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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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六十二話 温泉郷の名前


 温泉棟の工事も、いよいよ終盤へ入っていた。


「ここまで来ましたねぇ」


 ミリナが嬉しそうに、新しく生まれ変わった温泉棟を見上げる。


 浴槽は完成している。

 内風呂も問題なく使えるようになった。


 残るのは、内装の仕上げとサウナ関連の工事だけだった。


「脱衣所も広くなりましたね!」


 ルーナが中を見渡す。


 以前の倍ほどある広さ。

 棚の数も増え、これなら客が多くてもゆったり着替えられそうだ。


「洗い場も増えました!」


 エナが声を上げる。


 以前は混雑すると、洗い場が空くのを待つこともあった。


 しかし今では数も大幅に増え、隣との間隔も広く取られている。


「それに、これ!」


 ドロシィが蛇口を指差した。


 以前はお湯と水で別々だった蛇口が、一つにまとめられている。


 これなら、好みの温度へ簡単に調整できる。


「便利ですねぇ」


 ミアも感心したように頷いた。


(こういう細かいところが大事なんだよな)


 桶さんも満足そうだった。


 温泉棟を一通り見終えると、皆は外へ出る。


 そして。


 改めて周囲を見渡した。


「……すごいですね」


 ミリナが、ぽつりと呟く。


 以前は、湯けむり亭の周囲に数軒の家があるだけだった。


 だが。


 今は違う。


 立派なお土産屋。


 飲食店。


 軽食を売る屋台。


 そして、温泉へ向かう人達が自然と歩きたくなるような道。


 湯けむり亭の周囲には、少しずつ街が出来上がり始めていた。


「まずはお土産屋ですね」


 リリィが説明する。


「木漏れ日温泉郷から仕入れた蜂蜜の商品を中心に置いています」


「それだけじゃありませんよ」


 店の棚には。


 タオル。


 木彫り細工。


 写真ガチャ。


 サウナ専用湯浴み。


「湯浴みの刺繍も、ここで受け付けています」


「名前を入れたり」


「好きな模様を入れたりできます」


「旅の記念にも人気なんですよ」


「へぇ……」


 ミリナは感心したように頷いた。


 その隣には、ひときわ賑わっている店があった。


『夜狐飯店』


「ここが例の……」


 ミリナが看板を見上げる。


「はい!」


 リリィが笑顔で頷く。


「夜狐の皆さんがやっています」


 店の中では、以前は盗賊団だった夜狐のメンバー達が忙しそうに働いていた。


 料理を運び。


 注文を聞き。


 厨房へ走る。


 その動きは、驚くほど速かった。


「すご……」


 ミリナが思わず声を漏らす。


「人数、少ないですよね?」


「普通なら回らないよな」


 シャルネも店内を見ながら頷く。


「でも、あの人達」


「元々、身体能力は高いからねぇ」


 バルミナが笑った。


「そこらの店員より、何倍も速いよ」


 確かに。


 厨房とホールを行き来する姿は、まるで風のようだった。


 そして。


 桶さんが気になったのは、別のことだった。


(制服……)


 横に大きくスリットが入った、チャイナ服風の制服。


 夜狐の獣人達によく似合っている。


(……売れるな)


 桶さんは、妙なところで感心していた。


 さらに歩いていく。


 焼き串。


 果実水。


 蒸し饅頭。


 焼き菓子。


 軽食を売る屋台も増えていた。


 どれも湯上がりについ立ち寄りたくなる店ばかりだ。


 その景色を見渡しながら。


 桶さんは、ふと思った。


(……これ)


(もう湯けむり亭じゃないよな)


 桶さんは、ミリナへ念話を送る。


(ミリナ)


(名前、付けた方がいいぞ)


「名前ですか?」


(あぁ)


(ここまで来たら、もう温泉宿じゃない)


(温泉街だ)


 ミリナは辺りを見回した。


 賑わう人々。


 立ち並ぶ店。


 完成間近の温泉棟。


「確かに……」


「名前って、必要なんでしょうか?」


(必要だな)


(名前がある方が、他の街にも伝わりやすい)


(『湯けむり亭へ行こう』より)


(『湯けむり温泉郷へ行こう』の方が伝わる)


「なるほど……」


 ミリナは納得したように頷いた。


 その話を聞いていたバルミナも、腕を組む。


「確かに必要だねぇ」


「商売でも、名前は大事だ」


 リリィも続ける。


「商会でも扱いやすくなります」


「観光地としても宣伝しやすいですね」


 シャルネも静かに頷いた。


「今の規模なら、十分温泉街だ」


 皆の視線が、自然と桶さんへ集まる。


(だったら決まりだ)


(ここは――)


(『湯けむり温泉郷』だ)


 一瞬。


 その場が静かになった。


「湯けむり温泉郷……」


 ミリナが、ゆっくりと呟く。


 何度か口にしてみる。


 そして。


 嬉しそうに笑った。


「素敵な名前です」


 こうして。


 湯けむり亭を中心に広がったこの場所は。


 新たな名前を得ることになった。


 その名は――


 湯けむり温泉郷。


 やがてその名は。


 多くの旅人達に知られることになる。

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