六十三話 おかえり湯けむり亭
三ヶ月。
長かった改装工事が、ついに終わった。
温泉棟。
受付棟。
そして、露天風呂側に建てられたサウナ棟。
すべての工事が完了したのである。
朝日を浴びる、新しい湯けむり亭。
以前の面影は残しながらも、その規模は何倍にも広がっていた。
「……すごい」
ミリナは思わず立ち止まる。
三ヶ月前。
工事のため休館すると決めた日。
常連達からは。
『長すぎる!』
『待てない!』
『早く開けてくれ!』
そんな声が飛び交っていた。
それでも。
皆が待ってくれた。
そして今日。
ようやく約束の日を迎えた。
「本当に完成しましたね……」
ミリナの目には、少し涙が浮かんでいた。
(よく頑張ったな)
桶さんは優しく声をかける。
「はい!」
ミリナは満面の笑みで頷いた。
だが。
変わったのは湯けむり亭だけではない。
周囲を見渡せば。
立派なお土産屋。
軽食の屋台。
休憩所。
そして、多くの人で賑わう飲食店。
湯けむり亭を中心とした、一つの温泉街。
――湯けむり温泉郷。
その姿が完成していた。
その発展を支えた一人。
リリィの父が、皆の元へ歩いてくる。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
ミリナも頭を下げる。
「いよいよですね」
「えぇ」
「今日は私も朝から落ち着きません」
リリィの父は苦笑した。
「この三ヶ月、私達も必死でしたから」
温泉が休館している間も、温泉郷の整備は止まらなかった。
お土産屋。
屋台。
休憩所。
案内板。
街並み。
すべてが少しずつ形になっていった。
そして。
その中でも、特に話題になっている店があった。
『夜狐飯店』
「相変わらず賑わってますね」
シャルネが店を見る。
朝だというのに、すでに店内は満席。
外には列までできている。
「開店して、まだ一ヶ月なんですけどね」
リリィの父が笑う。
「味がいい」
「接客がいい」
「料理が出てくるのが早い」
「その三つが一気に広まってしまいまして」
「へぇ……」
ミリナも驚く。
確かに。
元夜狐のメンバー達は、ホールと厨房を風のような速さで動き回っている。
盗賊時代に鍛えた身体能力は、今では立派な接客技術へと変わっていた。
さらに。
横に大きくスリットが入ったチャイナ服風の制服も評判だった。
「可愛い!」
「似合ってる!」
「今日も夜狐飯店行こうぜ!」
そんな声も聞こえてくる。
中には、お気に入りの店員目当てで通う常連まで現れ始めていた。
(人気店だなぁ)
桶さんは感心する。
ほんの少し前まで。
盗賊として生きていた彼女達。
それが今では、温泉郷を代表する人気店になっている。
人生とは分からないものだ。
そんなことを考えていると。
ゴルドが大きな声を上げた。
「さて!」
「感動するのは後だ!」
「今日はもっと忙しくなるぞ!」
その一言で。
皆の表情が引き締まる。
今日は。
ただの営業再開ではない。
新しく生まれ変わった湯けむり亭。
そして。
湯けむり温泉郷。
その記念すべき最初の一日が、始まろうとしていた。




