六十話 女将の仕事
改築工事は順調に進んでいた。
温泉棟。
受付棟。
どちらも完成が近い。
だが。
その分だけ。
新たな問題も見えてきていた。
「……足りませんね」
ミリナが図面を見ながら呟く。
「足りないねぇ」
バルミナも頷いた。
今までの湯けむり亭なら。
何とか回せていた。
だが。
これからは違う。
温泉棟は大幅拡張。
受付棟も広くなる。
温泉街もでき始めている。
どう考えても人手が足りない。
「募集かけるしかないねぇ」
「ですよね」
ミリナは覚悟を決めた。
そして数日後。
採用面接が行われた。
「緊張します……」
ミリナが小さく呟く。
「二期生の時もやっただろう?」
シャルネが言う。
「そうなんですけど……」
「やっぱり緊張します」
ミリナらしかった。
結局。
最後まで慣れないのだ。
「まぁ大丈夫さ」
バルミナが笑う。
「普段通りやればいい」
その言葉で。
少しだけ肩の力が抜けた。
面接は数日に渡って行われた。
そして。
最終的に八人を採用することが決まる。
「八人……」
ミリナが名簿を見る。
「一気に増えましたね」
「これからもっと忙しくなるからねぇ」
バルミナが頷いた。
そして。
その日の夜。
朝露組の三人が呼び出された。
「何でしょう?」
エナが首を傾げる。
「何かありましたか?」
ミアも不思議そうだ。
「まさかクビですか!?」
ドロシィが慌てる。
「違います!」
ミリナが全力で否定した。
「むしろ逆です」
三人が顔を見合わせる。
「今日から」
「三人には新人教育をお願いしたいんです」
沈黙。
「……え?」
エナが固まる。
「私達が?」
ドロシィも目を丸くした。
「責任重大ですね……」
ミアが少し緊張した顔になる。
「でも」
ミリナは笑った。
「皆なら大丈夫です」
その言葉に。
三人の表情が変わる。
少し誇らしそうに。
少し照れ臭そうに。
「任せてください!」
エナが元気よく答えた。
「頑張ります!」
ドロシィも続く。
ミアも静かに頷いた。
「しっかり教えます」
こうして。
朝露組は新人教育係になった。
さらに。
その翌日。
ミリナはミアを呼び出した。
「ミアちゃん」
「はい?」
机の上には。
帳簿。
予約表。
仕入れ表。
契約書。
大量の書類が並んでいる。
「何かミスしましたか?」
ミアが少し不安そうに聞く。
「違います」
ミリナは首を振った。
「私の仕事を覚えてください」
「……え?」
ミアが固まる。
「受付の仕事だけじゃなくて」
「経営の方もです」
「わ、私がですか?」
ミリナは真剣だった。
「温泉街も大きくなります」
「これからもっと忙しくなります」
「だから」
「私がいなくても回るようにしたいんです」
ミアはしばらく黙っていた。
やがて。
ゆっくり頷く。
「分かりました」
「頑張ります」
その返事に。
ミリナは嬉しそうに笑った。
夜。
新人達へ説明しているエナ。
真面目に指導するミア。
元気いっぱいに教えるドロシィ。
その様子を見ながら。
桶さんはしみじみ思った。
(みんな大きくなったなぁ……)
朝露の家で出会った頃。
怯えていた子供達はもういない。
今では。
立派に湯けむり亭を支える仲間になっていた。
そして。
その中心で皆を見守るミリナを見る。
(……こいつも)
(本当に女将らしくなったな)
桶さんは少しだけ誇らしい気持ちになりながら。
忙しく動き回る皆を見守るのだった。




