六十四話 湯けむり亭、営業再開
そして。
ついに。
営業再開の日がやってきた。
朝。
湯けむり亭の前には、すでに大勢の人が集まっていた。
「まだ開かないのか!?」
「早くしてくれ!」
「三ヶ月待ったんだぞ!」
その中には、以前から通っていた常連達の姿もあった。
「お前らも来たのか!」
「当たり前だ!」
「新しい湯けむり亭を見ないでいられるか!」
そして。
開店時間。
ミリナが入口へ出る。
「皆さん!」
一瞬。
辺りが静かになった。
「大変お待たせしました!」
「本日より」
「湯けむり亭、営業再開です!」
「「「うおおおおお!!!」」」
大歓声が上がる。
扉が開かれる。
待っていた客達が、次々と中へ入っていく。
「広っ!!」
「脱衣所、こんなに広くなったのか!?」
「洗い場もすげぇ!」
あちこちから驚きの声が上がる。
そして。
浴場へ。
「おおおおお!!」
大きくなった内風呂。
広くなった熱め風呂。
新しく作られた薬湯。
打たせ湯。
寝湯。
そして、子供向けの浅いぬる湯。
「なんだこれ!」
「前より増えてるじゃねぇか!」
「どこから入ればいいんだ!?」
常連達が嬉しそうに騒いでいる。
その様子を、ミリナは少し離れた場所から見ていた。
「……よかった」
小さく呟く。
桶さんも、その光景を眺めていた。
ずっと待っていた。
この瞬間を。
自分がこの世界に来てから、いろいろなことがあった。
小さな温泉宿だった。
客も少なかった。
それが今では。
朝から大勢の客が押し寄せている。
(……すげぇな)
桶さんは、しみじみと思った。
だが。
まだ終わりではない。
今回の目玉は、風呂だけではなかった。
「サウナはこちらでーす!」
ルーナの声が響く。
露天風呂側。
そこには、新しく建てられたサウナ棟がある。
「サウナ?」
「なんだそれ?」
「入れば分かります!」
ルーナが笑う。
興味を持った冒険者達が、次々とサウナへ向かっていく。
中には、サウナ専用湯浴みを着ている客もいた。
「これ着て入るのか?」
「そうですよ!」
「へぇ……」
男女混合。
だが、専用の湯浴みを着ているため、以前のような抵抗感は少ない。
そして。
「熱波、入ります!」
ルーナが声を上げる。
「おおおおお!!」
熱風が一気に広がる。
「熱っ!!」
「なんだこれ!?」
「でも気持ちいい!」
サウナ室から、笑い声が響く。
少し離れたところでは。
「まだまだだよ」
バルミナが腕を組んでいる。
「次は私がやるよ」
「バルミナさんも!?」
ドワーフ達がざわつく。
どうやら。
早くも熱波師達の人気争いが始まっているらしい。
(始まったな……)
桶さんは呆れながらも、少し嬉しかった。
さらに。
サウナの外には、貸切サウナの案内も出ている。
「貸切は少し高めですが」
「家族や仲間だけで楽しめますよ!」
ルーナが説明する。
「そっちも予約入ってるぞ」
受付担当のミアが、驚いたように言う。
「もうですか!?」
「もうです」
どうやら。
サウナ人気は想像以上だった。
そして。
温泉から上がった客達は、受付棟へ向かう。
そこには。
お土産屋。
湯土産。
蜂蜜商品。
サウナ用湯浴み。
ミニ桶。
写真ガチャ。
新しく増えた商品が、所狭しと並んでいる。
「これ何だ?」
「写真ですよ!」
「一回百ゼンです!」
すると。
「やる!」
「俺も!」
さっそく写真ガチャに人が集まる。
「……また桶だ」
「俺も桶」
「三回連続桶だぞ!」
受付棟に、早くも悲鳴が響いた。
「交換しようぜ!」
「嫌だ!」
以前より、さらに激しくなっている。
ミリナはその様子を見て、思わず笑ってしまった。
「なんだか」
「帰ってきたって感じがしますね」
桶さんも、静かにその言葉を聞いていた。
(あぁ)
(俺もそう思う)
そして。
営業開始からしばらくすると。
店の外まで、人が並び始めた。
温泉街にも、次々と人が流れていく。
「夜狐飯店ってどこだ?」
「この先だ!」
「飯食ってから温泉行こうぜ!」
「先に温泉だ!」
「お土産も買っていこう!」
湯けむり温泉郷全体が、人の声で満たされていく。
その光景を、湯けむり亭の仲間達は、それぞれの場所から眺めていた。
ミリナ。
シャルネ。
ルーナ。
バルミナ。
朝露組。
そして。
新しく加わった仲間達。
皆、忙しそうに働いている。
だが。
誰も嫌そうな顔をしていなかった。
むしろ。
嬉しそうだった。
こうして。
三ヶ月の休館を終えた湯けむり亭は、新しく生まれ変わった。
そして。
湯けむり亭を中心に広がった湯けむり温泉郷も。
この日。
本当の意味で、動き始めたのだった。




