七十話 消えない違和感
翌朝。
「おはようございます」
ミリナが受付棟へやってきた。
昨日より、少し顔色が良い。
「おはようございます!」
エナが駆け寄る。
「今日は大丈夫そうですね!」
「はい!」
ミリナは笑う。
「昨日よりずっと楽です」
「よかったぁ……」
ドロシィが胸を撫で下ろす。
ミアも、少し安心したように頷いた。
「でも」
「今日は無理しないでくださいね」
「はい」
ミリナは素直に頷いた。
その様子を、桶さんも見ていた。
(昨日の黒い痕……)
気にはなる。
だが、今のミリナを見る限り、昨日よりは元気そうだ。
(見間違いだったのか?)
桶さんは、そう思いかけていた。
午前中。
ミリナは、いつも通り仕事をしていた。
受付。
帳簿の確認。
新人達への指示。
どれも問題なくこなしている。
「やっぱり大丈夫そうですね」
エナが言う。
「ですね」
ミアも頷く。
「昨日は疲れてただけだったのかな」
ドロシィも笑う。
ところが。
昼過ぎ。
「……」
ミリナが、突然立ち止まった。
「ミリナさん?」
ミアが声をかける。
「……すみません」
「少しだけ」
「胸が苦しくて……」
「えっ?」
三人の顔が変わる。
「座ってください!」
ミアが椅子を引く。
「お水持ってきます!」
ドロシィが走る。
「シャルネさん呼んできます!」
エナも走り出した。
「待ってください!」
ミリナが止める。
「大丈夫ですから!」
「でも!」
エナが振り返る。
「本当に大丈夫ですか?」
「……」
ミリナは、少しだけ困った顔をした。
「……分かりません」
その言葉に、三人が黙る。
すぐに、シャルネがやってきた。
「どうした?」
「ミリナさんが胸が苦しいって」
エナが説明する。
「……」
シャルネは、ミリナを見る。
「昨日もあったな?」
「はい」
「今日も?」
「少しだけです」
シャルネは、眉を寄せる。
「今日はもう休め」
「でも」
「仕事より体が大事だ」
ミリナは、反論できなかった。
「……はい」
その後。
ミリナは、休憩室で横になっていた。
桶さんも、その近くに置かれている。
『ミリナ』
「はい?」
『昨日の夜』
『変なもの見えたんだ』
「変なもの?」
『手首に』
『黒い痕が出てた』
「……え?」
ミリナが、自分の手首を見る。
「何もありませんけど……」
『今はな』
「……」
ミリナの顔が、少し不安になる。
「桶さん」
『ん?』
「何か悪いものなんでしょうか」
桶さんは、すぐには答えられなかった。
『……まだ分からない』
『でも』
『ちょっと調べた方がいいかもしれない』
「そうですね……」
ミリナも頷く。
夕方。
バルミナも話を聞いた。
「胸の苦しさと」
「黒い痕ねぇ……」
「はい」
ミリナが頷く。
バルミナは、少し考える。
「一度」
「治癒術師に診てもらった方がいいかもしれないね」
「そうですね」
シャルネも頷いた。
「明日、街の治癒術師に相談しよう」
「お願いします」
その夜。
ミリナは、昨日と同じように、自分の部屋で休んでいた。
桶さんも、部屋の中にいる。
「今日は」
「昨日より大丈夫でした」
『あぁ』
「だから」
「明日には治ってるかもしれませんね」
ミリナは、少し笑う。
桶さんも。
『そうだな』
そう答えた。
だが。
本当は、そう思えていなかった。
深夜。
ミリナが眠った後。
桶さんは、じっと彼女を見ていた。
しばらくして。
「……」
また。
ミリナの手首に、黒い痕が浮かぶ。
昨日より、少しだけ濃い。
(……やっぱり)
桶さんは、その痕を見つめる。
(見間違いじゃない)
そして。
黒い痕が、ゆっくりと腕を伝って。
ほんの少しだけ、広がっていた。
(……これは)
(普通じゃない)
桶さんは、初めて。
本気で、ミリナの身を案じていた。




