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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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七十六話 古きエルフの記憶


 神湯。


 その名前を聞いてから、桶さん達は木漏れ日温泉郷にあるギンジの実家へ向かっていた。


「父さんなら、俺より古い話を知っている」


 ギンジがそう言って、先頭を歩いている。


 シャルネ、クラマ、コトネ。


 そして桶さんも一緒だ。


『ギンジのお父さんかぁ』


『どんな人なんだろうな』


「俺より落ち着いてるぞ」


 ギンジが笑う。


『それは想像つく』


「どういう意味だ?」


『いや』


『なんとなく』


 シャルネが笑った。


「ギンジさんのお父さんなら、かなり長く生きてるんだよね?」


「ああ」


「俺よりずっとな」


 その言葉に、クラマが少しだけ目を細める。


「だったら、神湯みたいな古い話を知ってても不思議じゃないな」


「そうだな」


 しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。


「ここだ」


「立派ですね……」


 コトネが思わず呟く。


「長く住んでるだけだよ」


 ギンジはそう言って、扉を開けた。


「父さん」


「いるか?」


「……ギンジか」


 奥から、静かな声が返ってくる。


 やがて、一人のエルフが姿を現した。


 ギンジによく似た顔立ち。


 長い銀髪。


 落ち着いた雰囲気。


 年齢を感じさせない容姿。


 それでも、ギンジよりさらに長い年月を生きてきたことが、その立ち姿から伝わってくる。


「客か?」


「少し相談があってな」


 ギンジが、ミリナのこと、呪いのこと、解呪師セレナでも完全には解けなかったこと、そして神湯を探していることを説明する。


 父親は、黙って聞いていた。


 そして。


「……神湯か」


 その一言で、全員が顔を上げた。


「知っているの?」


 シャルネが尋ねる。


「知っているというほどではない」


「だが、古い記録なら残っている」


『マジか!』


 桶さんが思わず叫ぶ。


 ギンジの父親は、桶さんを見る。


「……この桶が?」


「ああ」


 ギンジが頷く。


「桶さんだ」


「ミリナを助けるために、神湯を探している」


 父親は、桶さんをじっと見る。


「なるほど」


「お前が噂の桶か」


『噂になってんのかよ』


「ギンジから聞いている」


 桶さんは、少し安心する。


『ああ』


『それなら話が早い』


『神湯について知ってることがあるなら教えてくれ』


 父親は、少しだけ笑った。


「随分とせっかちな桶だな」


『ミリナの時間がないからな』


 その言葉に、父親の表情が少し変わった。


「……そうか」


「それなら、知っていることを話そう」


 父親は、古い部屋へ案内した。


 そこには、大量の本。


 古びた地図。


 紙束。


 そして、何十年、何百年と保存されてきたような記録が並んでいる。


「この中に、昔の温泉について書かれたものがある」


 シャルネが、思わず声を漏らす。


「こんなに……」


 クラマも、周囲を見渡す。


「探すだけで一日かかりそうだな」


「いや」


 父親が首を振る。


「神湯について書かれたものは、ほんの一部だ」


 しばらくして、一冊の古い本が机に置かれた。


「これだ」


 表紙は、すでに色褪せている。


 中には、いくつもの温泉について記録されていた。


 泉質。


 温度。


 湯の色。


 周囲の地形。


 昔の温泉宿。


 様々な情報が書かれている。


 桶さんは、そのページを眺める。


(……なんか)


(温泉旅行のガイドブックみたいだな)


 前世の記憶が蘇る。


 温泉地を巡った日々。


 旅館のパンフレット。


 温泉の成分表。


 地図。


 観光案内。


 それらを見比べながら、次に行く温泉を決めていた。


(そういえば俺)


(温泉そのものだけじゃなくて)


(こういう情報を見るのも好きだったな)


『……待てよ』


 桶さんが、突然黙り込む。


「どうした?」


 シャルネが聞く。


『神湯って』


『普通の温泉みたいに』


『場所だけ探しても見つからないんじゃないか?』


「どういうこと?」


『泉質とか』


『温度とか』


『周囲の地形とか』


『そういう情報を繋げていけば』


『神湯を探した旅人が』


『どこを通ったのか分かるかもしれない』


 ギンジが頷く。


「なるほど」


 父親も、古い記録を見る。


「確かに」


「この旅人の記録には、訪れた温泉がいくつも書かれている」


「それなら」


 シャルネが言う。


「その順番を追えば、最後にどこへ向かったか分かるかもしれない?」


「ああ」


 桶さんは、少しだけ興奮していた。


『よし』


『これならいけるかもしれない』


 だが。


 父親は、一枚の紙を取り出した。


「ただし」


「最後の記録だけ」


 紙が、途中で破れている。


「ここから先がない」


「……」


 全員が黙る。


「何か書いてあったんですか?」


 コトネが尋ねる。


「最後に、こう書かれていた」


 父親が、残った文字を読む。


「『最も古き湯を越えた先に――』」


 そこで、文章が途切れている。


「それだけだ」


 クラマが呟く。


「最も古き湯……」


 シャルネも考え込む。


「どこなんだろう」


 ギンジが言う。


「この辺りに、昔から存在している温泉なら、いくつか候補はある」


 桶さんは、地図を見る。


 そして、ある場所に目を止めた。


『……ここ』


「どうした?」


『この温泉』


『記録が古すぎないか?』


 父親が地図を見る。


「……ああ」


「確かに」


「この温泉は、かなり古い」


「それこそ、この木漏れ日温泉郷より、ずっと昔から存在している」


 桶さんの胸が高鳴る。


『じゃあ』


『まずはそこだな』


 シャルネが頷く。


「行ってみよう」


 クラマも頷いた。


「決まりだな」


 コトネも笑う。


「はい!」


 ギンジは、地図を桶さん達に渡した。


「気をつけて行けよ」


 桶さんは、その地図を見つめた。


(神湯)


(本当にあるのか)


(それとも)


(俺達が探してるもの自体が)


(何か違うのか)


 まだ、答えは分からない。


 それでも、一つだけ確かなことがある。


 ミリナを助けるために、進むしかない。


『行こう』


 桶さんは、静かに言った。


『次の温泉へ』


 こうして、神湯を探す旅は新たな目的地を得て、再び動き始めた。

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