。


 湯けむり亭があった。


『……帰ってきた』


 桶さんは、久しぶりに見る湯けむり亭を、じっと見ていた。


 大きくなった建物。


 新しくなった露天風呂。


 受付棟。


 そして。


 そこへ集まる大勢の客。


『……相変わらず』


『大繁盛だな』


 少しだけ。


 嬉しくなる。


 だが。


 そんな感慨に浸っている時間はなかった。


「おかえりなさい!」


 出迎えに来たのは、ミア、エナ、ドロシィ。


 そして、バルミナとルーナ。


 皆、帰ってきた三人を見て、嬉しそうな顔をする。


「無事でよかった……!」


 ルーナが、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「お疲れ様でした」


 バルミナも、静かに笑う。


 だが。


 シャルネが、すぐに聞いた。


「ミリナは?」


 その瞬間。


 皆の表情が変わった。


「……部屋にいます」


 ルーナが、小さな声で答える。


「セレナさんも一緒です」


『……』


 桶さんの胸に、嫌な予感が走る。


 急いで、ミリナの部屋へ向かう。


 扉を開ける。


「……おかえりなさい」


 ベッドの上。


 ミリナが、弱々しく笑っていた。


『ミリナ……』


「桶さん」


 ミリナの声は、以前より明らかに弱かった。


 そして。


 その腕には、黒い痕。


 それは。


 腕だけではなかった。


 肩を越え。


 胸へ。


 さらに。


 首元近くまで広がっている。


「……」


 シャルネが、言葉を失う。


 クラマも、黙っていた。


 桶さんは、何も言えなかった。


 ただ。


 その黒い痕を見つめていた。


「おかえりなさい」


 ミリナが、もう一度微笑む。


『……ただいま』


 その夜。


 皆が、受付棟に集まった。


 セレナも、そこにいる。


「……正直に」


 セレナが、口を開いた。


「お話しします」


 全員が、静かに聞く。


「呪いの進行速度が」


「ここ最近」


「さらに上がっています」


「……」


「私の遅延術で」


「今までは何とか」


「時間を稼げました」


「ですが」


 セレナは、少しだけ目を伏せる。


「あと一ヶ月」


「持つかどうか」


 部屋が、静まり返った。


「……一ヶ月」


 ルーナが、小さく呟く。


 シャルネは、拳を握る。


「じゃあ」


「神湯を探す時間は」


「もう……」


「ありません」


 セレナが、静かに答える。


 桶さんは、何も言わなかった。


 ただ。


 頭の中で、考えていた。


 翌日。


 桶さんは、旅の間に汲んできた温泉を次々と試していた。


 秘湯。


 名湯。


 古い温泉地。


 旅先で出会った様々な湯。


 それらを一つずつ。


 桶さんを通して、ミリナへかけていく。


「……」


 ミリナが、目を閉じる。


「少し」


「楽になった気がします」


 だが。


 黒い痕は消えない。


 別の湯。


 さらに別の湯。


 混ぜてみる。


 温度を変える。


 組み合わせを変える。


 何度も。


 何度も。


 試した。


 結果。


 苦しさが一時的に軽くなることはあった。


 体の重さが少し取れることもあった。


 だが。


 黒い痕は消えない。


 呪いの進行も止まらない。


「……駄目か」


 桶さんが、呟く。


 ミリナが、少し笑う。


「でも」


「楽にはなりましたよ」


『それじゃ駄目なんだ』


 桶さんは、強く言った。


『俺は』


『ミリナを治したい』


「……はい」


 ミリナは、静かに頷いた。


 夜。


 誰もいなくなった。


 桶さんは、受付棟に置かれたまま、ずっと考えていた。


(神湯)


(俺達はずっと)


(それを探してきた)


 神湯と呼ばれる場所を。


 探した。


 秘湯も。


 名湯も。


 いくつも見つけた。


 けれど。


 どれも違った。


(そもそも)


(神湯って)


(本当に「探すもの」なのか?)


 桶さんは、考える。


 神湯。


 名前からすれば。


 どこかに存在する、特別な温泉。


 そう思っていた。


 だから。


 探していた。


 だが。


(もし)


(違うとしたら?)


(神湯って)


(最初から「あるもの」じゃなくて)


(何かをきっかけに)


(生まれるものだったら?)


 桶さんは、静かに考え続けた。


 そして。


 ふと。


 自分のステータスを思い出す。


(……???スキル)


 旅に出る前より。


 確実に。


 数字は上がっている。


 だが。


 まだ。


 意味は分からない。


 桶さんは、ステータスをじっと見つめる。


(神湯を探すんじゃなくて)


(神湯を)


(作る……?)


 その考えが。


 初めて。


 桶さんの中に。


 はっきりと浮かんだ。

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