七十二話 凄腕の解呪師
夜。
湯けむり亭では、ミリナがベッドに横になっていた。
胸元まで広がった黒い痕。
それは昼間よりも、少しだけ濃くなっているように見えた。
「……」
ミリナは、それを見つめながら小さく呟く。
「本当に」
「呪いなんですね……」
『あぁ』
桶さんは静かに答える。
『でも』
『絶対に治す』
「……はい」
ミリナは小さく笑った。
その頃。
シャルネは冒険者ギルドから戻ってきていた。
「見つけた」
「解呪師を?」
バルミナが聞く。
「あぁ」
「国でもかなり有名な奴だ」
「名前は?」
「セレナ」
「国でも五本の指に入る解呪師だ」
「……!」
ミリナを救えるかもしれない。
その期待が、皆の中に生まれた。
翌日。
セレナは湯けむり亭へやってきた。
「この子が?」
セレナがミリナを見る。
「はい」
ミリナが頷く。
「よろしくお願いします」
「まず見せて」
セレナはミリナの腕を見る。
「……」
そして、黒い痕に手をかざす。
「これは……」
セレナの表情が険しくなる。
「かなり強いわね」
「解けますか?」
ミリナが聞く。
「やってみる」
セレナが術を発動する。
部屋いっぱいに、淡い光が広がった。
「……っ」
黒い痕が、一瞬だけ薄くなる。
「いける……?」
ミリナが期待する。
しかし。
「……くっ」
セレナが顔をしかめた。
黒い痕が、再び濃くなる。
「駄目」
「完全には消せない」
「そんな……」
ミリナの顔が曇る。
「でも」
セレナが続ける。
「進行は遅らせられる」
「え?」
「この呪いは」
「体を少しずつ蝕んでいくタイプよ」
セレナは、ミリナの黒い痕を見る。
「最初は」
「疲れやすくなったり」
「息苦しくなったり」
「立ちくらみが起きたりする」
「今のあなたが」
「まさにそうね」
ミリナは静かに頷いた。
「そして」
「進行すればするほど」
「体力が落ちていく」
「今まで普通にできていたことも」
「少しずつ難しくなる」
「……」
ミリナの表情が、少しずつ強張っていく。
「最後には」
セレナが、一度言葉を止める。
「生命力そのものを」
「奪っていく」
「……死ぬ」
シャルネが低い声で呟いた。
「そういうことね」
「ええ」
セレナは静かに頷く。
「ただし」
「今すぐどうこうなる状態ではないわ」
ミリナを見る。
「それに」
「私の術なら」
「呪いの進行速度をかなり落とせる」
「どれくらい?」
バルミナが聞く。
「人によるわ」
「呪いの強さにも左右される」
「でも」
「何もしないよりは」
「ずっと長く時間を稼げる」
シャルネが口を開く。
「つまり」
「その間に」
「完全に解呪できる方法を探せばいい」
「そういうこと」
セレナが頷いた。
その日の午後。
湯けむり亭に、一人の男が訪れた。
「ミリナさん!」
リリィパパだった。
「リリィパパさん?」
「これを」
男が、大切そうに抱えていた容器を差し出す。
「これは……?」
「以前」
「リリィを救っていただいた」
「あの秘湯の温泉です」
桶さんの意識が、一気にそちらへ向く。
『あの時の湯か!』
『それなら試してみよう!』
ミリナも頷く。
「はい!」
桶さんへ、秘湯の湯が注がれる。
そして、ミリナの体へゆっくりとかける。
「……」
ミリナが目を閉じる。
しばらくして。
「……どうですか?」
バルミナが聞く。
「少し」
「楽になった気がします」
桶さんは、さらに自分の持つスキルを使う。
(治癒)
(状態異常回復)
(回復補助)
できるものを、片っ端から試す。
だが。
黒い痕は消えない。
(……なんでだよ)
桶さんは、さらに秘湯の湯をかける。
何度も。
何度も。
試す。
それでも。
呪いは消えなかった。
「……」
ミリナは桶さんを見る。
「桶さん」
『……』
「大丈夫ですよ」
『……ごめん』
「謝らないでください」
ミリナは優しく笑った。
「今まで」
「何度も助けてもらいました」
「だから」
「これからも一緒に方法を探しましょう」
『……あぁ』
その様子を、セレナは少し離れたところから見ていた。
「……なるほど」
そして、黒い痕をもう一度見る。
「この呪い」
「少し変ね」
「変?」
シャルネが聞く。
「誰か一人の強い憎しみから生まれた感じじゃない」
「もっと」
「曖昧で」
「長い時間をかけて積み重なったような……」
「妬み」
「嫉妬」
「羨望」
セレナは静かに呟く。
「そういう感情が」
「少しずつ積み重なって」
「この子に集まったように見える」
誰も、すぐには答えられなかった。
ただ。
桶さんだけは、強く思っていた。
(……ミリナ)
(絶対に助ける)
そのためなら。
どこへだって行く。
桶さんは静かに、そう決意していた。




