七十一話 広がる呪い
その夜。
ミリナは、自分の部屋で眠っていた。
桶さんも昨日と同じように、部屋の中に置かれている。
昼間、治癒師から言われた言葉が頭から離れない。
『呪いの可能性があります』
ミリナは眠る前まで、何度も自分の手首を確認していた。
だが、何もない。
「やっぱり……」
「気のせいなんでしょうか……」
そう呟いて、眠りについた。
そして、深夜。
「……」
桶さんは、何かの気配を感じた。
(……ん?)
ミリナの方を見る。
「……っ」
そこには、昨日とは比べものにならないほど濃い黒い痕が浮かんでいた。
手首。
そこから腕へ。
黒い線が、血管のように伸びていく。
(なんだよ……これ)
さらに黒い痕は、ゆっくりと肩へ。
そして、胸元へ。
広がっていく。
「……っ」
ミリナが、苦しそうに身をよじる。
「う……」
「苦しい……」
『ミリナ!』
桶さんが、思わず叫ぶ。
「……桶さん?」
ミリナが目を覚ます。
「……痛い」
胸元を押さえる。
『ミリナ!』
『すぐシャルネ達を呼ぶ!』
「待って……」
「大丈夫です……」
『大丈夫じゃないだろ!』
桶さんの声に、ミリナは少し驚いた。
そして、自分の腕を見る。
「……え?」
黒い痕。
はっきりと、そこに存在していた。
「なに……これ……」
ミリナの顔から、血の気が引く。
黒い痕は、さらに胸元へ広がっている。
そして、昨日のように消えていくことはなかった。
しっかりと、ミリナの体に痕跡を残していた。
「これは……」
呼ばれてやってきた治癒師が、ミリナの体を見る。
その表情が、一気に険しくなる。
「……間違いありません」
「呪いです」
部屋の空気が凍りついた。
「呪い……」
ミリナが、小さく呟く。
「しかも」
「かなり強い」
治癒師は、ミリナの腕に手を当てる。
「まずは治癒術を試します」
淡い光が、ミリナの体を包む。
「……」
しばらくして、光が消える。
だが、黒い痕は何も変わらない。
「……駄目です」
治癒師は、続けて別の術を使う。
浄化。
状態異常の解除。
解毒。
いくつもの術を、順番に試していく。
しかし、どれも黒い痕には届かなかった。
「そんな……」
ミリナが、不安そうに自分の腕を見る。
「治せないんですか?」
「……今の私では」
「無理です」
治癒師は、苦しそうに答えた。
「これほど強い呪いは」
「専門の解呪師でなければ」
「解除できない可能性が高いです」
「解呪師……」
シャルネが、その言葉を聞いた瞬間、立ち上がった。
「分かった」
「私が探す」
「シャルネさん?」
「冒険者ギルドに行ってくる」
「こういう時の情報は」
「冒険者が一番早い」
シャルネは迷うことなく、部屋を飛び出した。
「シャルネ……」
ミリナが、その背中を見つめる。
すると、ミアが口を開いた。
「私達も何かできることを探します」
「はい!」
エナが頷く。
「絶対見つけましょう!」
「私も探します!」
ドロシィも続く。
バルミナは、静かに頷いた。
「そうだねぇ」
「みんなで探そう」
桶さんは、ミリナを見る。
(……絶対に治す)
今まで、どんな怪我でも桶さんの力で、少しずつ癒してきた。
だが、今回だけは自分の力が届かない。
(くそ……)
悔しさが、桶さんの中に初めて、はっきりと生まれていた。
その頃。
シャルネは、夜の街を一人走っていた。
「解呪師……」
「強い呪いを解ける奴……」
頭の中で、何度も繰り返す。
そして、冒険者ギルドの扉を勢いよく開けた。
「頼む!」
「誰か知ってる奴はいないか!」
「国で一番腕のいい解呪師を!」
ギルド内に、シャルネの声が響いた。
そして、一人の冒険者がゆっくりと顔を上げた。
「……解呪師を探してるのか?」
「そうだ!」
「それなら」
男は、少しだけ声を落とした。
「この国に」
「とんでもない奴が一人いる」
「……誰だ?」
「国でも五本の指に入る」
「いや」
「もしかすると」
「一番かもしれない」
シャルネの目が、鋭くなる。
「そいつは」
「どこにいる?」
冒険者は、一枚の紙を取り出した。
「この人だ」
そこに書かれていた名前を見て、シャルネは息を呑んだ。
ミリナを救うための、新たな戦いが始まろうとしていた。




