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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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七十七話 忘れられた温泉街


 木漏れ日温泉郷を出発して、四日。


 馬車は、山道を進んでいた。


 今回の目的地は、ギンジの父親から教えてもらった古い温泉。


 神湯を探していた旅人が、かつて訪れたという場所だ。


 馬車の中。


 シャルネが、古い地図を眺めている。


「それにしても、この辺り、かなり山深いね」


「昔からある温泉なら、それなりに人が来ててもおかしくないけどねぇ」


 クラマが答える。


『まぁ、古い温泉だからって、今も栄えてるとは限らないからな』


「桶さんにしては、随分現実的だね」


『俺だって学習するんだよ』


「温泉のことだけじゃなくて?」


『それは別』


 シャルネが笑う。


 クラマも、小さく笑った。


 やがて、山を越える。


「……」


 シャルネが、馬車の外を見る。


「……あれ?」


 クラマも、顔を上げた。


「温泉街……か?」


 目の前には、確かに街があった。


 しかし。


 想像していた温泉街とは、あまりにも違っていた。


 古い建物。


 閉じた店。


 色褪せた看板。


 道には、雑草が生えている。


 人影も、ほとんどない。


「……ここ、本当に温泉街?」


 シャルネが呟く。


『みたいだな……』


 桶さんの声も、自然と小さくなった。


 木漏れ日温泉郷。


 かつての湯けむり亭。


 どちらも、寂れていた。


 だが。


 ここは、その比ではなかった。


 営業している宿は、わずか。


 商店も、ほとんど閉まっている。


 温泉街なのに、観光客の姿がまったく見えない。


「……」


 クラマが、街を見渡す。


「ここまで酷い場所は、私もあまり見たことないね」


『……俺もだ』


 三人は、街を歩いた。


 しばらくすると、一軒の宿が見えてきた。


 看板は古い。


 建物も、かなり年季が入っている。


 それでも、営業しているようだった。


「ここで話を聞こう」


 シャルネが言う。


 三人は、宿へ入った。


「いらっしゃい……」


 受付にいたのは、年配の女性だった。


「旅の方かい?」


「はい」


 シャルネが答える。


「この辺りについて、少し聞きたいことがあって」


「こんなところに?」


 女性は、少し驚いた顔をする。


「珍しいねぇ」


「昔は、もっと人が来てたんですか?」


 シャルネが尋ねる。


「そりゃあね」


 女性は、懐かしそうに笑った。


「昔は、この街も、それなりに賑わっていたよ」


「宿もたくさんあった」


「店もあった」


「温泉目当ての旅人も、たくさん来てた」


「それが」


 シャルネが尋ねる。


「どうして、こうなったんですか?」


 女性は、少し黙った。


「いろんなことが重なったのさ」


「街道が変わった」


「人の流れが変わった」


「宿を継ぐ人も減った」


「建物も古くなった」


「修理する金もない」


「そうやって、少しずつ、人が減っていった」


 クラマが尋ねる。


「……温泉は?」


「今も湧いてるよ」


「それだけは、昔から変わらない」


「湯はいい」


「昔から評判だった」


『……』


 桶さんは、黙り込む。


『温泉が良くても、街がなくなっていくことって、あるんだな』


 女性は、桶さんの声には気づかない。


 ただ、静かに頷いた。


「温泉だけじゃ、人は来てくれないからねぇ」


『……そうか』


 桶さんは、それ以上、何も言わなかった。


 その日の夕方。


 三人は、この温泉街の湯へ入った。


 浴場は、かなり古い。


 洗い場も少ない。


 設備も、ところどころ壊れている。


 それでも。


 シャルネが、桶さんを湯船のそばへ置く。


 桶さんは、湯気の向こうにある湯を感じた。


『……』


 しばらくして。


『いい湯だ』


 シャルネが尋ねる。


「やっぱり?」


『ああ』


『かなりいい』


 クラマも、湯を確かめる。


「確かに」


「悪くないね」


「むしろ、かなり良い方だと思う」


 シャルネが呟く。


「なのに、こんなに寂れてるんだ」


『もったいないな』


 桶さんは、湯船のそばに置かれたまま、静かに湯を感じていた。


 前世では、温泉旅行が好きだった。


 いろんな場所へ行った。


 有名な温泉。


 小さな温泉。


 山奥の秘湯。


 地元の人しか知らない湯。


 それぞれに、違った魅力があった。


(こっちの世界にも、こんな温泉があるんだな)


(しかも)


(俺が知らないだけで)


(もっとたくさんあるのかもしれない)


 そう考えると、少しだけ胸がざわついた。


 湯から上がった後。


 三人は、宿の食堂にいた。


 夕食を食べながら、シャルネが言う。


「この街、昔はかなり大きかったみたい」


「古い記録も、少し残ってるって」


 クラマが尋ねる。


「神湯を探していた旅人の記録も?」


「あるかもしれない」


 シャルネは、宿の主人から借りた古い帳面を開いた。


「……あ」


「これ」


 ページの一つに、古い文章が残っていた。


「『遠方より来た旅人』」


「『この湯を大いに気に入り』」


「『さらに北へ向かうと言い残した』」


 クラマが呟く。


「北……」


 地図を広げる。


「この先に何かある?」


 シャルネが地図を見る。


「かなり山が続いてる」


『でも』


 桶さんは、シャルネが広げた地図を見ながら言った。


『その先』


『昔の記録が途切れてる』


「……本当だ」


 シャルネが、古い地図と帳面を見比べる。


『ここから先に、その旅人が探していた何かが、あったのかもしれない』


 クラマが言う。


「だったら、行くしかないね」


 シャルネも、頷いた。


 翌朝。


 宿を出る前。


 シャルネが、もう一度だけ温泉街を振り返った。


 桶さんは、シャルネに抱えられながら、その景色を見ていた。


 静かな街。


 誰もいない通り。


 それでも。


 湯気だけは、昔と変わらず空へ昇っている。


『……温泉って』


『人がいなくなっても』


『湧き続けるんだな』


 シャルネは、何も言わず、しばらく街を見つめていた。


(いつか)


(この旅が終わったら)


(また来てもいいかもな)


 桶さんは、そんなことを考えていた。


「行くよ」


 シャルネが声をかける。


『ああ』


 シャルネが、桶さんを抱え直す。


 クラマも、馬車へ向かう。


 三人は、次の目的地へ向けて、再び旅を始めた。


 神湯を探す旅は、まだ終わらない。


 そして。


 この先に待つものが。


 神湯へ続く、大きな手掛かりになることを。


 桶さん達は、まだ知らなかった。

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