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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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八十話 迫る限界


 シャルネ達が山奥で秘湯を見つけた頃。


 湯けむり亭では、ミリナの容体が明らかに悪化していた。


「……っ」


 ミリナは、自分の腕を押さえていた。


 そこには、黒い痕が以前よりもはっきりと浮かんでいる。


 腕から。


 肩へ。


 そして、胸元へ。


 まるで黒い根が伸びるように、広がっていた。


「ミリナ……」


 ルーナが、心配そうに声をかける。


「大丈夫です」


 ミリナは、笑おうとした。


 だが、その顔には以前のような余裕がない。


「少し、疲れてるだけですから」


「……嘘ですね」


 ルーナが、静かに言った。


「昨日より、顔色が悪いです」


「それに」


 ルーナの視線が、ミリナの腕へ向く。


「その痕」


「また広がってます」


「……」


 ミリナは、答えなかった。


 その時。


「ミリナ」


 バルミナが、部屋へ入ってきた。


 ミリナの顔を見るなり、表情が変わる。


「……今日は、かなり酷いねぇ」


「そんなこと……」


「あるよ」


 バルミナは、ミリナの前に座る。


「無理してるだろう?」


「……」


「大丈夫です」


 ミリナは、また同じ言葉を口にした。


 だが。


 その直後。


「……っ」


 胸元を押さえた。


「ミリナ!?」


 ルーナが、すぐに支える。


「少し、痛いだけです……」


 ミリナは、苦しそうに息を整える。


 バルミナは、何も言わなかった。


 ただ、その黒い痕をじっと見つめていた。


「……進んでるねぇ」


 その言葉に、ミリナが小さく笑った。


「そうみたいですね」


「でも」


「まだ大丈夫です」


「まだ」


 バルミナが、その言葉を聞いて眉を寄せる。


「その『まだ』が、一番怖いんだよ」


 その頃。


 湯けむり亭の外では、今日も多くの客が訪れていた。


「今日も混んでるな!」


「予約取れてよかったぜ!」


「露天、空いてるかな?」


 以前と変わらない。


 いや。


 以前よりも、さらに賑わっている。


 新しくなった湯けむり亭を、客達は楽しんでいた。


 だが。


 その裏側で。


 ミリナの状態は、少しずつ。


 確実に。


 悪くなっていた。


 夜。


 営業を終えた後。


 ミリナは、一人、自分の部屋にいた。


 鏡を見る。


 そこに映った自分の顔は、以前よりも明らかに痩せていた。


「……私」


 ミリナは、胸元に手を当てる。


「いつまで」


「みんなと一緒にいられるんでしょう」


 その声は、誰にも届かなかった。


 ミリナは、机の上に置かれた、桶さんの代わりに使っている小さな器を見る。


「桶さん……」


「早く帰ってきてくださいね」


 その時。


 胸の奥に、また黒い痛みが走った。


「……っ!」


 ミリナは、机に手をついた。


 呼吸が、一瞬、止まりそうになる。


「はぁ……」


「はぁ……」


 やがて、痛みが引く。


 だが。


 黒い痕は、確実に広がっていた。


 翌朝。


 ルーナが、ミリナの部屋へ入った。


「ミリナさん」


「起きてますか?」


「……はい」


 返事はあった。


 だが。


 いつもより、明らかに遅い。


 ルーナが部屋へ入る。


 そして。


 息を呑んだ。


「……ミリナさん」


 ベッドの上。


 ミリナは、起き上がることができずにいた。


「ごめんなさい」


「ちょっとだけ」


「体が重くて……」


 ルーナは、何も言えなかった。


 ただ。


 ミリナの腕に広がった黒い痕を見つめていた。


 それは。


 もう、腕だけではなかった。


 肩を越え。


 胸の近くまで。


 はっきりと広がっている。


「……バルミナさんを」


「呼んできます」


「はい……」


 ルーナが、部屋を飛び出す。


 その知らせを聞いたバルミナは、すぐにミリナの部屋へ向かった。


 そして。


 黒い痕を見た瞬間。


 顔を強張らせた。


「……これは」


「今までで一番」


「広がってるねぇ」


 ミリナは、苦しそうに笑った。


「そうですね……」


「でも」


「まだ」


 バルミナが、ミリナの言葉を遮った。


「もう『まだ大丈夫』は禁止だよ」


「……」


「限界が近いなら」


「近いってちゃんと言いな」


 ミリナは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……怖いです」


 初めて。


 素直な言葉が漏れた。


「私」


「死にたくないです」


 バルミナは、何も言わなかった。


 ただ。


 ミリナの手を、強く握った。


「死なせないよ」


「絶対に」


 その頃。


 遠く離れた山奥では。


 シャルネ達が、長い旅の末に秘湯へたどり着いていた。


 それが。


 神湯ではないと。


 まだ、三人は知らない。


 そして。


 湯けむり亭では。


 時間だけが。


 静かに。


 過ぎていた。

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