七十九話 神湯と呼ばれた場所
湯けむり亭を出て、およそ二ヶ月。
シャルネ。
クラマ。
そして桶さん。
三人は、いくつもの温泉を巡り、古い記録を辿り、ようやく目的の場所へたどり着いた。
「……ここ?」
シャルネが、目の前の景色を見る。
そこには、白い岩壁がそびえ立っていた。
その岩壁の下。
岩の隙間から、湯が静かに湧き出している。
周囲には、人の手が入った形跡がほとんどない。
建物もない。
道もない。
ただ。
温泉だけが、そこにあった。
「……」
クラマも、しばらく言葉を失っていた。
「本当に」
「こんな場所にあるんだね」
『……ああ』
桶さんも、湯を感じ取っていた。
シャルネが、桶さんを湯の近くへ持っていく。
湯気が、桶さんの周囲を包む。
『……』
桶さんは、じっくりと湯を感じた。
『間違いなく』
『秘湯クラスだ』
「そんなに?」
シャルネが聞く。
『ああ』
『かなり質がいい』
クラマも、湯に手を入れる。
「確かに」
「普通の温泉とは違うね」
シャルネが、湯を見つめる。
「じゃあ」
「これが神湯?」
『……』
桶さんは、しばらく黙った。
『分からない』
『でも』
『少なくとも』
『俺が知ってる中では』
『かなり上の方だ』
シャルネが、少し期待した顔をする。
「だったら」
「ミリナを治せるかもしれない?」
『……』
桶さんは、すぐには答えなかった。
そして。
『たぶん』
『これじゃない』
「え?」
『この湯』
『確かに凄い』
『でも』
『リリィの時にもらった秘湯と』
『たぶん同じくらいだ』
シャルネが、目を見開く。
「……そういうことか」
クラマも、湯を見ながら頷く。
「秘湯ではある」
「でも」
「神湯とは別」
『そういうことだ』
期待していた分。
三人の間に、少しだけ沈黙が流れた。
「……」
シャルネが、湯を見つめる。
「二ヶ月」
「探し続けて」
「ようやく見つけたのに」
クラマも、何も言わない。
桶さんは、そんな二人の様子を感じながら、静かに考えていた。
(でも)
(ここまで来て)
(何も収穫がなかったわけじゃない)
これまで、たくさんの温泉を見た。
たくさんの温泉街を見た。
そして。
この世界には、自分が知らない温泉が、まだまだ存在していることを知った。
だが。
今は。
戻らなければならない。
『……一度』
『湯けむり亭に戻ろう』
シャルネが、桶さんを見る。
「戻る?」
『ああ』
『ここから湯けむり亭まで』
『最低でも一ヶ月はかかる』
『だったら』
『一度戻って』
『ミリナの様子を確認した方がいい』
クラマが、頷く。
「そうだね」
「探している間にも」
「時間は過ぎてる」
シャルネも、静かに頷いた。
「……分かった」
「帰ろう」
その夜。
三人は、湯の近くで野営をしていた。
シャルネが、桶さんをそばの岩へ置く。
桶さんは、久しぶりに自分のステータスを確認した。
(ステータス)
頭の中に、いつもの表示が浮かぶ。
そして。
その中にある。
???
その数値を見て。
(……ん?)
桶さんは、思わず驚いた。
???――
九十三パーセント。
(……93%?)
前に確認した時より、明らかに増えている。
(いつの間に……)
桶さんは、これまでの数値を思い出す。
少しずつ。
本当に、少しずつ。
上がっていた。
そして。
旅に出てからも、止まっていない。
(……日に日に)
(少しずつ上がってるな)
桶さんは、しばらく考えた。
そして。
(ってことは)
(湯けむり亭は)
(変わらず大繁盛ってことか)
(俺がいなくても)
(ちゃんと続いてるんだな)
そう思うと。
桶さんは、少しだけ安心した。
(ミリナも)
(バルミナも)
(ルーナも)
(ミアも)
(エナも)
(ドロシィも)
(みんな頑張ってるんだろうな)
(……早く帰らないとな)
桶さんは、93%という数字をもう一度だけ確認した。
(100%まで)
(あと7%か)
その数字が、何を意味するのか。
桶さんには、まだ分からない。
ただ。
湯けむり亭が、今も変わらず賑わっている。
それだけは、なんとなく分かる気がした。
「明日から」
シャルネが、焚き火を見ながら言った。
「帰ろう」
クラマも、頷く。
「うん」
『ああ』
こうして。
三人は、神湯を求める旅を一度終え。
湯けむり亭へ帰ることになった。




