八十三話 帰り道
翌朝。
三人と一頭は、再び湯けむり亭へ向けて馬車を走らせていた。
昨日、温泉でしっかり休んだおかげか。
シャルネも、クラマも、かなり元気を取り戻している。
そして。
馬も、以前とは明らかに違っていた。
足取りが軽い。
息も乱れにくい。
長旅で重くなっていた体が、まるで別の馬のようだった。
「……速いね」
シャルネが、手綱を握りながら呟く。
「昨日までとは全然違う」
「ほんとだねぇ」
クラマも、馬車の後ろを振り返る。
「この子」
「まだまだ走れそうだよ」
『よかったな』
桶さんが、荷台から声をかける。
「桶さん」
『ん?』
「昨日の湯」
「やっぱりすごかったよ」
『そうか?』
「うん」
「私もクラマも」
「朝起きたら体が軽かった」
「馬まで元気になったし」
『……そうなんだよな』
桶さんは、少し考えていた。
昨日のこと。
以前なら。
あそこまでの疲労を、短時間で抜くことはできなかった。
しかも。
馬にまで、はっきりと効果が出た。
(俺の力)
(やっぱり強くなってるよな)
だが。
どうしてなのかは、分からない。
ステータスを見ても、目立った変化はない。
だから。
今は。
考えても仕方がないと、桶さんは思った。
『まぁ』
『帰ったら色々試してみるか』
「また実験?」
シャルネが、少し笑う。
『気になるだろ』
「まぁね」
「でも」
「今は帰るのが先」
『それはそうだな』
馬車は、街道を進んでいく。
山を越え。
森を抜け。
小さな村を通り過ぎる。
旅に出てから。
すでに長い時間が経っていた。
最初は。
神湯を見つける。
それだけを考えていた。
だが。
探しても。
探しても。
見つからなかった。
神湯と呼ばれる場所。
それらしい温泉。
古い温泉街。
寂れた温泉宿。
いくつも見てきた。
けれど。
どれも。
ミリナを救えるものではなかった。
「……」
シャルネが、黙って前を見る。
クラマも。
珍しく、何も言わなかった。
そんな二人を見て。
『まぁ』
『まだ帰れる』
桶さんが、静かに言う。
『神湯が見つからなかったなら』
『一度湯けむり亭に戻ればいい』
『そこからまた考えればいいさ』
「……そうだね」
シャルネが、小さく笑う。
「帰ろう」
「うん」
クラマも、頷いた。
その頃。
湯けむり亭。
ミリナの部屋。
「……っ」
ミリナが、苦しそうに息を吐いた。
ベッドの上。
腕に広がっていた黒い痕は。
肩を越え。
胸へと、さらに広がっている。
「ミリナ!」
セレナが、すぐに駆け寄る。
「大丈夫です」
ミリナが、笑おうとする。
「ちょっと」
「苦しかっただけです」
「……」
セレナは、何も言わず、ミリナの腕へ手を当てる。
「遅延術をかけます」
淡い光が、部屋を満たす。
黒い痕の進行が、一時的に止まる。
「……よし」
セレナが、息を吐く。
だが。
その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「セレナさん」
「はい」
「……私」
「大丈夫ですよね?」
「……」
セレナは、一瞬、言葉に詰まった。
そして。
「大丈夫です」
そう答えた。
「私が」
「必ず止めます」
だが。
その言葉とは裏腹に。
セレナは、ミリナの体を蝕む呪いを見つめながら。
強く。
拳を握っていた。
その頃。
馬車は。
ひたすら。
帰路を進んでいた。
湯けむり亭まで。
まだ遠い。
それでも。
少しずつ。
確実に。
近づいている。
『ミリナ』
桶さんは。
遠く離れた場所を思いながら。
小さく呟いた。
『もう少し待ってろよ』
『すぐ帰るからな』




