五十八話 湯けむり亭温泉街
木漏れ日温泉郷から帰ってきて数日。
湯けむり亭は以前にも増して慌ただしかった。
「ミアちゃん、こっちお願い!」
「はい!」
「ドロシィ、その荷物お願い!」
「任せてください!」
「新人さんはこっちだよー!」
元気な声を響かせているのはエナだ。
朝露の家出身の三人。
エナ、ミア、ドロシィ。
今ではすっかり湯けむり亭の中心メンバーになっていた。
エナは新人へ声をかけ。
ミアは忙しそうに店内を動き回り。
ドロシィも元気よく働いている。
以前の三人からは想像できないほど頼もしかった。
「なんか頼もしくなったな」
シャルネが感心する。
「そうですねぇ」
ミリナも嬉しそうだった。
今では三人とも。
湯けむり亭に欠かせない存在になっている。
それぞれが。
自分の役割を見つけていた。
(朝露の家で震えてた頃が懐かしいな)
桶さんも感慨深かった。
そして。
もう一つ大きく変わったものがある。
湯けむり亭の周囲だ。
「また増えてますね……」
ミリナが驚く。
一ヶ月前までは。
温泉宿の周りに数軒の家があるだけだった。
だが今は違う。
新しい店舗。
新しい屋台。
新しい建物。
あちこちで工事が行われている。
「もう温泉街ですね」
ルーナが呟いた。
(ほんとだな)
桶さんも同意する。
そんな時だった。
「お邪魔します」
リリィとリリィパパがやって来た。
「リリィちゃん!」
ミリナが笑顔になる。
「木漏れ日温泉郷ではありがとうございました!」
「い、いえ……」
リリィは少し照れたように笑った。
「今日はですね」
リリィパパが話し始める。
「温泉街計画についてご報告を」
「温泉街計画?」
「娘から木漏れ日温泉郷の話を聞きまして」
「湯けむり亭の周りにも色々あれば便利だろうと」
「今回は娘を中心に進めてもらっています」
リリィが少し誇らしげに胸を張る。
「まずは飲食店です」
「常連さんからも要望が多かったので」
ミリナは納得した。
確かに。
以前から食事場所が少ないという不満はあった。
(でも従業員集めるの大変そうだな)
桶さんが思う。
ミリナがそのまま質問した。
「人手は大丈夫なんですか?」
「その辺は問題ありません」
リリィパパが即答した。
「もう確保していますので」
(早っ)
「誰なんですか?」
ミリナが聞く。
すると。
リリィパパは少しだけ困った顔をした。
「実は……」
「以前」
「桶さんを攫った盗賊団です」
空気が止まった。
「は?」
シャルネの目が細くなる。
「えっ!?」
ミリナも驚いた。
(お前らかよ!!)
桶さんも思わずツッコむ。
「全員ではありません」
「そのまま盗賊を続ける者もいたそうですが」
「真面目に働きたい者達が相談に来まして」
「元々力仕事もできますし」
「行き場が無くなればまた悪い道へ戻る可能性もある」
「それなら働く場所を作った方が良いと思ったんです」
リリィパパらしい考え方だった。
「私は正直反対だな」
シャルネが腕を組む。
「近くにいると思うと気が休まらない」
かなり本音だった。
すると。
リリィが口を開く。
「でも大丈夫ですよ」
「?」
三人とも首を傾げる。
「バルミナさんが契約しましたから」
ちょうどその時。
本人が現れた。
「そうそう」
バルミナだった。
「桶さん」
「湯けむり亭」
「お客様」
「これらに迷惑をかけたら契約違反」
「なるほど」
ミリナが頷く。
「で」
バルミナが続ける。
「サウナ利用禁止」
沈黙。
(は?)
「一週間」
「一ヶ月」
「最悪永久」
「そんなので効くんですか!?」
ミリナが驚く。
バルミナは大笑いした。
「効くよ」
「あいつら全員サウナーだから」
再び沈黙。
(あっ……)
桶さんは察した。
「今じゃ毎日のように来てる」
「サウナ無しじゃ生きていけない体になってるねぇ」
「お前ら何やってんだ……」
シャルネが呆れる。
「まぁ」
バルミナは肩をすくめた。
「力仕事も出来る」
「度胸もある」
「多少のトラブルなら自分達で片付ける」
「案外使えるんだよ」
ミリナ達は顔を見合わせる。
元盗賊。
温泉街従業員。
そしてサウナー。
(まぁ……)
(あいつらなら何かあっても自分達で何とかしそうだな)
桶さんは複雑な気持ちになった。
どうやら。
湯けむり亭温泉街は。
自分の知らないところで。
着々と賑やかになっているらしかった。




