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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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六十七話 遠くからのお客様


 湯けむり亭が営業を再開して、しばらく経った。


 今日も湯けむり温泉郷は賑わっている。


「いらっしゃいませ!」


「こちらへどうぞ!」


 受付棟には、朝から次々と客が訪れていた。


 以前とは、明らかに違う。


 最近では、街で見かけない顔も増えていた。


「ここが湯けむり温泉郷か?」


「そうらしいぞ」


「隣の街で噂になってたんだ」


「温泉がすごく良いって」


 そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。


 ミリナは受付で、そんな客達を嬉しそうに眺めていた。


「遠くから来てくださったんですね」


「ええ」


「馬で二日ほどかかりました」


「そんなに……!」


 ミリナが驚く。


 以前なら、遠くからわざわざ湯けむり亭へ来る人など、ほとんどいなかった。


 それが今では、馬で何日もかけて温泉を目当てに訪れる人までいる。


「どこで知ったんですか?」


 ミリナが聞く。


「冒険者仲間からです」


「サウナというものがすごいって」


「あぁ。それならぜひ!」


 ミリナが笑顔になる。


 すると、横からルーナが入ってきた。


「サウナだけじゃありませんよ」


「お風呂もおすすめです!」


「薬湯もありますし、寝湯も気持ちいいですよ!」


「ほぉ……」


 客の目が輝く。


「それなら全部入ってみよう」


「ぜひ!」


 ルーナが嬉しそうに案内する。


 その様子を、少し離れた場所から桶さんが見ていた。


(すっかり案内役だな)


 ルーナも、以前とは変わった。


 仕事にも慣れ、サウナでは熱波師として人気者。


 今では、初めて来た客にも自然に湯けむり亭の魅力を伝えられる。


 それは、ルーナだけではない。


 朝露組も、新人達も、それぞれが自分の仕事をしっかりこなしていた。


 湯けむり亭そのものが、大きくなっている。


 そして、外へ出れば。


 夜狐飯店。


 お土産屋。


 屋台。


 休憩所。


 そこにも、遠くから来た客達が流れていく。


「夜狐飯店はどこですか?」


「この道をまっすぐです」


「ありがとうございます!」


 そんなやり取りも、すっかり日常になっていた。


 昼過ぎ。


 ミリナ達は受付棟で一息ついていた。


「最近、本当に遠くから来る人が増えましたね」


 ミリナが呟く。


「そうだねぇ」


 バルミナが帳簿を見ながら答える。


「客の数だけじゃない」


「湯土産の売上も増えてる」


「夜狐飯店も順調」


「屋台も増えてきた」


 バルミナは、少し嬉しそうに笑う。


「もう立派な観光地だよ」


「観光地……」


 ミリナが、その言葉を噛みしめる。


 昔は、自分の店を残すことで精一杯だった。


 それが今では、湯けむり亭を目的に人が遠くからやってくる。


 そして、その人達が温泉郷の店を利用して、街にお金を落としていく。


 少しずつ。


 湯けむり温泉郷そのものが、大きくなっている。


 その時。


 受付へ、一組の客がやってきた。


「すみません」


「はい!」


 ミリナが振り返る。


「少し聞きたいことがあるんですが」


「どうぞ!」


「ここって、昔からこんなに大きな温泉地だったんですか?」


 ミリナが、一瞬だけ固まった。


 そして、ふっと笑う。


「いいえ」


「昔は、湯けむり亭だけだったんですよ」


「え?」


「本当に小さな温泉宿でした」


 客は驚いた顔をする。


「それが、今ではこんなに……」


「はい」


 ミリナは、少し誇らしそうに外を見た。


「皆さんが作ってくれたんです」


 桶さんは、その言葉を聞いて静かに笑った。


(そうだな)


(俺一人じゃない)


 ミリナ。


 シャルネ。


 バルミナ。


 ルーナ。


 朝露組。


 新人達。


 ゴルド。


 リリィ。


 夜狐の皆。


 そして、ここへ来てくれたたくさんのお客様。


 皆で、ここまで作ってきた。


 その日の夕方。


 遠くから来た客達が、温泉から上がって笑顔で帰っていく。


「最高だった!」


「また来よう!」


「次は家族も連れてくる!」


 そんな声が、次々に聞こえてくる。


 その度に、桶さんの中で何かがほんの少しだけ動いたような気がした。


 そして、夜。


 桶さんは久しぶりにステータスを確認した。


 ???スキル。


 表示された数字は。


 85%。


「……」


 桶さんは、しばらく数字を見つめていた。


(また上がった)


 確実に。


 お客様が増えるたび。


 満足して帰ってくれるたび。


 少しずつ、数字が増えている。


(あと十五か)


 まだ、何が起こるのかは分からない。


 けれど、桶さんは焦らなかった。


(まぁ)


(その時が来れば分かるだろ)


 そして今日も。


 湯けむり温泉郷には、湯けむりが立ち上っている。


 遠くから来た人達が、その湯けむりを目印に。


 また一人。


 また一人と。


 この場所へ集まってくるのだった。

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